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島暮らしのオリバー
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「おい起きろ新入り!」
バシンッ、という容赦ない音とともに背中に痛みを覚え、オリバーは目を覚ます。すると布団の側には鬼の形相をした修道院長が立っていた。彼はこの年五十になるという白髪の老人だがその気迫や体力はすさまじいものがある。
「す、すいません」
「全くお前はいつも寝過ごしおって……罰として水を汲んで来い!」
「は、はい」
そう言って院長は大きなバケツを二つオリバーの隣に置く。オリバーは慌てて寝間着を着替えると、バケツを持って修道院を走り出た。
建物を出て院長の姿が見えなくなると眠い目をこすりながらオリバーは一息つく。修道院の暮らしは厳しいと言われていたが、予想以上だった。
初日の朝に院長に棒で打たれた時はさすがに抗議したが、「神の前には貴族も平民も変わらぬ!」と一喝されてしまい、周りの者たちもそれを当然のように見ていたため、それ以降オリバーは彼に逆らうのを諦めた。
この修道院には灯りなども限られた数しかないため、日が登るとともに起き、日が沈むとともに眠る生活を送らされており、寝坊するとこうして重労働をさせられた。
オリバーは近くの小川までたどり着くと二つのバケツに水をいっぱいにする。
「重いっ」
最初は持ち上げるだけで精一杯だったが、今はどうにかバケツを持ったまま歩くことが出来た。しかし腕は千切れそうなほど痛いし、足元はふらふらするし、油断すると水をこぼしてしまう。そもそも公爵家に生まれた自分がなぜこんなことを、という意識も彼を苦しめた。
どうにか水が入ったバケツを持って帰ったオリバーは炊事場に向かう。そこでは修道院で暮らす他の男女が協力して朝食を作っている。
性別や年齢は完全にばらばらで、オリバーより若い少女から年老いた老人までさまざまである。
「遅いぞ! もう材料を切ったのに水がないせいでスープが作れないだろう!」
「す、すみません!」
二十ぐらいの男に怒鳴りつけられたオリバーは平民風情が、という怒りをかみ殺して謝る。男はオリバーが汲んできた水を鍋に入れると手際よくスープを煮始めるのだった。
粉っぽいパンと具が少ないスープを食べても、いまいち満腹にはならないが次は朝の修行に入る。
修道院の広間に三十人ほどの修行者が全員並び、立ったまま目をつぶる。修道院の暮らしは全てが苦手だったが、特にこれが苦手だった。
目をつぶると、楽しかった貴族時代のことが思い出される。あの時は掃除も炊事も全て使用人がやってくれたし、自分は朝ゆっくり眠って起きてくることも出来た。そしてあの時は可愛いマリーのも自分をちやほやしてくれた。
(戻りたい……)
「心を乱すな!」
パシンッ、という小気味いい音と共に肩を木刀で殴られる。
「す、すみません!」
最初のうちは反発もしたが、目をつぶって立っているだけなのに院長はいつも的確にオリバーが心を乱している時に殴ってくるため、次第に反発は感心に変わっていった。
深呼吸して目を閉じたオリバーは気を取り直して目を閉じる。
すると今度はエレナのことが脳裏をよぎる。思えば彼女は性格もあまり明るくないし、話していてすごく楽しいという訳でもなかったが、自分に好意を向けてくれてはいたし、何か困ったことがあれば親身になって話を聞いてくれ、手伝えることであれば手伝ってくれた。
それなのに自分は見た目の良さに流されてマリーに心移りし、エレナを罠に嵌めて婚約破棄をしようとした。だからこそその報いを受けているのではないか。
これまでオリバーは怒られたことや修道院に送られたことで後悔することはあっても、心から反省することはなかった。それが今、彼は心から自分の行動を反省していた。
やがて瞑想の時間が終わると、オリバーの元に院長がやってくる。
「おぬし、今日は珍しく真剣に瞑想していたではないか。何か心境の変化でもあったのか?」
院長の言葉にオリバーは意を決して口を開く。
「実は、ここに来る前のことで懺悔したいことがあるのです。聞いていただけないでしょうか」
「おぬしがそう言いだすのを待っていた。懺悔室の戸は常に開かれている」
そう言って院長はオリバーを連れて懺悔室に向かう。
そこに入ったオリバーは院長に向かって自分がしてきたことの数々を語るのだった。
「……と言う訳で俺は取り返しのつかないことをしてしまいました」
すると院長はこれまでに見せたことのないような優しい表情で言う。
「オリバーよ、確かにおぬしがしたことは取り返しがつかない。失った評判も婚約者ももう戻ってくることはないだろう。だが、神様はどんな人間であろうとも変わろうとする限り見捨てることはないのだ。おぬしが改心し、今後真面目に生きていくというのであれば神様は必ずや見守ってくださるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
藁にもすがる思いでオリバーは言う。
「ああ。大きな声では言えないが、ここにはもっと大きな罪を犯した者もいるが、反省して頑張っている。もしおぬしが今後の人生をかけて償うのであれば、神様は必ずや天国に連れていってくださるだろう」
「分かりました……だったら頑張ります」
「ああ、励むが良い」
こうしてオリバーは改心し、信仰の道を進むことを決意するのだった。
バシンッ、という容赦ない音とともに背中に痛みを覚え、オリバーは目を覚ます。すると布団の側には鬼の形相をした修道院長が立っていた。彼はこの年五十になるという白髪の老人だがその気迫や体力はすさまじいものがある。
「す、すいません」
「全くお前はいつも寝過ごしおって……罰として水を汲んで来い!」
「は、はい」
そう言って院長は大きなバケツを二つオリバーの隣に置く。オリバーは慌てて寝間着を着替えると、バケツを持って修道院を走り出た。
建物を出て院長の姿が見えなくなると眠い目をこすりながらオリバーは一息つく。修道院の暮らしは厳しいと言われていたが、予想以上だった。
初日の朝に院長に棒で打たれた時はさすがに抗議したが、「神の前には貴族も平民も変わらぬ!」と一喝されてしまい、周りの者たちもそれを当然のように見ていたため、それ以降オリバーは彼に逆らうのを諦めた。
この修道院には灯りなども限られた数しかないため、日が登るとともに起き、日が沈むとともに眠る生活を送らされており、寝坊するとこうして重労働をさせられた。
オリバーは近くの小川までたどり着くと二つのバケツに水をいっぱいにする。
「重いっ」
最初は持ち上げるだけで精一杯だったが、今はどうにかバケツを持ったまま歩くことが出来た。しかし腕は千切れそうなほど痛いし、足元はふらふらするし、油断すると水をこぼしてしまう。そもそも公爵家に生まれた自分がなぜこんなことを、という意識も彼を苦しめた。
どうにか水が入ったバケツを持って帰ったオリバーは炊事場に向かう。そこでは修道院で暮らす他の男女が協力して朝食を作っている。
性別や年齢は完全にばらばらで、オリバーより若い少女から年老いた老人までさまざまである。
「遅いぞ! もう材料を切ったのに水がないせいでスープが作れないだろう!」
「す、すみません!」
二十ぐらいの男に怒鳴りつけられたオリバーは平民風情が、という怒りをかみ殺して謝る。男はオリバーが汲んできた水を鍋に入れると手際よくスープを煮始めるのだった。
粉っぽいパンと具が少ないスープを食べても、いまいち満腹にはならないが次は朝の修行に入る。
修道院の広間に三十人ほどの修行者が全員並び、立ったまま目をつぶる。修道院の暮らしは全てが苦手だったが、特にこれが苦手だった。
目をつぶると、楽しかった貴族時代のことが思い出される。あの時は掃除も炊事も全て使用人がやってくれたし、自分は朝ゆっくり眠って起きてくることも出来た。そしてあの時は可愛いマリーのも自分をちやほやしてくれた。
(戻りたい……)
「心を乱すな!」
パシンッ、という小気味いい音と共に肩を木刀で殴られる。
「す、すみません!」
最初のうちは反発もしたが、目をつぶって立っているだけなのに院長はいつも的確にオリバーが心を乱している時に殴ってくるため、次第に反発は感心に変わっていった。
深呼吸して目を閉じたオリバーは気を取り直して目を閉じる。
すると今度はエレナのことが脳裏をよぎる。思えば彼女は性格もあまり明るくないし、話していてすごく楽しいという訳でもなかったが、自分に好意を向けてくれてはいたし、何か困ったことがあれば親身になって話を聞いてくれ、手伝えることであれば手伝ってくれた。
それなのに自分は見た目の良さに流されてマリーに心移りし、エレナを罠に嵌めて婚約破棄をしようとした。だからこそその報いを受けているのではないか。
これまでオリバーは怒られたことや修道院に送られたことで後悔することはあっても、心から反省することはなかった。それが今、彼は心から自分の行動を反省していた。
やがて瞑想の時間が終わると、オリバーの元に院長がやってくる。
「おぬし、今日は珍しく真剣に瞑想していたではないか。何か心境の変化でもあったのか?」
院長の言葉にオリバーは意を決して口を開く。
「実は、ここに来る前のことで懺悔したいことがあるのです。聞いていただけないでしょうか」
「おぬしがそう言いだすのを待っていた。懺悔室の戸は常に開かれている」
そう言って院長はオリバーを連れて懺悔室に向かう。
そこに入ったオリバーは院長に向かって自分がしてきたことの数々を語るのだった。
「……と言う訳で俺は取り返しのつかないことをしてしまいました」
すると院長はこれまでに見せたことのないような優しい表情で言う。
「オリバーよ、確かにおぬしがしたことは取り返しがつかない。失った評判も婚約者ももう戻ってくることはないだろう。だが、神様はどんな人間であろうとも変わろうとする限り見捨てることはないのだ。おぬしが改心し、今後真面目に生きていくというのであれば神様は必ずや見守ってくださるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
藁にもすがる思いでオリバーは言う。
「ああ。大きな声では言えないが、ここにはもっと大きな罪を犯した者もいるが、反省して頑張っている。もしおぬしが今後の人生をかけて償うのであれば、神様は必ずや天国に連れていってくださるだろう」
「分かりました……だったら頑張ります」
「ああ、励むが良い」
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