45 / 51
最終編
アレクセイとメリアと小説
しおりを挟む
「何? 俺の小説が書かれている?」
体調を回復したアレクセイの元に一人の家臣がおそるおそる報告に訪れていた。
「はい、実はアレクセイ様、メリア様によく似た人物が登場する小説なのですが……。聖女が現れて殿下と婚約するものの、殿下はメリア様と婚約するために聖女に罪を着せようとするという内容なのです」
「何だと!?」
アレクセイは驚いた。もちろんそのような小説が書かれたことへの怒りもあったが、自分の見た夢の内容と合致しているのが衝撃的だった。
あれは自分だけが見た夢ではないのだろうか?
なぜ自分が見た夢の内容を他人が小説にしているのだろうか。
「詳しく話せ」
「私も現物を見た訳ではないのですが……」
が、家臣が話した小説の内容はアレクセイの夢にそっくりであった。違うのは夢の中で聖女は牢で死ぬが、小説の中では助けられて逆襲にやってくるという点である。詳しい内容を聞けば聞くほど、偶然の一致とは思えない。
「その小説の作者は誰だ?」
「それが、正体を隠しているのでよく分からないということです。しかも小説の内容を真に受けて、中には『聖女が名乗り出ないのはすでに名乗り出た聖女をアレクセイが始末したからではないか』などと陰謀論めいたことをささやき始める者まで出る始末です」
「そんな訳があるか!」
アレクセイは怒鳴ったが、聖女が名乗り出ないというこの状況に対する説明はついている。それもあって怪しげな説が広がっているのだろう。
「とりあえず小説を入手するのだ!」
「わ、分かりました」
その後アレクセイは王宮内を歩いていて違和感を覚えた。周囲の自分を見る目に疑念が混ざっていることがあるのだ。
(まさかこいつら、あのくだらない噂を信じているのか!?)
それを見てアレクセイは腹立たしかった。自分の夢の内容を小説にされたことも、くだらない噂を皆が信じていることも、それで自分が疑われていることも全てが気に食わなかった。
この時すでにイリスが書いた小説はかなり広まっており、中には勝手に複製して売り始める者まで出始めていた。そのため、翌日には小説を入手することが出来た。
アレクセイは早速自室に小説を持ち帰る。
「殿下、その小説、私も読ませていただいてもよろしいでしょうか?」
そこへもう一人の当事者であるメリアがやってくる。
彼女も小説内ではアレクセイと結ばれるために主人公を罠に嵌めた悪役として書かれている。
「分かった」
二人はアレクセイの部屋で隣に座り、一冊の本を広げて読む。読み進めていくにつれてアレクセイの表情は険しくなっていく。さらに、主人公が冤罪を着せられるシーンに差し掛かると、夢の内容がフラッシュバックする。
「うっ」
アレクセイは苦悶の声を上げる。いつもならすかさずメリアが何らかの魔法をかけて彼を楽にするところだったが、今日のメリアは読書に夢中だった。
「た、助けてくれメリア……」
「はっ……あ、すみません、ヒーリング」
慌ててメリアはアレクセイに魔法をかける。だが、すぐ目の前の小説に視線を戻した。
普段ならもう少し自分を心配し、水を持ってきてくれたり寝かしつけてくれたりするメリアが今日はやけにそっけない。それがアレクセイの心に引っ掛かった。
「おい、メリア、今日はやけにそっけないようだな」
「すみません、ちょっと小説を読むのに忙しくて」
メリアが普段よりも素っ気ない声で言う。
その声にアレクセイは耳を疑った。
「え? もしかして俺よりもそんな小説の方が大事なのか?」
アレクセイには理解出来なかったが、魔法の研究一筋で生きて来て、あまり娯楽に触れてこなかったメリアは初めて小説という文化に触れ、感動した。世の中にはこんなおもしろい本があるのだ、と。
「すみません、ちょっと静かにしてもらえますか……あ」
あまりに小説に夢中になりすぎたメリアはアレクセイ相手に本音を漏らしてしまう。途中で失言と気づいたが時既に遅し。それを聞いたアレクセイは豹変する。
「お前今なんてことを! いくらメリアでも許さないぞ!」
「申し訳ありません。ちょっと今日は失礼します」
「あ、お、おい!」
今まではそんなことを思わなかったのに、今日はやけにアレクセイの言葉がうるさく聞こえた。アレクセイを振りきって部屋を出たメリアはその辺を歩いているメイドを捕まえて尋ねる。
「最近はやっている小説を知っている?」
「は、はい」
小説内でメリアが悪役になっているためメイドは緊張しながら頷く。
「その小説の作者さんって誰? 他にも作品は書いているのかしら?」
「え、え?」
てっきり小説に悪印象を抱いているのかと思ったメイドは、メリアが小説に目を輝かせていることに驚く。
だが、彼女もその小説を愛好していたので、メリアが同好の士と分かると態度を変えた。
「はい、いくつかあります。それでしたらすぐにお教えしますね」
「本当? ありがとう」
メイドの答えにメリアはぱっと表情を輝かせた。
すでに彼女の頭からはアレクセイのことは消えていた。
体調を回復したアレクセイの元に一人の家臣がおそるおそる報告に訪れていた。
「はい、実はアレクセイ様、メリア様によく似た人物が登場する小説なのですが……。聖女が現れて殿下と婚約するものの、殿下はメリア様と婚約するために聖女に罪を着せようとするという内容なのです」
「何だと!?」
アレクセイは驚いた。もちろんそのような小説が書かれたことへの怒りもあったが、自分の見た夢の内容と合致しているのが衝撃的だった。
あれは自分だけが見た夢ではないのだろうか?
なぜ自分が見た夢の内容を他人が小説にしているのだろうか。
「詳しく話せ」
「私も現物を見た訳ではないのですが……」
が、家臣が話した小説の内容はアレクセイの夢にそっくりであった。違うのは夢の中で聖女は牢で死ぬが、小説の中では助けられて逆襲にやってくるという点である。詳しい内容を聞けば聞くほど、偶然の一致とは思えない。
「その小説の作者は誰だ?」
「それが、正体を隠しているのでよく分からないということです。しかも小説の内容を真に受けて、中には『聖女が名乗り出ないのはすでに名乗り出た聖女をアレクセイが始末したからではないか』などと陰謀論めいたことをささやき始める者まで出る始末です」
「そんな訳があるか!」
アレクセイは怒鳴ったが、聖女が名乗り出ないというこの状況に対する説明はついている。それもあって怪しげな説が広がっているのだろう。
「とりあえず小説を入手するのだ!」
「わ、分かりました」
その後アレクセイは王宮内を歩いていて違和感を覚えた。周囲の自分を見る目に疑念が混ざっていることがあるのだ。
(まさかこいつら、あのくだらない噂を信じているのか!?)
それを見てアレクセイは腹立たしかった。自分の夢の内容を小説にされたことも、くだらない噂を皆が信じていることも、それで自分が疑われていることも全てが気に食わなかった。
この時すでにイリスが書いた小説はかなり広まっており、中には勝手に複製して売り始める者まで出始めていた。そのため、翌日には小説を入手することが出来た。
アレクセイは早速自室に小説を持ち帰る。
「殿下、その小説、私も読ませていただいてもよろしいでしょうか?」
そこへもう一人の当事者であるメリアがやってくる。
彼女も小説内ではアレクセイと結ばれるために主人公を罠に嵌めた悪役として書かれている。
「分かった」
二人はアレクセイの部屋で隣に座り、一冊の本を広げて読む。読み進めていくにつれてアレクセイの表情は険しくなっていく。さらに、主人公が冤罪を着せられるシーンに差し掛かると、夢の内容がフラッシュバックする。
「うっ」
アレクセイは苦悶の声を上げる。いつもならすかさずメリアが何らかの魔法をかけて彼を楽にするところだったが、今日のメリアは読書に夢中だった。
「た、助けてくれメリア……」
「はっ……あ、すみません、ヒーリング」
慌ててメリアはアレクセイに魔法をかける。だが、すぐ目の前の小説に視線を戻した。
普段ならもう少し自分を心配し、水を持ってきてくれたり寝かしつけてくれたりするメリアが今日はやけにそっけない。それがアレクセイの心に引っ掛かった。
「おい、メリア、今日はやけにそっけないようだな」
「すみません、ちょっと小説を読むのに忙しくて」
メリアが普段よりも素っ気ない声で言う。
その声にアレクセイは耳を疑った。
「え? もしかして俺よりもそんな小説の方が大事なのか?」
アレクセイには理解出来なかったが、魔法の研究一筋で生きて来て、あまり娯楽に触れてこなかったメリアは初めて小説という文化に触れ、感動した。世の中にはこんなおもしろい本があるのだ、と。
「すみません、ちょっと静かにしてもらえますか……あ」
あまりに小説に夢中になりすぎたメリアはアレクセイ相手に本音を漏らしてしまう。途中で失言と気づいたが時既に遅し。それを聞いたアレクセイは豹変する。
「お前今なんてことを! いくらメリアでも許さないぞ!」
「申し訳ありません。ちょっと今日は失礼します」
「あ、お、おい!」
今まではそんなことを思わなかったのに、今日はやけにアレクセイの言葉がうるさく聞こえた。アレクセイを振りきって部屋を出たメリアはその辺を歩いているメイドを捕まえて尋ねる。
「最近はやっている小説を知っている?」
「は、はい」
小説内でメリアが悪役になっているためメイドは緊張しながら頷く。
「その小説の作者さんって誰? 他にも作品は書いているのかしら?」
「え、え?」
てっきり小説に悪印象を抱いているのかと思ったメイドは、メリアが小説に目を輝かせていることに驚く。
だが、彼女もその小説を愛好していたので、メリアが同好の士と分かると態度を変えた。
「はい、いくつかあります。それでしたらすぐにお教えしますね」
「本当? ありがとう」
メイドの答えにメリアはぱっと表情を輝かせた。
すでに彼女の頭からはアレクセイのことは消えていた。
2
お気に入りに追加
2,060
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる