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Ⅲ
紅熱病・再
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殿下と再会してから数日間は何事もなく穏やかな日々が過ぎていきました。
が、その日々はすぐに終わりを告げました。
突然、ガラガラという音とともに馬車がやってきます。馬車がやってくるというのは偉い人がやってくるということなので、私はその音が聞こえるたびにいつもどきどきしてしまいます。
馬車から降りてきたのはエドモンド殿下でした。
今日は店内にも何人かのお客さんがいたので、彼の姿を見ると途端にざわつきます。殿下は店内に入ると、いつになく深刻な表情で私に言いました。
「紅熱病の薬はあるだろうか?」
「はい、ございます」
前回紅熱病の患者に依頼された際、紅熱病は感染力が高いため他にも感染している方がいるだろうと思い、多めに作っておいたのです。とはいえ、これは当たっても嬉しくない予想の当たり方ですが。
「いくつでしょうか?」
「あるだけ全部くれないか?」
「え?」
殿下の言葉に私は首をかしげます。
薬というのは病人がいてその人数分買うものではないでしょうか。
「実は、先日南方遠征から帰国したアディントン公爵の屋敷で……」
そう言って殿下は昨夜起こった事件について語り始めます。
名のある貴族の屋敷で熱病の感染者が出るというのは珍しいことなので驚きました。
とはいえ、聞いたときは驚きましたが、熱病は症状が現れなければ誰が感染しているか分からないものなので、そういうことが起こっても不思議ではありません。医者としても、南方から帰って来た兵士全員を検査しろとは言いづらいでしょう。
「……ということがあったんだが、そのパーティーには僕も祝賀のために家臣を派遣していてね。一人が屋敷に閉じ込められている状況なんだ。まだ発症はしていないが、そのうちしてしまうかもしれない。立食パーティーなんて一番病気が感染しやすい状態だからね」
紅熱病の潜伏期間は確か一日~一週間ほどだったはず。最初に発症したカンタール伯爵がその場ですぐに発症したのはむしろ運が良かったとすら言えるでしょう。それがなければ発見が遅れ、参加者たちは皆それぞれの屋敷に帰っていたでしょうから。
そこで私はカンタール伯爵と聞いてそれがクロードの父親だったことを思い出します。クロードとエリエが私を嵌めた時は、クロードの言い分を信じて私を告発した人だったはずです。
とはいえ、それは今は関係ないことでしょう。
「そんな訳で、すぐに薬がたくさん必要になる。その際僕はアディントン公爵にまとまった量の薬を支援したいと考えているという訳だ」
「なるほど」
そう言って私は先に作り置きしてある分を殿下に渡します。
とはいえそれはせいぜい十人ほどの分。大規模なパーティーの参加者全員、もしくはそれ以外にも感染者がいれば焼石に水の量でしかないでしょう。
すると殿下は金貨が入った袋を私の前に置きました。
机にぶつかるとどん、という重量感がある音が聞こえます。
「こ、これは?」
「これは今もらった分の代金と、これから作ってもらう分の代金だ。材料を買わなければならない都合もあるだろうから、前払いしておこう」
「ですがこんなにいただいて大丈夫でしょうか?」
目の前の袋にはかなりの量の金貨が入っています。
材料代と報酬を合わせたとしても大金です。
「ああ。この話が広まれば恐らくは紅熱病薬の材料費は高騰するだろう。別にそれを他の薬屋が買って調剤し、アディントン公爵に売るというのであれば問題ないのだが、中にはこの期に乗じて材料を買い占めて値を釣り上げたり、薬と引き換えに取引を迫ったりするような不届き者も現れるかもしれない。だから出来るだけ薬の材料は信頼出来る者に手に入れて欲しいのだ」
「ありがとうございます」
今は一介の薬屋に過ぎないのに、殿下の口から「信頼出来る者」と言われ、ありがたいとともに緊張します。
「ちなみに、僕の侍医にも材料を買いに行かせているからそちらで手に入った材料があればまた君に渡そう」
「分かりました」
こうして私の穏やかな薬屋ライフは一瞬にして終わりを迎えたのでした。
が、その日々はすぐに終わりを告げました。
突然、ガラガラという音とともに馬車がやってきます。馬車がやってくるというのは偉い人がやってくるということなので、私はその音が聞こえるたびにいつもどきどきしてしまいます。
馬車から降りてきたのはエドモンド殿下でした。
今日は店内にも何人かのお客さんがいたので、彼の姿を見ると途端にざわつきます。殿下は店内に入ると、いつになく深刻な表情で私に言いました。
「紅熱病の薬はあるだろうか?」
「はい、ございます」
前回紅熱病の患者に依頼された際、紅熱病は感染力が高いため他にも感染している方がいるだろうと思い、多めに作っておいたのです。とはいえ、これは当たっても嬉しくない予想の当たり方ですが。
「いくつでしょうか?」
「あるだけ全部くれないか?」
「え?」
殿下の言葉に私は首をかしげます。
薬というのは病人がいてその人数分買うものではないでしょうか。
「実は、先日南方遠征から帰国したアディントン公爵の屋敷で……」
そう言って殿下は昨夜起こった事件について語り始めます。
名のある貴族の屋敷で熱病の感染者が出るというのは珍しいことなので驚きました。
とはいえ、聞いたときは驚きましたが、熱病は症状が現れなければ誰が感染しているか分からないものなので、そういうことが起こっても不思議ではありません。医者としても、南方から帰って来た兵士全員を検査しろとは言いづらいでしょう。
「……ということがあったんだが、そのパーティーには僕も祝賀のために家臣を派遣していてね。一人が屋敷に閉じ込められている状況なんだ。まだ発症はしていないが、そのうちしてしまうかもしれない。立食パーティーなんて一番病気が感染しやすい状態だからね」
紅熱病の潜伏期間は確か一日~一週間ほどだったはず。最初に発症したカンタール伯爵がその場ですぐに発症したのはむしろ運が良かったとすら言えるでしょう。それがなければ発見が遅れ、参加者たちは皆それぞれの屋敷に帰っていたでしょうから。
そこで私はカンタール伯爵と聞いてそれがクロードの父親だったことを思い出します。クロードとエリエが私を嵌めた時は、クロードの言い分を信じて私を告発した人だったはずです。
とはいえ、それは今は関係ないことでしょう。
「そんな訳で、すぐに薬がたくさん必要になる。その際僕はアディントン公爵にまとまった量の薬を支援したいと考えているという訳だ」
「なるほど」
そう言って私は先に作り置きしてある分を殿下に渡します。
とはいえそれはせいぜい十人ほどの分。大規模なパーティーの参加者全員、もしくはそれ以外にも感染者がいれば焼石に水の量でしかないでしょう。
すると殿下は金貨が入った袋を私の前に置きました。
机にぶつかるとどん、という重量感がある音が聞こえます。
「こ、これは?」
「これは今もらった分の代金と、これから作ってもらう分の代金だ。材料を買わなければならない都合もあるだろうから、前払いしておこう」
「ですがこんなにいただいて大丈夫でしょうか?」
目の前の袋にはかなりの量の金貨が入っています。
材料代と報酬を合わせたとしても大金です。
「ああ。この話が広まれば恐らくは紅熱病薬の材料費は高騰するだろう。別にそれを他の薬屋が買って調剤し、アディントン公爵に売るというのであれば問題ないのだが、中にはこの期に乗じて材料を買い占めて値を釣り上げたり、薬と引き換えに取引を迫ったりするような不届き者も現れるかもしれない。だから出来るだけ薬の材料は信頼出来る者に手に入れて欲しいのだ」
「ありがとうございます」
今は一介の薬屋に過ぎないのに、殿下の口から「信頼出来る者」と言われ、ありがたいとともに緊張します。
「ちなみに、僕の侍医にも材料を買いに行かせているからそちらで手に入った材料があればまた君に渡そう」
「分かりました」
こうして私の穏やかな薬屋ライフは一瞬にして終わりを迎えたのでした。
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