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序章

断罪

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「殿下、聖なる百合をお持ち致しました」

 そう言ってメリアがアレクセイに鉢植えを差し出す。そこには茎からつぼみまで全てが純白の百合のつぼみが一輪生えていた。

 メリアは下級貴族の生まれながら類まれなる魔法の才能を発揮して宮廷魔術師という役職を新設してアレクセイの寵愛を受けている女だ。魔術師とはいっても豪奢なドレスを纏っており、殿下に色目を使っており、愛人ではないかという噂は絶えない。

「よし、これを咲かせてみるがいい」

 そう言ってアレクセイは私に鉢植えを突き付ける。この百合は数万本に一本の割合で生えてくる希少種で薬にもなるが、聖女が魔力を注ぐことでしか開花しないという特徴がある。
 そのため私は五年前もこれを咲かせた記憶がある。

「はい」

 良かった、何でこんなことになっているのかは分からないが、証明する機会が与えられたのならば証明するだけのことだ。
 私はほっと胸を撫で下ろしながら百合に向かって手をかざす。しかしいくら魔力を注いでも百合は一向に変化を見せない。
 私は焦った。

 おかしい、聖女の力は確かに私の中にあるはずなのに。
 ふとメリアの方を見ると、ほんの一瞬ではあるがこちらを嘲るような笑みを浮かべた。
 それを見て私は直感する。きっと百合に細工がされているのだろう。私は思わず百合に手をかけて眺め回してみるが、よく分からない。少なくとも見た目は本物に見える。

 そんな私を見てアレクセイは冷笑した。

「見れば分かるだろうが百合は本物だ。偽物なのは君だということだよ、イリス」
「そんな……」

 私は思わぬ事態に愕然としてうまく言い返すことも出来ない。何より百合が咲かなかったという事実が私に重くのしかかる。
 そしてそれを見た兵士たちが私を囲んで槍を構える。

「そんな、これは嘘です! 何かの間違えです!」

 動揺した私はそう主張することしか出来ない。しかしその主張は変化を見せない百合の前では空虚なものに過ぎなかった。
 そんな私をアレクセイは冷たい視線で見つめた。

「これまで、生きている聖女が急に力を失ったという例は聞いたことがない。つまりお前は最初から嘘をついていたということだ」
「でも、五年前は確かに百合を咲かせました!」
「きっと何か邪術で誤魔化したに違いませんわ」

 メリアがアレクセイにささやく。その理屈で言うなら今こそ邪術で誤魔化されているのではないか、と言い返そうと思ったが、相手は宮廷魔術師であり魔術についての論争で素人の私が勝てるとも思えない。

「そこまでして正体を偽るとは許せぬ!」

 自然な流れで殿下の腕にしがみつくメルクを見て私の中に疑念が込み上げてくる。彼女はアレクセイに見られぬようこちらを見て薄く笑った。それは女の争いにおいて勝者が見せる嫌な笑みだった。私だって別に好きで婚約した訳でもないのになぜこんなことをされなければならないのか。

「なぜ信じてもらえぬのですか、殿下!」
「うるさい! 大体日頃からお前はメリアに嫌がらせをしているらしいではないか!」
「そんなことは一切しておりません!」
「聞いているぞ? お前はメリアが俺に色目を使って出世したと言いふらしているそうだな!」

 何でいきなり罪を決めつけられたのかと思っていたが、どうやら日頃から彼女がそういうことを吹聴していたようだった。というかそれは私が言いふらすまでもなく、すでに王宮中に流れている噂なのだが。

「とにかくさっさと牢に放り込め!」
「そんな! せめてもう一度機会をください!」

 が、私の弁明も聞かずに兵士たちは私の腕を掴む。さすがにそこまでされては逆らうことも出来ず、私は仕方なく兵士に囲まれて牢へと連れていかれた。
 さすがにこのような不条理がまかり通るはずがない。抵抗してどうにかなるとも思えないし、しばらくすればきっと疑いが晴れて解放されるはず。私はそう思って大人しく牢に入った。

 だが、そんな私の我慢は結果的には間違いであった。
 牢に入れられて三日後の夜のことであった。差し入れられたパンを食べたところ急に体中が痺れて動けなくなり、次の瞬間には急激に意識が遠のいていくのを感じる。
 毒か。確かに私が本物だと分かってしまえば殿下は悪者になってしまう以上、始末するしかないのかもしれない。


 薄れゆく意識の中で私は思った。


「聖女に名乗り出たばっかりにこんなことになるのならば、いっそ名乗り出なければ良かった」

 と。
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