上 下
21 / 40

逃避するベン

しおりを挟む
「アンナ様、今日も帰ってこないのですね。寂しいです」
「しっ、ベン様がこちらに来てます」
「おい、仕事をさぼるな!」

 僕は廊下で仕事をさぼって立ち話をしているメイド二人を叱責する。

「す、すみません」

 そう言って彼女らはすぐに仕事に戻るが、明らかにその態度は不満気だ。
 少なくとも前はもう少し普通に働いていた気がするし、立ち話をしていなかった訳ではないが、手を動かしながらだったと思う。

「おかしい、何でこんなことに」

 アンナを離れに閉じ込めて数日、僕は屋敷の中で頭を抱えていた。
 アンナさえいなくなれば屋敷の者たちも彼女のことは見放すかと思ったが、事態は逆の方向に進んでいた。
 もう数日もアンナを使用人たちから遠ざけたというのに、彼らはアンナを忘れるどころか、アンナの話ばかりして真面目に仕事をする様子がない。

 そのため屋敷の中は乱れていくばかりだ。
 しかもそれを見かねた父上が直接介入し、僕は使用人の管理すらろくに出来ないのかと怒られてしまった。
 そして一度父上が介入したせいか、使用人たちも何か起こると僕ではなく父上に報告にいくようになってしまった。それを聞いたますます父上が怒り、と僕の周辺はどんどん負の連鎖が連なっていった。

 そんなある日、僕の元にクラリスから屋敷に来ないかという招待があった。
 それを見て僕は内心喜んだ。
 屋敷の中では僕は恨まれることはあっても誰にも好かれていないが、クラリスはきっと僕に好意を抱いているからわざわざ招待してくれたのだろう。手紙にも、最近色々大変だという話を聞いて心配しているということが書かれている。

 とはいえ僕がアンナを謹慎させて屋敷内での評判が最悪な中、クラリスに会いにいっているということがばれればまた父上に怒られかねない。

 そう思った僕はどうにか適当な用件をでっち上げて屋敷を離れることとした。
 用件を思いつくと僕は早速父上の部屋に向かう。

「何だ」

 ここ最近で僕への態度がすっかり冷たくなった父上は僕を睨みつけながら言う。

「先日うちにきたデニス殿への答礼にカーソン家へ赴こうと思いまして」

 それを聞いて父上は少し驚く。

「ほう、お前がそんなことを考えていたとは。てっきりデニスのことは嫌っているのかと思っていたが」
「いえ、確かに先日の件では正論を言われましたが、彼の言っていることは正しいです。ですから改めて答礼に行く必要があるでしょう」

 本心では、手紙一つ書いただけなのにわざわざ威圧するように我が家へ押しかけ、さらにアンナにまで会って去っていくなど何を勝手なことをしてくれやがって、という思いはあるがそこはぐっとこらえる。

 そう、僕は別にカーソン家へ赴く訳ではない。
 勝手なことをしてくれた以上責めて名前だけでも利用させてもらわなければ。

「ほう、そういうことか。少しは大人になったようだな。そういうことならわしからもお土産を用意しよう」
「ありがとうございます」

 僕の言い訳に父上はおもしろいように簡単に信じてくれた。
 よし、これで心置きなくクラリスに会うことが出来る。僕は父上に頭を下げながら密かに笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

【完結】病弱な幼馴染が大事だと婚約破棄されましたが、彼女は他の方と結婚するみたいですよ

冬月光輝
恋愛
婚約者である伯爵家の嫡男のマルサスには病弱な幼馴染がいる。 親同士が決めた結婚に最初から乗り気ではなかった彼は突然、私に土下座した。 「すまない。健康で強い君よりも俺は病弱なエリナの側に居たい。頼むから婚約を破棄してくれ」 あまりの勢いに押された私は婚約破棄を受け入れる。 ショックで暫く放心していた私だが父から新たな縁談を持ちかけられて、立ち直ろうと一歩を踏み出した。 「エリナのやつが、他の男と婚約していた!」 そんな中、幼馴染が既に婚約していることを知ったとマルサスが泣きついてくる。 さらに彼は私に復縁を迫ってくるも、私は既に第三王子と婚約していて……。

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

婚約は破棄なんですよね?

もるだ
恋愛
義理の妹ティナはナターシャの婚約者にいじめられていたと嘘をつき、信じた婚約者に婚約破棄を言い渡される。昔からナターシャをいじめて物を奪っていたのはティナなのに、得意の演技でナターシャを悪者に仕立て上げてきた。我慢の限界を迎えたナターシャは、ティナにされたように濡れ衣を着せかえす!

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

処理中です...