上 下
1 / 30
マナライト王国

婚約破棄

しおりを挟む

「シルア・アリュシオン! アドラント王国第一王子クリストフの名をもって婚約破棄を宣言する!」



 突如呼び出された王宮内の広間にて、クリストフ殿下は私シルア・アリュシオンに対して高らかに宣言した。
 険しい表情をしているものの、その傍らには美少女と名高い伯爵令嬢アイリスを侍らせているので真剣な雰囲気は台無しだ。彼女は甘える顔つきで殿下の腕にしがみついているが、時折こちらに嫌悪と恐怖が入り混ざった視線をちらちらと向けてくる。





 ……ということだけ説明しても訳が分からないと思うので、状況を説明しようと思う。と言っても、私にも殿下の脳内がどうなっているのかは分からないから状況を説明しても意味不明なままだと思うけど。

 私、シルア・アリュシオンはアドラント王国に先祖代々仕えるアリュシオン公爵家の令嬢である。初代公爵は初代国王がこの地で暴政を敷いていたバイルス王国を打ち倒す際、先陣を務めて敵軍に突入して壊滅させた功により公爵位を与えられたと史書には描かれている。
 その後代々の功績で国で随一の家に登り詰めた我が家は、父である現当主の根回しもあり、次期国王になるであろうクリストフ王子と私を婚約させることに成功した。国で最大級の政略結婚と言える。

 そのため私と殿下は特に仲がいいこともなく、たまに公式のパーティーで横に並んで立つ程度の関係しかなかった。そして私は特に不満を抱くでもなく、政略結婚とはそのようなものだと諦めていた。
 だから殿下が私自身に欠片も興味を抱いていないことを分かっていても、パーティーの際には隣でにこやかに手を振っていたし、殿下の人柄を問われれば「王国の行く末を任せるにふさわしいお方でございます」と社交辞令を述べていた。そして殿下がいないところでは次期王妃と恥ずかしい人物と思われぬような振る舞いを心掛けていた。

 そんな中、突然殿下から「話があるので来てくれ」と言われたので来た結果がこれだったという訳だ。ここまでの経緯を語ってみたが、正直全然状況が分からない。一体なぜ婚約破棄などされなければならないのだろうか。
 殿下と別れるのは構わないが、こちらとしても一応家名を背負っているのではいそうですかという訳にはいかない。




「あの、一応理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 私は苦笑いを浮かべながら尋ねる。恐らくはろくでもない理由しか返ってこないだろう。

「それについてはアイリス、説明してくれ」

 なぜか殿下は傍らのアイリスに話を振った。私と殿下は今年で十五だが、アイリスは確か十三歳と言っていた。ちょっと幼くて庇護欲をそそる外見をしており、ろりこ……一部の趣味の男性からとても愛されている。まさか殿下までそちらの人間とは思っていなかったが。

 ただ、言われてみれば王宮内で殿下がアイリスと親しげに談笑しているところや、贈り物をしているところを見たことはある。もう婚約もしている王子である以上、ただの社交辞令のようなものだと思っていたけどどうやら本気だったらしい。

 するとアイリスはなぜかこちらを恐怖の目で見つめ、声を震わせながら言う。

「こ、この方はま、前に一人で虚空に向かって話していました! あれはきっと悪魔と会話していたに違いありません!」
「そうだ、他の者に訊いても似たようなことを言う者がいる。我々が姿を見ることが出来ない化物のような存在と会話しているのだろう!」

 アイリスの言葉に同調し、殿下はこちらを指さして叫ぶ。
 それを聞いて私はようやく事情を察した。

 この世界には精霊と呼ばれる、地水火風、そして光と闇を司る存在がいる。基本的に精霊は見えないし、コミュニケーションをとることは不可能な存在であるが、私はなぜか彼ら(性別は不明だしそういう概念があるのかも不明だが)と意思疎通することが出来る。
 見ることが出来る人物だけならまだ私以外にもいるのであるが、会話が出来る者は私が知る限りいないし、聞いたこともない。
 そのことを言いふらしても理解されることはないと思っていたため公表はしていないが、一応家族と婚約相手である殿下には伝えていたはずだ。それを今になって婚約破棄の理由として持ち出されるのはおかしい。しかも化物と会話しているなど言いがかりも甚だしい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある横柄な上官を持った直属下士官の上官並びにその妻観察日記

karon
ファンタジー
色男で女性関係にだらしのない政略結婚なら最悪パターンといわれる上官が電撃結婚。それも十六歳の少女と。下士官ジャックはふとしたことからその少女と知り合い、思いもかけない顔を見る。そして徐々にトラブルの深みにはまっていくが気がついた時には遅かった。

聖女として全力を尽くしてまいりました。しかし、好色王子に婚約破棄された挙句に国を追放されました。国がどうなるか分かっていますか?

宮城 晟峰
ファンタジー
代々、受け継がれてきた聖女の力。 それは、神との誓約のもと、決して誰にも漏らしてはいけない秘密だった。 そんな事とは知らないバカな王子に、聖女アティアは追放されてしまう。 アティアは葛藤の中、国を去り、不毛の地と言われた隣国を豊穣な地へと変えていく。 その話を聞きつけ、王子、もといい王となっていた青年は、彼女のもとを訪れるのだが……。 ※完結いたしました。お読みいただきありがとうございました。

今さら帰ってこいなんて言われても。~森に移住した追放聖女は快適で優雅に暮らす~

ケンノジ
ファンタジー
「もうお前は要らない女だ!」 聖女として国に奉仕し続けてきたシルヴィは、第一王子ヴィンセントに婚約破棄と国外追放を言い渡される。 その理由は、シルヴィより強い力を持つ公爵家のご令嬢が現れたからだという。 ヴィンセントは態度を一変させシルヴィを蔑んだ。 王子で婚約者だから、と態度も物言いも目に余るすべてに耐えてきたが、シルヴィは我慢の限界に達した。 「では、そう仰るならそう致しましょう」 だが、真の聖女不在の国に一大事が起きるとは誰も知るよしもなかった……。 言われた通り国外に追放されたシルヴィは、聖女の力を駆使し、 森の奥で出会った魔物や動物たちと静かで快適な移住生活を送りはじめる。 これは虐げられた聖女が移住先の森の奥で楽しく幸せな生活を送る物語。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

外れスキル【建築】持ちの俺は実家を追放される。辺境で家作りをしていただけなのに、魔王城よりもすごい最強の帝国が出来上がってた

つくも
ファンタジー
「闘えもしない外れスキルを授かった貴様など必要ない! 出て行け! グラン!」 剣聖の家系に生まれた少年グランは15歳のスキル継承の儀の際に非戦闘用の外れスキルである【建築】(ビルド)を授かった。 対する義弟は当たりスキルである『剣神』を授かる。 グランは実父に用無しの無能として実家を追放される事になる。辺境に追いやられ、グランはそこで【建築】スキルを利用し、家作りを始める。家作りに没頭するグランは【建築】スキルが外れスキルなどではなく、とんでもない可能性を秘めている事に気づく。 【建築】スキルでどんどん辺境を開拓するグラン。 気づいたら魔王城よりもすごい、世界最強の帝国ができあがる。 そして、グランは家にいたまま、魔王を倒した英雄として、世界中にその名を轟かせる事となる。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

処理中です...