6 / 59
Ⅰ
マリク・バーンズ
しおりを挟む
それから馬車は途中の村で一泊して、ラタンの街に着きました。
ラタンは王都に負けず劣らず人が出入りする賑やかな街でした。一番違うのは立派な城壁や王宮がないことでしょう。
「それではこちらへ来てください」
サリーのおつきの男が私を商会へと案内してくれます。
バーンズ商会は街の中心に立派な建物を構えており、そこには多くの人が出入りしていました。敷地に建っている倉庫にはたくさんの穀物の袋が運び込まれているのも見えます。倉庫も含めた敷地の広さであればうちの屋敷よりも広いかもしれません。
中へ入ると商会の建物だけあって絨毯や装飾品はこの国各地のもので彩られています。私は中を物珍し気に見ながら歩いていき、応接室に通されました。
「では少々お待ちください」
男が言うと、少しして四十ほどの恰幅の良い豊かな白髭を蓄えた男が入ってきます。
商人だけあって人の良さそうな笑みを浮かべています。
「わしがバーンズ商会の長、マリクだ。あなたがうちのサリーを助けてくれたセシルさんか」
「いえ、助けたというほどではありません」
実際ただの腹痛だったので私でなくても他に誰かが薬を持っていて助けてくれた可能性はあります。
そう思った私はつい謙遜してしまいます。
「例え些細なことでもわしはそういう縁を大事にしたいと思う主義でな。それで、話によるとこの街で店を出すつもりがあるということだな?」
「そうですね。と言ってもある程度勉強して、ゆくゆくそう出来たらいいな、という程度ですが」
そもそも私は商売のことを何も知りません。薬を作ることは出来ても材料をどうやって手に入れたり、作った薬をどのくらいの値段で売ったりということについては全くの無知です。そして収入が入ってくるまで店の準備も含めて父上のくれた金貨で足りるのかは非常に不安なところです。
「そうか、それならとりあえず住むところに困っているというのであればうちが持っている空き家を紹介しよう」
「本当ですか!?」
「ああ、商売をしていると代金の代わりに現物で支払いを受けることもあってな。メインは穀物だが、自然と他の事業を増えていったんだ」
「なるほど」
家探しをどうしようかというのは悩んでいたところだったのでそう言ってもらえると助かります。
そしてマリクは何枚かの資料を見せてくれました。そこには家の間取りや家賃、その他条件などが書かれていますが、私には何のことやらという感じです。
よく分からないので私は一番値段が安そうなところを選ぼうとしました。
それを見て横にいたサリーが苦笑します。
「セシルさん、こういうのは焦って決めない方がいいですよ。お父さんが変なところを紹介するとは思わないけど、実際に見に行ったり、他の物件の相場と比べたりした方がいいと思う」
馬車では散々私を「しっかりしている」などと褒めてくれたサリーですが、今の言葉を聞く限り私よりずっとしっかりしていそうです。実際一人暮らしを始めようとしてみると、私はまだまだ世間知らずです。
「はは、そうだな。どれも悪いところではないが、商売を始める気があるなら勉強と思ってちゃんと調べてみた方がいいかもしれないな」
そう言ってマリクさんは好々爺のような笑みを浮かべます。
「とりあえず今日は宿に泊まるといい」
そう言ってマリクさんは近くにある手頃な宿も教えてくれたので、私は物件の資料を持って宿に向かったのでした。
夜、宿の部屋で一人になると期待と不安が同時に込み上げてきます。
今後は何事も自分で決めて好きにやっていけるとなると楽しそう、と思う反面世間知らずの自分ではすぐに悪い人に騙されるか思わぬ落とし穴に引っ掛かってしまいそうな気もします。
が、初めての旅で疲れていたせいか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまったのでした。
ラタンは王都に負けず劣らず人が出入りする賑やかな街でした。一番違うのは立派な城壁や王宮がないことでしょう。
「それではこちらへ来てください」
サリーのおつきの男が私を商会へと案内してくれます。
バーンズ商会は街の中心に立派な建物を構えており、そこには多くの人が出入りしていました。敷地に建っている倉庫にはたくさんの穀物の袋が運び込まれているのも見えます。倉庫も含めた敷地の広さであればうちの屋敷よりも広いかもしれません。
中へ入ると商会の建物だけあって絨毯や装飾品はこの国各地のもので彩られています。私は中を物珍し気に見ながら歩いていき、応接室に通されました。
「では少々お待ちください」
男が言うと、少しして四十ほどの恰幅の良い豊かな白髭を蓄えた男が入ってきます。
商人だけあって人の良さそうな笑みを浮かべています。
「わしがバーンズ商会の長、マリクだ。あなたがうちのサリーを助けてくれたセシルさんか」
「いえ、助けたというほどではありません」
実際ただの腹痛だったので私でなくても他に誰かが薬を持っていて助けてくれた可能性はあります。
そう思った私はつい謙遜してしまいます。
「例え些細なことでもわしはそういう縁を大事にしたいと思う主義でな。それで、話によるとこの街で店を出すつもりがあるということだな?」
「そうですね。と言ってもある程度勉強して、ゆくゆくそう出来たらいいな、という程度ですが」
そもそも私は商売のことを何も知りません。薬を作ることは出来ても材料をどうやって手に入れたり、作った薬をどのくらいの値段で売ったりということについては全くの無知です。そして収入が入ってくるまで店の準備も含めて父上のくれた金貨で足りるのかは非常に不安なところです。
「そうか、それならとりあえず住むところに困っているというのであればうちが持っている空き家を紹介しよう」
「本当ですか!?」
「ああ、商売をしていると代金の代わりに現物で支払いを受けることもあってな。メインは穀物だが、自然と他の事業を増えていったんだ」
「なるほど」
家探しをどうしようかというのは悩んでいたところだったのでそう言ってもらえると助かります。
そしてマリクは何枚かの資料を見せてくれました。そこには家の間取りや家賃、その他条件などが書かれていますが、私には何のことやらという感じです。
よく分からないので私は一番値段が安そうなところを選ぼうとしました。
それを見て横にいたサリーが苦笑します。
「セシルさん、こういうのは焦って決めない方がいいですよ。お父さんが変なところを紹介するとは思わないけど、実際に見に行ったり、他の物件の相場と比べたりした方がいいと思う」
馬車では散々私を「しっかりしている」などと褒めてくれたサリーですが、今の言葉を聞く限り私よりずっとしっかりしていそうです。実際一人暮らしを始めようとしてみると、私はまだまだ世間知らずです。
「はは、そうだな。どれも悪いところではないが、商売を始める気があるなら勉強と思ってちゃんと調べてみた方がいいかもしれないな」
そう言ってマリクさんは好々爺のような笑みを浮かべます。
「とりあえず今日は宿に泊まるといい」
そう言ってマリクさんは近くにある手頃な宿も教えてくれたので、私は物件の資料を持って宿に向かったのでした。
夜、宿の部屋で一人になると期待と不安が同時に込み上げてきます。
今後は何事も自分で決めて好きにやっていけるとなると楽しそう、と思う反面世間知らずの自分ではすぐに悪い人に騙されるか思わぬ落とし穴に引っ掛かってしまいそうな気もします。
が、初めての旅で疲れていたせいか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまったのでした。
14
お気に入りに追加
4,478
あなたにおすすめの小説
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。
仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。
実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。
たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。
そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。
そんなお話。
フィクションです。
名前、団体、関係ありません。
設定はゆるいと思われます。
ハッピーなエンドに向かっております。
12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。
登場人物
アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳
キース=エネロワ;公爵…二十四歳
マリア=エネロワ;キースの娘…五歳
オリビエ=フュルスト;アメリアの実父
ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳
エリザベス;アメリアの継母
ステルベン=ギネリン;王国の王
他人の人生押し付けられたけど自由に生きます
鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』
開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。
よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。
※注意事項※
幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
断罪された商才令嬢は隣国を満喫中
水空 葵
ファンタジー
伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。
そんな王太子と聖女候補はルシアナが絶望感する様子を楽しみにしている様子。
けれども、今いるグレール王国には未来が無いと考えていたルシアナは追放を喜んだ。
「国外追放になって悔しいか?」
「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」
悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。
その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。
断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。
※他サイトでも連載中です。
毎日18時頃の更新を予定しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる