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レーナの相手

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「お姉様、今日もピアノのお稽古を替わっていただけませんか?」

 その日もレーナの頼みは頼みというよりは命令に近いオーラを感じた。
 動作こそ頭を下げてはいるものの、私を見つめる視線からは有無を言わさぬ圧力を感じる。最初はここまで直接的な感じではなかったのに、一体いつからこんな風になってしまったのだろうか、と私は内心溜め息をつく。

 やはりここまでなあなあで済ませてきたのがよくなかったのだ。
 たまにはガツンと言わなければ。
 もう何度目かになるが、改めて私はそう決意する。

「レーナ、今日という今日は話をさせてもらうわ」
「何でしょう?」

 私の言葉にレーナは挑発的な笑みを浮かべる。
 彼女の態度からは「どうせお姉様には何も出来ないだろう」と余裕を感じる。私はそれが苛々した。

「ずっと思っていたけど、この入れ替わりはどうしてもという時だけ使っていたのに、最近はいつもいつもレーナの都合よく使っているような気がするの」
「そんなことありませんわ。私だって忙しいのですから」
「でも本来お稽古とかレッスンは本人が受けるべきものよね?」

 私が言うと、レーナはため息をつく。

「お姉様、物事には何事も適材適所というものがありますわ。お稽古も学問も、私とお姉様どちらの方が上手かは明白ですよね?」
「それはそうですだけど……」

 適材適所という考え方はお稽古や手習いには当てはまらないだろう。

「それともお姉様は私が苦手なお稽古や手習いで苦しんでもいいと言うのですか?」
「でもお稽古も手習いもそういうものでは?」
「そんなことはありませんわ。先生だって有望な教え子に教える方がやりがいがあるはずです」
「だからといって、入れ替わりなんて言っているけど、単にさぼっているだけでしょう?」
「はあ……私はお姉様と違ってちゃんと恋愛しているんです」

 突然レーナが訳の分からないことを言いだした。
 私にはテッドという婚約者がいるが、レーナには誰も婚約者なんていないはずだ。そもそも婚約者がいたとしても、家の事情で決められた婚約者と会うのは恋愛とはまた違うが。

「どういうこと?」

 私が尋ねると、レーナは勝ち誇ったように答える。

「相手は秘密ですが……私はちゃんと求めてくる相手がいるんですよ。ですから私はその方のところに会いに行くべきなのです。お姉様はいい子なのが取柄なのですから、私がその方と会ってお姉様が私の代わりにお稽古や勉強をする方が適材適所ですわ」
「そういう風に言うけど、私にだって婚約者はいるわ」
「あはっ」

 私の言葉にレーナは小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「婚約者って所詮は家の事情で相手を決められて、相手と仲悪くもならないから仕方なく仲良くしているだけでしょう? 私の相手はきちんと私を愛してくださっていますの」

 レーナはうっとした口調で言う。
 それが本当なのか、レーナがそう思い込んでいるだけなのかは今の私には判断がつかなかった。

「とにかく、そういう訳ですから私は行ってきますわ」

 そう言ってレーナは私が困惑している間に部屋を出ていく。
 また逃げられてしまった、という敗北感もあったがそれ以上にレーナがそこまで言う相手が誰なのかが気になった。そこまで言うならよほど愛されているのだろうか。

 そう言えば今日はレーナに入れ替わりを押し付けられただけで、私の用事はない。
 それならレーナの後を追ってみよう。私はそう思い立った。
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