上 下
3 / 18

レーナの相手

しおりを挟む
「お姉様、今日もピアノのお稽古を替わっていただけませんか?」

 その日もレーナの頼みは頼みというよりは命令に近いオーラを感じた。
 動作こそ頭を下げてはいるものの、私を見つめる視線からは有無を言わさぬ圧力を感じる。最初はここまで直接的な感じではなかったのに、一体いつからこんな風になってしまったのだろうか、と私は内心溜め息をつく。

 やはりここまでなあなあで済ませてきたのがよくなかったのだ。
 たまにはガツンと言わなければ。
 もう何度目かになるが、改めて私はそう決意する。

「レーナ、今日という今日は話をさせてもらうわ」
「何でしょう?」

 私の言葉にレーナは挑発的な笑みを浮かべる。
 彼女の態度からは「どうせお姉様には何も出来ないだろう」と余裕を感じる。私はそれが苛々した。

「ずっと思っていたけど、この入れ替わりはどうしてもという時だけ使っていたのに、最近はいつもいつもレーナの都合よく使っているような気がするの」
「そんなことありませんわ。私だって忙しいのですから」
「でも本来お稽古とかレッスンは本人が受けるべきものよね?」

 私が言うと、レーナはため息をつく。

「お姉様、物事には何事も適材適所というものがありますわ。お稽古も学問も、私とお姉様どちらの方が上手かは明白ですよね?」
「それはそうですだけど……」

 適材適所という考え方はお稽古や手習いには当てはまらないだろう。

「それともお姉様は私が苦手なお稽古や手習いで苦しんでもいいと言うのですか?」
「でもお稽古も手習いもそういうものでは?」
「そんなことはありませんわ。先生だって有望な教え子に教える方がやりがいがあるはずです」
「だからといって、入れ替わりなんて言っているけど、単にさぼっているだけでしょう?」
「はあ……私はお姉様と違ってちゃんと恋愛しているんです」

 突然レーナが訳の分からないことを言いだした。
 私にはテッドという婚約者がいるが、レーナには誰も婚約者なんていないはずだ。そもそも婚約者がいたとしても、家の事情で決められた婚約者と会うのは恋愛とはまた違うが。

「どういうこと?」

 私が尋ねると、レーナは勝ち誇ったように答える。

「相手は秘密ですが……私はちゃんと求めてくる相手がいるんですよ。ですから私はその方のところに会いに行くべきなのです。お姉様はいい子なのが取柄なのですから、私がその方と会ってお姉様が私の代わりにお稽古や勉強をする方が適材適所ですわ」
「そういう風に言うけど、私にだって婚約者はいるわ」
「あはっ」

 私の言葉にレーナは小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「婚約者って所詮は家の事情で相手を決められて、相手と仲悪くもならないから仕方なく仲良くしているだけでしょう? 私の相手はきちんと私を愛してくださっていますの」

 レーナはうっとした口調で言う。
 それが本当なのか、レーナがそう思い込んでいるだけなのかは今の私には判断がつかなかった。

「とにかく、そういう訳ですから私は行ってきますわ」

 そう言ってレーナは私が困惑している間に部屋を出ていく。
 また逃げられてしまった、という敗北感もあったがそれ以上にレーナがそこまで言う相手が誰なのかが気になった。そこまで言うならよほど愛されているのだろうか。

 そう言えば今日はレーナに入れ替わりを押し付けられただけで、私の用事はない。
 それならレーナの後を追ってみよう。私はそう思い立った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。 しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。 彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。 ............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。 招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。 送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。 そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。 『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』 一日一話 14話完結

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

処理中です...