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リリア編
番外編 メイドの勘違い
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スカーレット男爵家に仕えるメイドのセスティナは現在十五歳。彼女は自他ともに認める美少女で、奉公に出る前はしばしば同年代の友達や大人の男に言い寄られていた。
一度あわや事件に巻き込まれそうになって危ぶんだ父親は二年前にセスティナをスカーレット家に奉公に出した。貴族家に仕えれば安全と思ったのか、貴族の手がついたらラッキーと思ったのかはセスティナは考えないようにしている。
とはいえセスティナはリリアの世話役に回されたのであまり男性と接触することもなく、快適な日々を送っていた。リリアは少し内気なところはあるけど基本的にはいい娘なので仲も悪くはない。
そんなある日、セスティナは部屋の掃除をしていると何枚かの紙を見つけた。くしゃくしゃの紙の束はテーブルの上に放置されており、あまり大事そうなものには見えない。
「何でしょう……これ」
セスティナはくしゃくしゃの紙だったので大して重要なものでもないのだろうが捨てていいものだろうか、と何となく目を通す。
「こ、これは……!?」
読み始めて衝撃が走った。そこには主であるリリアが婚約者であるオルトに誘拐されて寵愛を受けるというストーリーの文章が書かれている。
紙がくしゃくしゃだったのはリリアが繰り返し読んだからであり、無造作に置いてあったのはリリアにイリスのためにこの作品を隠すという意識が欠けていたからなのだが、当然セスティナはそんなことは知らない。
「まさか、オルト様がそのような方だったなんて」
セスティナは小説とは縁遠い人生を送ってきたこともあり、また仕えて日が浅くリリアの過去もそこまで知らないため、うっかりそれを実際の過去話だと思ってしまった。
リリアはメイドの自分に婚約者の愚痴をこぼすことはしなかったが、言われてみればどことなくオルトを避けている節がある。
「昔このようなことがあって、それで今は仲が冷え切っているのですね」
そう言ってセスティナは勝手に自己完結してしまった。
このときもしセスティナが最後まできちんと読んでいればアレクセイが出てきた辺りでさすがにフィクションだと気づいたかもしれないが、セスティナはこれ以上読むのはまずいと思い、最初の方しか読まなかった。
「とりあえずお嬢様がこのことを話してくださらなかった以上、見なかったことにしておきましょう」
そう言ってセスティナは紙だけ放置して掃除を続けた。
その翌日、たまたまスカーレット家をオルトが訪れた。セスティナは仕えて日が浅く、オルトの接遇には回されないしオルトが人物なのかもあまり聞かされていなかったので自分とは関係ないことだと思っていた。
が、たまたま屋敷内でオルトとすれ違いそうになってしまい、セスティナは慌てて深々と頭を下げる。彼女は顔すらはっきりとは見ていなかったが、服装でその男がオルトだと判別していた。
が、そんな彼女の前で不意にオルトが足を止める。なぜ、と思ったがセスティナは頭を上げる訳にはいかない。
「ちょっと庭を散策したい。案内してくれないか?」
そんなセスティナにオルトが声をかける。本当に案内が欲しいだけならオルトの案内にあてがわれた使用人に頼めばいいだけだから、これはナンパだ、とセスティナは即座に理解した。
理解した途端にセスティナは先ほど読んだ文章がフラッシュバックして恐怖に襲われる。スカーレット家に仕える前に一度知らない男に連れていかれそうになったこともあったので彼女はそれをただの妄想とは思わなかった。
それにそもそも他家の使用人をナンパすること自体が非常識である。
「こ、困ります!」
恐怖心もあって反射的にセスティナは断っていった。
オルトは息をのんだ。貴族の生まれで顔もいい彼は、これまで誘いをかけた女性に断られたことなどない。しかも他家とはいえ使用人であれば、皆喜んで案内し、中にはその後一回限りの仲になった者すらいた。
しかもセスティナは本気で嫌がっているように見える。オルトは思わず苛立った。
「おい、僕の言うことが聞けないというのか!?」
オルトは思わず声を荒げる。セスティナはやはり、と思った。この人はやばい人だ。
「私は当家に仕えて日が浅く、男爵令息様のご案内など出来ぬ身分でございます」
必死にセスティナは言葉をたぐりよせて反論するが、オルトは乱雑にセスティナの手を握ろうとする。
「きゃっ」
セスティナは思わず声を上げてしまった。そして避けようとした拍子に尻餅をついてしまう。彼女の体が震えているのを見てオルトは少し違和感を覚えた。彼女はただ嫌がっているだけでなく、自分に脅えている。
「何で僕を怖がる?」
「だ、だってずっと前にお嬢様を攫ったらしいじゃないですか!」
セスティナは思わず大声でそう言ってしまった。
身に覚えのない嫌疑にオルトは困惑した。
「は?」
「何、お嬢様が攫われただと!? 一体何の騒ぎだ!?」
そこへセスティナの悲鳴を聞きつけたスカーレット男爵が現れる。
そして見てしまった。目の前で恐怖に脅えながら尻餅をつくメイド。そんなメイドに手を伸ばすオルト。常々彼が他の女に声をかけているという噂を聞いていた男爵は全てを察した。
「オルト殿。噂は本当のようだったのだな」
一方のオルトは男爵の言う噂とは先ほどセスティナが言った「お嬢様を誘拐」の話だと思ってしまった。何でそんな根も葉もない噂が流れているのか。
焦燥したオルトは思わず叫んでしまう。
「ち、違う! 僕は本当はリリアのことなどどうでもいいのだからそんなことはしていない!」
「何だと!? ふざけるな!」
当然それを聞いた男爵は烈火のごとく怒り始める。自分の娘を婚約者にどうでもいい呼ばわりされて許せる訳がない。
失言に気づいたオルトだったが時既に遅し。
「いえ、今のは違うんです!」
「何が違うと言うのだ! 大体うちの使用人と何をしていた!」
「強引に庭の案内をするよう頼まれていました!」
セスティナが叫んだことから彼女へのナンパも発覚して、怒ったスカーレット男爵はリリアの意志も聞かずに婚約を破棄してしまった。
あんな男と主の婚約が破棄されたことに安堵するセスティナだったが、ふと疑問に思う。
「あれ、ところで誘拐の話が嘘ならあの文章は何だったんだろう」
一度あわや事件に巻き込まれそうになって危ぶんだ父親は二年前にセスティナをスカーレット家に奉公に出した。貴族家に仕えれば安全と思ったのか、貴族の手がついたらラッキーと思ったのかはセスティナは考えないようにしている。
とはいえセスティナはリリアの世話役に回されたのであまり男性と接触することもなく、快適な日々を送っていた。リリアは少し内気なところはあるけど基本的にはいい娘なので仲も悪くはない。
そんなある日、セスティナは部屋の掃除をしていると何枚かの紙を見つけた。くしゃくしゃの紙の束はテーブルの上に放置されており、あまり大事そうなものには見えない。
「何でしょう……これ」
セスティナはくしゃくしゃの紙だったので大して重要なものでもないのだろうが捨てていいものだろうか、と何となく目を通す。
「こ、これは……!?」
読み始めて衝撃が走った。そこには主であるリリアが婚約者であるオルトに誘拐されて寵愛を受けるというストーリーの文章が書かれている。
紙がくしゃくしゃだったのはリリアが繰り返し読んだからであり、無造作に置いてあったのはリリアにイリスのためにこの作品を隠すという意識が欠けていたからなのだが、当然セスティナはそんなことは知らない。
「まさか、オルト様がそのような方だったなんて」
セスティナは小説とは縁遠い人生を送ってきたこともあり、また仕えて日が浅くリリアの過去もそこまで知らないため、うっかりそれを実際の過去話だと思ってしまった。
リリアはメイドの自分に婚約者の愚痴をこぼすことはしなかったが、言われてみればどことなくオルトを避けている節がある。
「昔このようなことがあって、それで今は仲が冷え切っているのですね」
そう言ってセスティナは勝手に自己完結してしまった。
このときもしセスティナが最後まできちんと読んでいればアレクセイが出てきた辺りでさすがにフィクションだと気づいたかもしれないが、セスティナはこれ以上読むのはまずいと思い、最初の方しか読まなかった。
「とりあえずお嬢様がこのことを話してくださらなかった以上、見なかったことにしておきましょう」
そう言ってセスティナは紙だけ放置して掃除を続けた。
その翌日、たまたまスカーレット家をオルトが訪れた。セスティナは仕えて日が浅く、オルトの接遇には回されないしオルトが人物なのかもあまり聞かされていなかったので自分とは関係ないことだと思っていた。
が、たまたま屋敷内でオルトとすれ違いそうになってしまい、セスティナは慌てて深々と頭を下げる。彼女は顔すらはっきりとは見ていなかったが、服装でその男がオルトだと判別していた。
が、そんな彼女の前で不意にオルトが足を止める。なぜ、と思ったがセスティナは頭を上げる訳にはいかない。
「ちょっと庭を散策したい。案内してくれないか?」
そんなセスティナにオルトが声をかける。本当に案内が欲しいだけならオルトの案内にあてがわれた使用人に頼めばいいだけだから、これはナンパだ、とセスティナは即座に理解した。
理解した途端にセスティナは先ほど読んだ文章がフラッシュバックして恐怖に襲われる。スカーレット家に仕える前に一度知らない男に連れていかれそうになったこともあったので彼女はそれをただの妄想とは思わなかった。
それにそもそも他家の使用人をナンパすること自体が非常識である。
「こ、困ります!」
恐怖心もあって反射的にセスティナは断っていった。
オルトは息をのんだ。貴族の生まれで顔もいい彼は、これまで誘いをかけた女性に断られたことなどない。しかも他家とはいえ使用人であれば、皆喜んで案内し、中にはその後一回限りの仲になった者すらいた。
しかもセスティナは本気で嫌がっているように見える。オルトは思わず苛立った。
「おい、僕の言うことが聞けないというのか!?」
オルトは思わず声を荒げる。セスティナはやはり、と思った。この人はやばい人だ。
「私は当家に仕えて日が浅く、男爵令息様のご案内など出来ぬ身分でございます」
必死にセスティナは言葉をたぐりよせて反論するが、オルトは乱雑にセスティナの手を握ろうとする。
「きゃっ」
セスティナは思わず声を上げてしまった。そして避けようとした拍子に尻餅をついてしまう。彼女の体が震えているのを見てオルトは少し違和感を覚えた。彼女はただ嫌がっているだけでなく、自分に脅えている。
「何で僕を怖がる?」
「だ、だってずっと前にお嬢様を攫ったらしいじゃないですか!」
セスティナは思わず大声でそう言ってしまった。
身に覚えのない嫌疑にオルトは困惑した。
「は?」
「何、お嬢様が攫われただと!? 一体何の騒ぎだ!?」
そこへセスティナの悲鳴を聞きつけたスカーレット男爵が現れる。
そして見てしまった。目の前で恐怖に脅えながら尻餅をつくメイド。そんなメイドに手を伸ばすオルト。常々彼が他の女に声をかけているという噂を聞いていた男爵は全てを察した。
「オルト殿。噂は本当のようだったのだな」
一方のオルトは男爵の言う噂とは先ほどセスティナが言った「お嬢様を誘拐」の話だと思ってしまった。何でそんな根も葉もない噂が流れているのか。
焦燥したオルトは思わず叫んでしまう。
「ち、違う! 僕は本当はリリアのことなどどうでもいいのだからそんなことはしていない!」
「何だと!? ふざけるな!」
当然それを聞いた男爵は烈火のごとく怒り始める。自分の娘を婚約者にどうでもいい呼ばわりされて許せる訳がない。
失言に気づいたオルトだったが時既に遅し。
「いえ、今のは違うんです!」
「何が違うと言うのだ! 大体うちの使用人と何をしていた!」
「強引に庭の案内をするよう頼まれていました!」
セスティナが叫んだことから彼女へのナンパも発覚して、怒ったスカーレット男爵はリリアの意志も聞かずに婚約を破棄してしまった。
あんな男と主の婚約が破棄されたことに安堵するセスティナだったが、ふと疑問に思う。
「あれ、ところで誘拐の話が嘘ならあの文章は何だったんだろう」
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