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再び表舞台へ

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 翌朝。

「眠い……」
「セシルさんの努力はすごいですが、体には気を付けてくださいね。薬屋の店主が体を壊すのはしゃれになりませんから」
「それはそうですね」

 サリーの言葉に私は内心苦笑します。彼女には言っていませんが、前にも睡眠時間を削りすぎて倒れてしまったので内心耳が痛いです。

 昨夜も結局夜遅くまで調合作業を行い、さらにサリーが家に帰った後も私は一人で他のお客さんに頼まれた緊急性の高そうな薬の調合などを行っていました。
 そんな訳で眠気が少し残る中迎えた朝のことです。

 朝いちばんで馬車の音が聞こえ、殿下が店にやってきました。
 馬車の音が聞こえた時からもしやと思っていましたが、何度あっても緊張してしまいます。

「殿下、あれから殿下からいただいたお金で材料を買い、調合を行いました」

 そう言って私は薬が入った包みを差し出しました。
 それを見た殿下は驚きます。

「おお、こんなに出来たのか!? 僕が家臣に買いに行かせた店はどこも原料がほぼなくなっていたというのに」
「なかなか地元の人にしか分からないこととかもありますので」

 私は街の商人の方々と面識があったから怪しいお店を教えてもらえましたが、王族や貴族の使用人が来たらなかなかあのような店を教えようとは思わないでしょう。

「昨日の薬のおかげで公爵家にいた我が家臣は無事治すことが出来た。まだ本快とはいかないが、寝ていればじきよくなるだろう。まずはその礼を言おう」
「お役に立って良かったです」

 とりあえず私の薬で一人は助けられたことに安堵します。

「それで、事件はその後どうなっているのでしょうか?」

 お店を開いている以上「誰々が感染した」「誰々は薬で治った」などの様々な噂は私の耳に入ってきますが、それらは所詮全て噂なので真偽はよく分かりません。
 すると殿下はため息をついて話します。

「正直なところ状況はあまり良くない。様々な家が薬の材料の買い占めに走っているが、薬師を抱えていない家では材料を集めるだけ集めて調合が進んでいないところもあるらしい。また、薬を飲んで治った者から屋敷に出られるということになったからそれぞれ仲のいい貴族を助けたり誰々に薬を渡すから今後便宜を図ってくれと頼まれたりとか、薬を大金で売りつけようとかそんなことばかりで頭がおかしくなりそうだ」
「やはり貴族の社会は大変ですね」

 少しでも隙を見せるとすぐに他家を出し抜こうとする貴族社会が嫌で、私は幼馴染とばかり仲良くしていましたが、幼馴染同士でも結局のところそれは変わりませんでした。
 そんな貴族社会の様子は私がいてもいなくても変わっていないようです。

 そう思うと、今こうして薬屋をやっている方がよほどいい暮らしなのではないかと思ってしまいます。

「そうだな。そう考えているところ申し訳ないのだが、もしそなたは今回の事件に召し出されるとしたらどうだ?」
「え……それはどういうことでしょうか?」

 私は殿下の言う意図がよく分からずに訊き返してしまいます。

「実は、今回の騒動の元となったアディントン公爵が大量のホウセン花を集めたらしいのだが、肝心の薬師がいなくてほとんど手つかずになっているらしい。そのため、薬の調合が出来る者を募集しているのだ」
「……もしかして、それに私が?」

 とはいえ、ここは王都ですし私以外にも腕の立つ薬師がいないということはないと思いますが。

「ああ。こんな時なのに他の貴族は『お抱えの薬師を推薦するから我が家に便宜を図ってくれ』などとくだらない駆け引きをしている。僕は自分の家臣を助け出したし他国のことだから無関係と言えばそうなのだが、それで犠牲になっていくのはパーティーに参加した者たちだ。だから出来ることなら助けてあげたくてね」
「他に薬師はいないのでしょうか?」
「残念ながら僕の侍医は診察は出来ても、薬師ではないから複雑な薬の調合は出来ない。僕はこの国の薬師に知り合いもいないし、紅熱病の治療が出来るほど腕の立つ者はすでに貴族に囲われているか、自分で調合して利益を得ているかどちらかだと思う」

 確かに、薬師からしたらお金を儲ける千載一遇の機会です。
 私としてはどうすべきでしょうか。せっかく貴族社会のどろどろから遠ざかったのに再びそちらに飛び込んでいくのは正直恐ろしいです。
 私のそんな不安が表情に浮かんだのでしょう、殿下が口を開きます。

「大丈夫だ。もし何かあっても僕が必ず君を守る」

 殿下の口調からは確固たる決意を感じます。
 他国の人々を救うためにここまでのお金や労力を費やす殿下は本当に稀有な方です。そこまで言われたら人を助けるために薬師となった私が拒否することは出来ません。
 そして殿下の提案を受け入れるとすれば一つ話しておかなければならないことがあります。

「分かりました。ですが殿下、公爵家に赴く前に一つ聞いて欲しいことがあるのです」
「何だ?」
「すみません、サリー、店番をお願いします……殿下、どうぞこちらへ」

 そして私は殿下とともに店の奥へと入るのでした。
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