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マナライト王国

マナライト王国へようこそ

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 その後私は御者と執事に無理を言って馬車を隣国のマナライト王国へ向けてもらった。騎士ゲルハルトは供の者二人を連れていたが、本国への報告のために先に帰したらしい。

 新天地に行くぞ! と決意を固めてはいたものの、馬車というのはそんなに早い乗り物ではないので、国境を越えるまでに十日ほどかかってしまった。
 とはいえ、その途中は精霊たちと話したり、来たことのない街を観光したりとあまり退屈はしなかったけど。

 これまでの人生、朝や昼はお稽古事や勉強、夕方から夜にかけてはお茶会やパーティーと毎日予定がぎっしり詰まっていたため、初めのうちは何もしなくてもいい時間があることに当惑したが、それもだんだん慣れてしまった。

 王都より東へ十日ほど進んだ後、私たちはようやくマナライト王国に入った。国が変わったとはいえ、陸続きの国境を超えたところで大して景色に変化がある訳でもない。ただ隣国の農地はアドラント王国に比べて小さく、規模も小さかった。
 それぐらいかと思っていたのだが、マナライト王国へ入って最初の日に泊まった宿で早速違いを目撃することになる。

 私はゲルハルトの計らいでちょっといい宿に泊まらせてもらえることになった。受付などはゲルハルトが行ってくれており、私は部屋に入るだけだった。
 そのとき宿の女性が部屋に案内してくれるのだが、ランタンを持って短い呪文を唱えると、なんと一人でにランタンに灯りがついたのだ。

「あの、今のは一体何ですか!?」

 思わずその女の人に尋ねてしまう。年齢は四十ほどで、いかにもベテランといった感じのてきぱきと行動する人物だった。失礼なことを言ってしまうが、彼女は見た感じ普通に宿に勤めている女性で、普通の人が持っている程度の魔力しか感じられない。とても魔法使いには見えなかった。

「これ? これは火の魔力が付与されたランタンよ」

 彼女はランタンを持ち上げると当たり前のように言う。間近で見ても、外見は普通のランタンと変わりなかった。

「魔力が付与?」

 うちの国では魔力が付与された物品と言えばいわゆる「魔剣」と呼ばれるもののような国宝級のイメージがある。そのため、ランタンのようなありふれたものに魔力が付与されていることに私はぴんとこなかった。
 私が首をかしげているのを見て、彼女は思い出したように言う。

「そう言えばあなたは隣国から来た人だったね。うちの国では当たり前……とまでは言わないけど、数年前から少しずつ普及している魔道具というものだよ」
「魔道具?」

 聞き慣れない響きの言葉に、私は首をかしげる。

「この国では魔法の研究が盛んで、その成果の一つとして道具自体に魔力を持たせることで使用者に魔力がなくても魔法を使えるようにする、という発明があったのよ。それに魔道具っていう名前がついてるんだけど、少し前まではお貴族様ぐらいしか使わないような高価なものだった」

 確かに、話を聞く限りでは魔道具を作るのは手間がかかるように思える。それに魔法が使える者しか作れないのであれば高価なものになりそうな気がする。

「ただ、最近アルツリヒト殿下がそれの改良に成功して、少しずつ値下がりして今では下々にも普及しているという訳さ。そんな訳でこれも呪文を唱えるだけで灯りがつくからすごく便利なのよ」

 そうなのか。うちの国では魔法はあまり普及していないし、王家や貴族もあまり積極的に触れたがらない。過去に邪悪な魔法使いが恐ろしい事件を起こそうとしたという記録があり、そのせいかもしれない。

 ちなみに殿下が私のことを追い出したのは、多分そういう背景は関係なく単に愚かだからだろうと思う。

「なるほど。この国の王子殿下はすごいのですね」

 うちの国の王家や貴族はあまり民のことを考えていないので、一国の王子がそのようなことを率先して行っていることに感心する。どちらかというと、うちの国では王族や貴族は国のことを考えているいるべき、という考えが強い。民のことも国のことではあると思うけど。

「そうよ。多くの民が殿下に期待していると思うわ」

 彼女は少し誇らしげに言った。
 ゲルハルトも彼女も褒めるものだから、私は余計にアルツリヒト殿下がどのような人物なのか気になってしまう。



 マナライト王国王都ランブルクについたのはそれから四日後のことだった。我が国アドラント王国の王都は白を基調にした格式高い荘厳な造りだったが、こちらの王都は灰色の城壁に囲まれた濃い灰色で、尖塔がいくつもそびえたつ少しおどろおどろしい見た目だった。
 城に入る直前に馬車を降りると、城下町の様子が目に入ってくる。中には見慣れない魔道具を使っている人の姿が目に入り、改めて魔法が発展している様子を感じさせた。

「この国の王城にはなぜこのように尖塔がたくさんあるのですか?」

 私は一歩先を歩くゲルハルトに尋ねる。

「それは塔の一つ一つが魔術師に与えられ、そこで魔術の研究が行われているからである」
「この国は本当に魔法の研究が盛んなのですね」

 アドラントの王城と違い、城内にはあまり人の往来がなかった。この国の貴族はあの大量の塔にこもって魔法の研究に励んでいるのだろうか、と勝手に想像する。とはいえ煩わしい人間関係に苛まれることが減るのならそれはうらやましいことだ。
 基本的に貴族の人間関係において本音がそのまま言葉にされることはないので、いちいち相手の言葉の裏を読み、私もそれに対して建前で返すという気が狂いそうになる人間関係を強いられてきた。ついこの前までは当たり前のようにそれをこなしてきたが、今思い出すとよくやっていたものだ。

「その通りだな……着いたぞ」

 そう言って、ゲルハルトは城内のとある一室の前で足を止める。

「騎士ゲルハルト、ただいまシルア殿をお連れ致しました」
「入ってくれ」
「失礼いたします」

 そう言ってゲルハルトが扉を開ける。部屋は応接室のようで、中央にテーブルと、向かい合わせになるようにソファが置かれている。そして入口に向かい合うように座っていた人物と目が合ってしまう。

 年齢は私よりいくつか上に見える。吸い込まれるような黒髪に、見ただけで私の全てを見通してしまいそうな眼、そして静かに何かを考えているような表情が特徴的だった。バカ王子クリストフと違って特に着飾っている風ではないものの、シンプルな装いも不思議と彼が纏うと様になっている。

 そんな彼を見たとき、私は直感的に確信した。彼こそが噂のアルツリヒト殿下であると。
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