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エレノーラ編

エレノーラの頼み(1)

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 そんなことがあってから数日後。
 この間、私はリリアに頼まれたオルト編の後日談やオルト視点の話などを書こうとしたところ、突然リリアとオルトの婚約が破棄されたと聞いて驚いた。せっかく書く内容まで決まっていたのに!
 私としては祝うべきか慰めるべきか非常に悩んだけど、一応慰めの手紙を送っておいた。そしたら「手紙よりも小説が欲しい」との返事が返って来て困惑した。とりあえずリリアが元気そうだったので良かったと思っておくことにする。

 そんなこともあって私は何となくもやもやしていた。今回は元々、ちょっとだけ書いてリリアに「書かなくていい」と言われることを想定していたから本気は出していなかったが、最初から真面目に作品として成立させようと思って書けばもっといいものが書けたのではないか。そんなもやもやを拭うことが出来なかった。

 そんな時に不意にエレノーラがうちを訪れた。エレノーラとは友達だけど、これまで二人だけで会うことはこれまであまりなかったので少し驚く。趣味とかもそんなに近かった訳でもないし。
 驚くと同時に私は予感めいたものを感じた。普段会わない人がこのタイミングでやってくるということは、もしかして彼女も知ってしまったのではないか。

 エレノーラを自室に招き入れ、しばらく他愛のない近況話をする。普段は着飾って、どちらかというと威風堂々と振る舞う彼女だが、今日は二人きりのせいか自然体であった。それともわざわざうちに来た要件と関係があるのだろうか。話題が切れたところで私は意を決して切り出す。

「……そう言えば、今日は何でわざわざうちに?」

 正直、答えを聞くのが怖いという気持ちもあったけどこれ以上この雰囲気に堪えられなかった。するとエレノーラも少しだけ居住まいを正して答える。

「実はこの前リリアさんと会った時に小説を読んでいるのを見まして、イリスさんが最近小説を書き始めたと聞いたのでもしやと思いまして」

 私が小説を書いているという話が当たり前のように広まっているのやめて欲しい。まあ、リリアが知っている以上知り合いは全員知ってしまっていると考えるべきかもしれない。
 そしてリリアもリリアで私が書いたものを人前で読まないで欲しい。

「いや、私が小説を書いているっていうのはただの噂だよ」

 とりあえずは否定から入ってみる。

「そうですか。ではリリアさんに訊いてみますわ。リリアさん、最近とても楽しそうにしているのでよほどおもしろい小説を読んでいるに違いないです。私あまり物語は読みませんがそこまでのものなら読んでみたいと思っておりますわ」

 まずい、リリアに訊かれたらすべてが終わる。リリアはそういうの隠すの下手だし、もし人前でエレノーラがそのことを尋ねてその話をされてしまえば余計に広まってしまう。仕方ない、どの道話は知れ渡っているし打ち明けるしかないか。

「ごめん、本当は私が書いている。でも恥ずかしいから隠しているの」
「やっぱりそうでしたか! でもリリアさんは大層喜んでいましたし、もっと自信を持ってもいいのでは?」

 エレノーラは意外そうな顔をする。
 だから内容の良し悪しと見られて恥ずかしいのとはまた別なんだって。それに内容も今思えば不満なところは色々あるし。

「それとこれとはまた別だから」

 しかしこうなった以上エレノーラの話というのももはや決まったようなものだろう。

「でしたら私にも小説を書いていただけませんか? 私、物語の中でぐらいサムエル殿に愛されたいですの」

 やっぱり。前に会ったときも婚約者のサムエルが手すら握ってくれないと愚痴をこぼしていたし、密かに気にしていたのだろう。

「でもエレノーラは普段そういうの読まないでしょ? よっぽど不満なことでもあったの?」
「……はい。サムエル殿は手すら繋いでくださらないので、この間私の方から思い切って手を握ろうとしてみましたの。そしたらそっと避けられてしまいまして。しかもその後サムエル殿とも気まずくなってしまいましたわ」

 エレノーラは落ち込んだように言った。確かにただ手を握らないだけなら度が過ぎた気遣いという可能性もあったが、彼女の方から手を握ろうとして断られたということはそういう訳でもないのだろう。もしかしたら彼は女性恐怖症とか極度の潔癖症なのだろうか、とも思ったが私に分かるはずもない。
 何にせよその話を聞くとエレノーラのことを可哀想に思ってしまう。ちょうどちゃんと小説を書いてみようと思っていたところだったし。

「分かった。そこまで言うなら私で良ければ書くよ」
「本当ですか!?」

 エレノーラはぱっと表情を輝かせる。こういう形で現実逃避したくなるぐらいにはショックを受けていたらしい。
 それにリリアは婚約が破棄されたならしばらく小説は書かなくても大丈夫だろう。

「うん、でも私が小説を書いているのは絶対秘密だから。私が書いたものも他人に見られないところで読んで欲しい」
「そこまで隠すのは釈然としませんが……いいですわ。楽しみにしております」
「いや、そこまで期待されると荷が重いんだけど」
「では今日はこれくらいにしておきますわ。突然お邪魔してすみませんでした」
「ううん、来てくれるのは全然いいよ」

 こうしてエレノーラは帰っていったのだった。

 エレノーラが帰った後私は考える。とりあえず話の内容としてはサムエルが積極的にエレノーラに愛情表現をする、というのがいいだろう。しかしそれも程度を間違えると前回みたいにあり得ない話になってしまう。

 今度はもう少しリアリティや構成を重視したい。それにはまずサムエルがなぜエレノーラの手をとらないかを掘り下げてみようか。先ほどは女性恐怖症か潔癖症って言ったけど潔癖症だと主人公の相手役としては微妙だし、女性恐怖症のサムエルの心をエレノーラが開いていくという話は多少ありきたりだけど悪くない気がする。

 よし、今日はその感じで考えてみよう。そこまで考えて私は自分が小説を書くことを楽しみにしていることに気づく。こんなはずではなかったんだけど。

 そこで私はデート終了後のサムエルの心情から書き始めることにする。
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