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カインⅠ

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 それからどれくらい走っただろうか。
 動揺しすぎてどこをどう走ったかも分からない。
 ただ、気が付くと息が上がって足が棒のようになっていて、足を止めざるを得なかった。

「ここはどこ?」

 周囲には貴族の屋敷と思われる建物がいくつか並んでいるのが見える。
 普段は馬車に乗って移動しているからあまり道まで覚えていないが、多分何度か通ったことがある場所だ。

 どうやって帰ろう、と思ったが冷静に考えると屋敷に帰りたくはなかった。
 屋敷に帰ればどうしてもレーナのことを思い出してしまう。

 そこで私はふと思い出す。
 近くには幼馴染のカインの屋敷があった気がする。彼は年が近く、どちらかと言えば少しやんちゃで私とはあまり似ていないタイプだったが、なぜか気が合った。
 テッドと婚約してからは会う回数が減っていたが、思い出すと久しぶりに会ってみたいと思った。

 とはいえこれまで何度か招かれた時は毎回馬車で移動していたため、どちらへ向かっていいか分からない。
 それに急に身一つで屋敷に訪問するのも迷惑だし、失礼だ。
 第一、今の平民に変装して街を走り回って息が上がった状態では会いたくない。

「もしかして……シェリーか?」

 私が途方に暮れていると、不意にそんな声が掛けられる。
 振り返ると、そこには二人ほどお供を連れて街を歩いていたカインの姿があった。
 最近あまり会っていなかったせいか急に大人びたように見える。体つきはがっしりし、少し声も低くなっている。昔はどちらかというと悪ガキのようなところがあったが、今は立派な青年の貫禄がある。

「カイン!?」

 私も急に声を掛けられた動揺からつい大きな声をあげてしまう。
 こんな姿を見られたくない、と思った矢先に声を掛けられてしまうなんて。

「本当にシェリーか」

 私は今平民の姿をしているし、一人でこんなところをうろうろしているので彼も私がシェリーだと信じられないのだろう。
 声を聞いてようやくカインは私がシェリーだと確信したようだ。

 だが、そこで急速に私は不安が芽生えてくる。
 テッドと同じようにカインも私とレーナの区別なんてつかないんじゃないか。
 そして結局私よりもレーナの方がいいと思ってしまうのではないか。

 根拠のない不安ではあるのだが、先ほどあんな体験があった直後のことなのでそう思っても不安を抑えることが出来ない。
 そして私はつい口にしてしまう。

「いや、私はレーナだけど」
「え?」

 私の言葉にカインは困惑する。
 ちなみにカインもうちに来た際にレーナとは面識があるが、恐らく詳しくは知らない。多分二人が挨拶以外の会話をしたことはないのではないか。

 が、やがて首をかしげた。

「何でそんな嘘をつくんだ、シェリー」
「え?」

 それを聞いて今度は私が驚く。
 テッドでさえずっと間違えていたのにカインはなぜ瞬時に見抜くことが出来たのだろうか。

「何で分かるの?」
「何でって訊かれると困るが……分かるとしか言いようがないな」

 そう言ってカインは困ったように頭をかく。

「だってシェリーとレーナは全然別の人間だろう?」
「そ、そうだけど……」

 気が付くと、私は目から涙があふれるのを感じた。
 それを見てカインも慌て始める。

「わ、わ、どうしたんだ急に! らしくないぞ、何かあったのか!?」
「実は……」

 そして私は先ほど起きたことを語り始めるのだった。
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