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Ⅳ
カール
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その後営業が再開してから数日が経ちました。
しばらくお店を休んでいた反動で再開初日はたくさんの人が来ましたが、数日経つとようやくお客さんも少しずつ減ってきました。そのため今度は薬の材料を買い過ぎないように気をつけなければならず、商売は難しいなとつくづく思います。
そんなある日のことです。
店内に従者を連れた身分が高そうな人物が入ってきます。年齢は十代後半、涼やかな瞳に甘いマスクでいかにも女子受けが良さそうな人だな、と思ってしまいました。
王都からは少し離れているというのに時々偉い人がやってくるのはなぜでしょうか、と少し疑問に思います。
「あなたが噂のセシリアさんかい?」
「セシルです」
紅熱病の一件以来私がセシリアであることが知れ渡ったのでしょうが、他の人にまで知られると普通に営業を続けるのが難しくなるので困ります。
そう思って私が少し強めの語気で訂正すると、彼は慌てて肩をすくめました。
「そう言えばそうだったね、済まなかった」
「そう言うあなたはどなたでしょうか?」
すると彼は少し声をひそめて答えます。
「僕はカール・キンベルだ。今日は内々に作って欲しい薬があって来た」
キンベル家と言えば確か侯爵家です。そこの御曹司ともあろう方がこんなお店に何の用でしょうか。私は何とはなしに嫌な予感がしてしまいます。
「何でしょうか?」
「実はちょっといい感じになりそうな女性がいてね。ばれづらくて効き目が強く、後から調べても証拠が残らないような惚れ薬を作って欲しいんだ」
「……」
私は彼の言葉にどうにか沈黙を保ったものの、内心ドン引きしました。
惚れ薬とは言っているものの、どう考えても良くない用途に使おうとしているでしょう。最初から証拠が残らないことを重視している薬がろくな用途な訳が分かりません。
わざわざ王都の薬屋ではなくうちに来たのは、私が元貴族だから普通の商人よりも信用出来るとでも思ったのでしょうか。
あと、簡単に言いますが基本的に効き目が強い薬は体内に残りやすいため証拠が残らないようにするのは難しいです。飲む前にばれづらくするのは紅茶など飲み物に混ぜることを考慮すれば出来るかもしれませんが。
「申し訳ないですが、証拠が残らないような惚れ薬を作るのは難しいです」
無闇に事を荒立てても仕方ないので私は出来るだけ婉曲に断ります。こういうことを要求してくる方は経験上面倒な方が多いです。
すると私の予想にたがわずカールはカッと目を見開き、少し声を荒げます。
「本当か? 紅熱病の一件以来、君の名前は王宮で密かに評判になっている! それに効果が強くても短時間しか効果が持続しない薬であれば証拠は残りにくくなるはずだ!」
どこでそんな知識を仕入れたのかは分かりませんが、彼はそんなことをまくしたててきます。確かに彼の言う通りで、その通りに作ろうと思えば作ることは出来るかもしれません。
とはいえ彼の性欲を満たす片棒を担がされるのは嫌ですし、そんなことをする暇があれば栄養剤でも作っていた方がよほどましです。
私はサリーに会話内容が聞こえないように席を立って部屋の隅に移動します。
「はっきり言っておきますが、うちはあくまで怪我や病気、体調が悪い方に向けての薬を作っているだけで、そのような薬を作るつもりはありません!」
「何だと? 元貴族だからって所詮今は罪人な上に一介の薬屋に過ぎない癖に!」
私が断ると途端に彼は悪態をつきます。
そしてじりじりと私ににじり寄ってきました。
私は後ずさりしますがお店の壁に追い詰められる形になってしまいます。他にお客さんやサリーは店内にいますし、大声をあげようかと思ったときでした。
「何をしているのでしょうか?」
そう言って現れたのはこれまた身分が高そうな人物です。こちらは三十ほどの人物で、カールに比べると穏やかな顔つきをしています。
「だ、誰だ……ライアン子爵!?」
ポールの表情が変わり、慌てて私から離れます。ライアン子爵と言えば爵位こそそこまで高くないものの実直で朴訥な人物として知られている貴族です。
恐らく私を脅そうとしているところを見られたと思ったのでしょう。
「ぼ、僕は今セシルと話していたんだ!」
「私は買い物に来たのです。店主に言い寄るのは営業の邪魔なので帰っていただきたいですな」
ライアン子爵の口調は穏やかながら有無を言わせぬものがありました。
「ちっ」
カールは形勢が悪くなったと思ったのか、舌打ちして急ぎ足で帰っていくのでした。
しばらくお店を休んでいた反動で再開初日はたくさんの人が来ましたが、数日経つとようやくお客さんも少しずつ減ってきました。そのため今度は薬の材料を買い過ぎないように気をつけなければならず、商売は難しいなとつくづく思います。
そんなある日のことです。
店内に従者を連れた身分が高そうな人物が入ってきます。年齢は十代後半、涼やかな瞳に甘いマスクでいかにも女子受けが良さそうな人だな、と思ってしまいました。
王都からは少し離れているというのに時々偉い人がやってくるのはなぜでしょうか、と少し疑問に思います。
「あなたが噂のセシリアさんかい?」
「セシルです」
紅熱病の一件以来私がセシリアであることが知れ渡ったのでしょうが、他の人にまで知られると普通に営業を続けるのが難しくなるので困ります。
そう思って私が少し強めの語気で訂正すると、彼は慌てて肩をすくめました。
「そう言えばそうだったね、済まなかった」
「そう言うあなたはどなたでしょうか?」
すると彼は少し声をひそめて答えます。
「僕はカール・キンベルだ。今日は内々に作って欲しい薬があって来た」
キンベル家と言えば確か侯爵家です。そこの御曹司ともあろう方がこんなお店に何の用でしょうか。私は何とはなしに嫌な予感がしてしまいます。
「何でしょうか?」
「実はちょっといい感じになりそうな女性がいてね。ばれづらくて効き目が強く、後から調べても証拠が残らないような惚れ薬を作って欲しいんだ」
「……」
私は彼の言葉にどうにか沈黙を保ったものの、内心ドン引きしました。
惚れ薬とは言っているものの、どう考えても良くない用途に使おうとしているでしょう。最初から証拠が残らないことを重視している薬がろくな用途な訳が分かりません。
わざわざ王都の薬屋ではなくうちに来たのは、私が元貴族だから普通の商人よりも信用出来るとでも思ったのでしょうか。
あと、簡単に言いますが基本的に効き目が強い薬は体内に残りやすいため証拠が残らないようにするのは難しいです。飲む前にばれづらくするのは紅茶など飲み物に混ぜることを考慮すれば出来るかもしれませんが。
「申し訳ないですが、証拠が残らないような惚れ薬を作るのは難しいです」
無闇に事を荒立てても仕方ないので私は出来るだけ婉曲に断ります。こういうことを要求してくる方は経験上面倒な方が多いです。
すると私の予想にたがわずカールはカッと目を見開き、少し声を荒げます。
「本当か? 紅熱病の一件以来、君の名前は王宮で密かに評判になっている! それに効果が強くても短時間しか効果が持続しない薬であれば証拠は残りにくくなるはずだ!」
どこでそんな知識を仕入れたのかは分かりませんが、彼はそんなことをまくしたててきます。確かに彼の言う通りで、その通りに作ろうと思えば作ることは出来るかもしれません。
とはいえ彼の性欲を満たす片棒を担がされるのは嫌ですし、そんなことをする暇があれば栄養剤でも作っていた方がよほどましです。
私はサリーに会話内容が聞こえないように席を立って部屋の隅に移動します。
「はっきり言っておきますが、うちはあくまで怪我や病気、体調が悪い方に向けての薬を作っているだけで、そのような薬を作るつもりはありません!」
「何だと? 元貴族だからって所詮今は罪人な上に一介の薬屋に過ぎない癖に!」
私が断ると途端に彼は悪態をつきます。
そしてじりじりと私ににじり寄ってきました。
私は後ずさりしますがお店の壁に追い詰められる形になってしまいます。他にお客さんやサリーは店内にいますし、大声をあげようかと思ったときでした。
「何をしているのでしょうか?」
そう言って現れたのはこれまた身分が高そうな人物です。こちらは三十ほどの人物で、カールに比べると穏やかな顔つきをしています。
「だ、誰だ……ライアン子爵!?」
ポールの表情が変わり、慌てて私から離れます。ライアン子爵と言えば爵位こそそこまで高くないものの実直で朴訥な人物として知られている貴族です。
恐らく私を脅そうとしているところを見られたと思ったのでしょう。
「ぼ、僕は今セシルと話していたんだ!」
「私は買い物に来たのです。店主に言い寄るのは営業の邪魔なので帰っていただきたいですな」
ライアン子爵の口調は穏やかながら有無を言わせぬものがありました。
「ちっ」
カールは形勢が悪くなったと思ったのか、舌打ちして急ぎ足で帰っていくのでした。
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