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最終編
自分の作品(1)
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そんな訳で私は小説を書き始めた訳だが、途中までは前世の話を書くだけなのでとんとん拍子に進んだ。変更したのは主人公の名前をイリスからアリスに、王子の名前をアレクセイからアレクに、宮廷魔術師の名前をメリアからマリアにしたぐらいだろうか。
ちなみに、私はあまり詳しくないが風刺小説というジャンルがあり、例えばアレクセイの政治に不満を持った人がアレクセイに名前を似せた主人公が悪い政治を行い酷い目に遭う小説を書くという文化があるらしい。
小説の前半部分はすぐに書くことが出来た。何せ前世で私が過ごして来た日々をそのまま書くだけでいいのだから。筆が乗りすぎてつい本名を書いてしまいそうになるのをこらえるのが大変だったぐらいだ。
ちゃんと考えて書かなければならなくなったのは私が牢に入れられてから先である。毒を盛られて死んだのをどうにかハッピーエンドに変えなければならない。
*
「とにかくさっさと牢に放り込め!」
「そんな! せめてもう一度機会をください!」
が、私の弁明も聞かずに兵士たちは私の腕を掴む。さすがにそこまでされては逆らうことも出来ず、私は仕方なく兵士に囲まれて牢へと連れていかれた。
さすがにこのような不条理がまかり通るはずがない。抵抗してどうにかなるとも思えないし、しばらくすればきっと疑いが晴れて解放されるはず。私はそう思って大人しく牢に入った。
「ほら、今日の分の食事だ」
それから二日後、牢の中にいる私に看守がパンを投げてよこす。食事は一日一食しか与えられないし、何より他にすることもない私はすぐにパンを口に入れようとする。
が、その時だった。
「そのパンを食べてはだめだ!」
大声が聞こえてくると、ばたばたという足音とともに一人の男が駆け寄ってくる。
見覚えがないが、纏っている立派な鎧には近衛騎士の紋章がある。おそらく偉い人なのだろう。私は彼の叫びを聞いて慌ててパンから手を離す。
私の前に現れた男は近衛騎士にふさわしい堂々とした体格で、鋭い眼光と短く刈り上げた髪が印象的だった。
「あなたは?」
「私は近衛騎士団長のドルクだ。アリス殿、私は殿下の言葉を聞いたがあなたの罪を信じることは出来なかった。なぜならあなたが聖女を務めている間、この国は繁栄していたからだ」
それを聞いて私の目の前にぱっと光が差したような気がする。
近衛騎士団長がそう言ってくれるのであれば助かるかもしれない。
「もっとも、それはあくまで建前ですが。実は私は前にあなたに助けられたのです」
「そうでしたっけ?」
私は首をかしげる。私は時々神への祈りの他に傷ついた兵士の治療も行っていたが、近衛騎士団長を治した記憶はない。
「覚えていないのも無理はありません。その時の私は近衛騎士の平騎士に過ぎなかったのです。しかしその時のあなたは階級や身分にかかわらず傷ついた者たちを平等に癒しておりました。教会の神官ですら治癒魔法で金をとる者がいるというのに、あなたは文字通り聖女のようでした。その時のことが励みになり、いつか聖女様をお守り出来るように出世しようと思ったのです」
確かに国の式典などで外出する際、聖女の護衛に当たるのは近衛騎士の中でも特に階級の上の者だ。まさかそれを励みに頑張っている者がいたとは。
「それ以来、私は必死で鍛錬を積み、犯罪者を捕え、魔物を討伐し、いくつかの幸運にも恵まれて近衛騎士団長まで登り詰めたのです。そしてついにその恩を返す時が来ました」
そう言いながらドルクは牢の鍵を開錠する。
「ありがとうございます」
私としてはせっかく神様にいただいた力なので様々な方の役に立ちたいという思いでやっていただけなのだが、そう思ってもらえたのならうれしい限りだ。
カチャリ、と音を立てて牢の鉄格子が開く。私はよろめく足で外に出た。そんな私の肩をドルクが優しく支えてくれる。
「よし、行こう。ただこれは私の独断で、他の城兵は我々の行為を脱獄だと思うでしょう。彼らは我らに武器を向けてくれるかもしれません。その心構えだけお願いします」
「分かりました」
「もちろん、その際は私が命を賭けてもお守りしますが」
こうして私たちは城の地下を脱出した。牢屋の警備兵は近衛騎士団長であるドルクが命令すると道を空けましたが、問題は牢を出た後だ。城内を歩いていると私たちはたちまち数人の兵士に囲まれてしまった。
「私は近衛騎士団のドルクだ! 今は非常時だから道を開けてもらおう!」
「そのような命令は受けていない!」
どうも彼らは近衛騎士とは違う兵士のようで、ドルク相手でも容赦なく襲い掛かってくる。
「少しだけお待ちください」
そう言ってドルクは剣を抜く。するとそのいかつい体を目にも留まらぬ速さで動かした。私たちを囲む兵士たちは同時に斬りかかってきたはずなのに、ドルクは次々と彼らを斬り伏せていく。その様子はまさに電光石火で、私は目の前で何が起こっているのかよく分からないぐらいだった。
「す、すごい剣技ですね」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。それではいきましょう」
こうして私たちは城外に脱出したのだった。
*
近衛騎士団長は数年でなれるものではないが、小説だしこのくらいはいいか。
しかし気が付くと、私を助けてくれる近衛騎士団長がドレイクそっくりになってしまった。それはいいのだが、ドレイク本人に見られると思うと恥ずかしい。
彼のキャラを差し替えようとも思ったが、この話のヒーロー役はこの人物が一番しっくりくる。そんな確信が私にはあった。
ちなみに、私はあまり詳しくないが風刺小説というジャンルがあり、例えばアレクセイの政治に不満を持った人がアレクセイに名前を似せた主人公が悪い政治を行い酷い目に遭う小説を書くという文化があるらしい。
小説の前半部分はすぐに書くことが出来た。何せ前世で私が過ごして来た日々をそのまま書くだけでいいのだから。筆が乗りすぎてつい本名を書いてしまいそうになるのをこらえるのが大変だったぐらいだ。
ちゃんと考えて書かなければならなくなったのは私が牢に入れられてから先である。毒を盛られて死んだのをどうにかハッピーエンドに変えなければならない。
*
「とにかくさっさと牢に放り込め!」
「そんな! せめてもう一度機会をください!」
が、私の弁明も聞かずに兵士たちは私の腕を掴む。さすがにそこまでされては逆らうことも出来ず、私は仕方なく兵士に囲まれて牢へと連れていかれた。
さすがにこのような不条理がまかり通るはずがない。抵抗してどうにかなるとも思えないし、しばらくすればきっと疑いが晴れて解放されるはず。私はそう思って大人しく牢に入った。
「ほら、今日の分の食事だ」
それから二日後、牢の中にいる私に看守がパンを投げてよこす。食事は一日一食しか与えられないし、何より他にすることもない私はすぐにパンを口に入れようとする。
が、その時だった。
「そのパンを食べてはだめだ!」
大声が聞こえてくると、ばたばたという足音とともに一人の男が駆け寄ってくる。
見覚えがないが、纏っている立派な鎧には近衛騎士の紋章がある。おそらく偉い人なのだろう。私は彼の叫びを聞いて慌ててパンから手を離す。
私の前に現れた男は近衛騎士にふさわしい堂々とした体格で、鋭い眼光と短く刈り上げた髪が印象的だった。
「あなたは?」
「私は近衛騎士団長のドルクだ。アリス殿、私は殿下の言葉を聞いたがあなたの罪を信じることは出来なかった。なぜならあなたが聖女を務めている間、この国は繁栄していたからだ」
それを聞いて私の目の前にぱっと光が差したような気がする。
近衛騎士団長がそう言ってくれるのであれば助かるかもしれない。
「もっとも、それはあくまで建前ですが。実は私は前にあなたに助けられたのです」
「そうでしたっけ?」
私は首をかしげる。私は時々神への祈りの他に傷ついた兵士の治療も行っていたが、近衛騎士団長を治した記憶はない。
「覚えていないのも無理はありません。その時の私は近衛騎士の平騎士に過ぎなかったのです。しかしその時のあなたは階級や身分にかかわらず傷ついた者たちを平等に癒しておりました。教会の神官ですら治癒魔法で金をとる者がいるというのに、あなたは文字通り聖女のようでした。その時のことが励みになり、いつか聖女様をお守り出来るように出世しようと思ったのです」
確かに国の式典などで外出する際、聖女の護衛に当たるのは近衛騎士の中でも特に階級の上の者だ。まさかそれを励みに頑張っている者がいたとは。
「それ以来、私は必死で鍛錬を積み、犯罪者を捕え、魔物を討伐し、いくつかの幸運にも恵まれて近衛騎士団長まで登り詰めたのです。そしてついにその恩を返す時が来ました」
そう言いながらドルクは牢の鍵を開錠する。
「ありがとうございます」
私としてはせっかく神様にいただいた力なので様々な方の役に立ちたいという思いでやっていただけなのだが、そう思ってもらえたのならうれしい限りだ。
カチャリ、と音を立てて牢の鉄格子が開く。私はよろめく足で外に出た。そんな私の肩をドルクが優しく支えてくれる。
「よし、行こう。ただこれは私の独断で、他の城兵は我々の行為を脱獄だと思うでしょう。彼らは我らに武器を向けてくれるかもしれません。その心構えだけお願いします」
「分かりました」
「もちろん、その際は私が命を賭けてもお守りしますが」
こうして私たちは城の地下を脱出した。牢屋の警備兵は近衛騎士団長であるドルクが命令すると道を空けましたが、問題は牢を出た後だ。城内を歩いていると私たちはたちまち数人の兵士に囲まれてしまった。
「私は近衛騎士団のドルクだ! 今は非常時だから道を開けてもらおう!」
「そのような命令は受けていない!」
どうも彼らは近衛騎士とは違う兵士のようで、ドルク相手でも容赦なく襲い掛かってくる。
「少しだけお待ちください」
そう言ってドルクは剣を抜く。するとそのいかつい体を目にも留まらぬ速さで動かした。私たちを囲む兵士たちは同時に斬りかかってきたはずなのに、ドルクは次々と彼らを斬り伏せていく。その様子はまさに電光石火で、私は目の前で何が起こっているのかよく分からないぐらいだった。
「す、すごい剣技ですね」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。それではいきましょう」
こうして私たちは城外に脱出したのだった。
*
近衛騎士団長は数年でなれるものではないが、小説だしこのくらいはいいか。
しかし気が付くと、私を助けてくれる近衛騎士団長がドレイクそっくりになってしまった。それはいいのだが、ドレイク本人に見られると思うと恥ずかしい。
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