上 下
26 / 40

やりたい放題のベン

しおりを挟む
「本当に来て良かったのでしょうか?」
「ああ、今は父上が出かけているし、アンナは部屋から出てこないから何に気を遣うこともないよ」

 それから僕はついにクラリスを自分の屋敷に招いた。
 これまでいつも向こうの屋敷に向かうばかりで一度も招くことが出来なかったから正直なところ待ち望んでいたのだ。

 それが、こうも早く実現できるとは思えなかった。
 僕は家にいるメイドたちを総動員してクラリスをもてなす用意をさせる。そのため、早速目の前には高級な紅茶と珍しい菓子が並んでいた。

「わあ、すごい」
「そうだろう、君のために用意してもらったんだ」

 目を丸くするクラリスを見て僕は満足する。
 ようやく僕の男気というか甲斐性のようなものを見せることが出来た。屋敷の中でも、アンナを押し込めてからは皆僕の言うことを聞くようになっている気がする。

 最初はクラリスがやってくると聞いたときには不満そうな顔をしている者もいたが、僕が断固とした態度で命令を出すとすぐに言うことを聞いた。

「でも大丈夫ですか? お父上がおらず、一人で留守番だなんて」

 お菓子を食べながらクラリスが不満そうに尋ねる。

「ああ、大丈夫だ。そうじゃなかったらこんなもてなしだって出来てなかっただろ?」
「それは確かに」

 僕の言葉にクラリスも納得する。

「それに、これまでいつも父上がいたから僕はあれこれ指図されていたが、案外一人でやった方が出来ることもあるんだ」
「わあ、すごいですね」

 そんな僕にクラリスは無邪気に尊敬のまなざしを向けてくれる。
 それを見て僕は何とも言えない気持ちよさに包まれる。もういっそのこと父上は賊を討伐した後もしばらく領地に残っていてくれないだろうか。

 そんなことを考えつつ僕はクラリスと楽しくおしゃべりをする。
 そして時折あらかじめ用意させておいた珍しい玩具や装飾品などを見せた。それらに対してクラリスはいちいち驚いたり喜んだりしてくれる。

 前にアンナに披露したら「でもそれ高くなかったですか?」などといらないことを言って水を差してきたのとは大違いだ。

 そんなことをして僕が気分よくなってきたころだった。
 不意にバタバタという足音とともに一人の家臣が乱暴にドアを開ける。

「何だ、今取り込み中だ!」
「大変です! どうも我が家の者が王宮で盗みを働いたらしく、引き渡すよう要求がきているようですが、いかがしましょう」

 そう言って彼は一人の使用人の名前を挙げる。
 きっと大したことない者なのだろう、僕はその名前を聞いたこともなかった。

「一体何をしたんだ?」
「どうも王族しか入っていけない花壇に入り、高級な花を数本摘んで売り払ったとか」
「はあ。まあそういうことは調べれば分かるだろう。とりあえず兵士を追い返して取り調べをしておけ」
「しかし今は公爵閣下が家臣を連れていかれたため人手が少なく……あの、土産物を探しに行っている方を呼び戻しましょうか?」

 クラリスは今日うちに一泊する予定だったが、明日手ぶらで帰すのは僕の男がすたる。そのため何か素晴らしい土産物を用意せよと数名の家臣を派遣していたが、それを呼び戻すのは本末転倒だ。
 そんなことも分からないのだろうか。

「何を言っているんだ。明日帰ってきた後からで十分だろう」
「はあ。でも兵士は随分怒っているようですが、それで大丈夫ですかね?」

 家臣が不安そうな顔をするので僕はイラっとする。

「大丈夫ですかね、じゃない。そこを納得させて追い返すのがお前の仕事だろうが!」
「す、すみません」

 そう言って家臣は逃げるように部屋を出ていく。
 それを見て僕はため息をついた。

「すまないクラリス、見苦しいところを見せてしまって」
「いえ、でも本当に大丈夫なのでしょうか?」
「ああ。僕は自分の家の者の罪が確定もしていないのに引き渡すようなことはしたくないからね」
「まあ、格好いいですね」

 そんなクラリスの反応に僕は満足する。
 そう言われたなら先ほどの事件も悪くなかったな、などと思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ミーナとレイノーは婚約関係にあった。しかし、ミーナよりも他の女性に目移りしてしまったレイノーは、ためらうこともなくミーナの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたレイノーであったものの、後に全く同じ言葉をミーナから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。

(完)婚約解消からの愛は永遠に

青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。 両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・ 5話プラスおまけで完結予定。

処理中です...