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リリア編

王都編 替え玉聖女の失敗

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 イリスが自分の意志とは裏腹に恋愛小説を書いているころ、相変わらずアレクセイ王子は王都で焦っていた。どれだけ褒賞金を釣り上げても、やってくるのは褒賞金目当ての偽物聖女ばかりである。本物は一向に現れる様子がない。

「困った」

 とはいえアレクセイに何か出来るあてもない。

 仕方なく彼は現実逃避のために、最近寵愛している魔術師のメリアの元へ向かうことにする。元の世界では宮廷魔術師になっていたメリアだが、こちらではまだ一介の魔術師に過ぎず、王都周辺で一人研究を行っていた。

 たまたま彼女の姿を目にしたアレクセイは即座に彼女の美貌を気に入り、声をかけた。メリアも出世と研究費のためにそれを受け入れたという訳である。
 それ以来アレクセイは時々「参考意見を聞くため」と称してそこに足を延ばし、彼女と夜を共にしていた。この日も一向に進まない聖女探しに嫌気が差した彼はメリアの元に足を運ぶ。

「お久しぶりですね、殿下。最近お忙しいようですが」

 そう言ってメリアはお茶菓子を出してアレクセイをもてなす。アレクセイは自分の部屋にいるときのようにくつろいで足を延ばして座りながらお茶を飲む。

「聞いているとは思うが、なかなか聖女が見つからないのだ」
「まだ見つからないのですか。それは困りましたね」
「ああ、このままでは俺は無能の烙印を押されて王太子ではなくなってしまう」
「それは大変ですね」

 そう言いつつもメリアは内心国の心配よりも自分の心配なのか、と思ってしまう。
 とはいえアレクセイの歓心を失っては出世に影響が出る。それにせっかくとりいったアレクセイが失脚してはこれまでの努力が無駄になってしまう。

「全く、皆大騒ぎしているが聖女などいなくても大した問題は起こってはいないではないか」

 それはイリスが影ながら祈っているおかげであることをアレクセイは知らない。彼は聖女など実は不要なのに、そのことで皆が右往左往しているのがだんだんばかばかしくなってきた。

 が、アレクセイのその言葉を聞いてメリアはふとひらめく。
 聖女がいてもいなくても変わらないのであれば、偽物の聖女を立てればいいのではないか、と。

「でしたら殿下、いい方法があります。替え玉の聖女を立てれば神殿の者たちも満足するでしょう」
「何を言う。聖女として認められるには聖なる百合を咲かせなければならない。それが出来なければ聖女とは認められない」

 それが出来るなら今頃全国に大量に現れた数多の自称聖女たちのうちの誰かが聖女の座についていることだろう。
 が、メリアは自信ありげに言う。

「ご安心ください。私の知り合いに植物魔法の名人がいます。彼女であれば聖なる百合と似た百合を咲かせることも出来るはずです」
「だが、もしその後本物が見つかればどうする?」
「彼女には急病か何かで引退してもらえばいいでしょう」
「なるほど。やはりお前は頭が切れる。さすがだ」

 そう言ってアレクセイは嬉しそうに膝を叩く。
 あまりにアレクセイが単純なのでその案を持ちかけたメリアの方が心配になるくらいだった。

 翌日、アレクセイは早速、メリアが紹介してくれたレリィという女を連れて神殿に向かった。彼女はまだ十三歳の少女で、白い肌に人形のようなきれいな顔立ちをしている。アレクセイは一目見て彼女を気に入った。
 アレクセイが神殿に入ると、大司教が出迎える。

「どうしましたか、殿下。ん? そちらの方は?」
「実は俺が見つけてきた聖女候補だ。早速試してみてくれ」
「はい、私は聖女の力に目覚めたような気がします。レリィと申します」

 そう言って彼女はぺこりと頭を下げる。
 大司教は彼女からいまいち聖女のような雰囲気を感じない、と首を捻るがそれは聖なる百合で試してみれば分かることだ。
 すぐに例の鉢植えを持ってきて、レリィに手渡す。

 鉢植えを受け取ったレリィは無詠唱で百合を生やす。当然生えてきた百合は聖なる百合ではなく、彼女が魔法で生やした聖なる百合にそっくりの百合である。レリィは自信の魔法で聖なる百合と寸分たがわぬ百合を再現してみせた。

 とはいえ、大司教の中では何か変だという思いが抜けなかった。そもそもなぜ神殿に名乗りでるのではなく王子が聖女候補を連れてくるのだろうか。
 そして何となくではあるが、彼女からは聖女っぽい雰囲気を感じない。
 そう思った大司教は尋ねてみる。

「さすがレリィ殿。百合を生やす際、神様は何かおっしゃっていたか?」
「え、えーと……懸命に職務に励むようおっしゃってくださりました」

 そんな質問をされるとは思っていなかったレリィは慌ててそれらしい言葉を捏造する。
 が、その瞬間大司教の表情がみるみる変わっていく。

「神様がこれまで聖女に何かお言葉を残されたことはない! やはり偽物だな!?」
「ひっ、す、すみません!」

 まだ十三歳の少女だった彼女は大司教の剣幕に驚いて謝ってしまう。
 それを見た大司教は次はアレクセイの方を向く。

「殿下、これは一体どういうことでしょうか?」
「そんな、ち、違う! そうだ、お、俺もこいつに騙されたんだ!」

 うろたえたアレクセイはレリィを売った。

「こいつが自分は聖女に違いない、と言うから騙されて連れてきただけだ! まさかそんなことを企んでいたなんて知る訳がない!」
「そんな! 殿下が百合さえ咲かせれば大丈夫だとおっしゃっていたではありませんか!」
「違うのだ大司教、こんな偽聖女の言うことを信じてはならぬ! すぐにこいつを牢にぶち込め!」
「そんな!」

 レリィはさらに抗議したが、彼女が悪質な偽装をしたのは事実である。すぐに兵士たちがやってきて彼女を牢に連行した。

「で、では用を思い出したので俺は帰る」

 アレクセイも逃げるようにその場を離れる。

 残された大司教は深いため息をついた。レリィが罪人であるため、彼女の証言が採用されることはなかったが、この事件をきっかけにアレクセイは完全に信用を失ったのである。
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