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マリク・バーンズ

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 それから馬車は途中の村で一泊して、ラタンの街に着きました。
 ラタンは王都に負けず劣らず人が出入りする賑やかな街でした。一番違うのは立派な城壁や王宮がないことでしょう。

「それではこちらへ来てください」

 サリーのおつきの男が私を商会へと案内してくれます。

 バーンズ商会は街の中心に立派な建物を構えており、そこには多くの人が出入りしていました。敷地に建っている倉庫にはたくさんの穀物の袋が運び込まれているのも見えます。倉庫も含めた敷地の広さであればうちの屋敷よりも広いかもしれません。

 中へ入ると商会の建物だけあって絨毯や装飾品はこの国各地のもので彩られています。私は中を物珍し気に見ながら歩いていき、応接室に通されました。

「では少々お待ちください」

 男が言うと、少しして四十ほどの恰幅の良い豊かな白髭を蓄えた男が入ってきます。
 商人だけあって人の良さそうな笑みを浮かべています。

「わしがバーンズ商会の長、マリクだ。あなたがうちのサリーを助けてくれたセシルさんか」
「いえ、助けたというほどではありません」

 実際ただの腹痛だったので私でなくても他に誰かが薬を持っていて助けてくれた可能性はあります。
 そう思った私はつい謙遜してしまいます。

「例え些細なことでもわしはそういう縁を大事にしたいと思う主義でな。それで、話によるとこの街で店を出すつもりがあるということだな?」
「そうですね。と言ってもある程度勉強して、ゆくゆくそう出来たらいいな、という程度ですが」

 そもそも私は商売のことを何も知りません。薬を作ることは出来ても材料をどうやって手に入れたり、作った薬をどのくらいの値段で売ったりということについては全くの無知です。そして収入が入ってくるまで店の準備も含めて父上のくれた金貨で足りるのかは非常に不安なところです。

「そうか、それならとりあえず住むところに困っているというのであればうちが持っている空き家を紹介しよう」
「本当ですか!?」
「ああ、商売をしていると代金の代わりに現物で支払いを受けることもあってな。メインは穀物だが、自然と他の事業を増えていったんだ」
「なるほど」

 家探しをどうしようかというのは悩んでいたところだったのでそう言ってもらえると助かります。
 そしてマリクは何枚かの資料を見せてくれました。そこには家の間取りや家賃、その他条件などが書かれていますが、私には何のことやらという感じです。
 よく分からないので私は一番値段が安そうなところを選ぼうとしました。
 それを見て横にいたサリーが苦笑します。

「セシルさん、こういうのは焦って決めない方がいいですよ。お父さんが変なところを紹介するとは思わないけど、実際に見に行ったり、他の物件の相場と比べたりした方がいいと思う」

 馬車では散々私を「しっかりしている」などと褒めてくれたサリーですが、今の言葉を聞く限り私よりずっとしっかりしていそうです。実際一人暮らしを始めようとしてみると、私はまだまだ世間知らずです。

「はは、そうだな。どれも悪いところではないが、商売を始める気があるなら勉強と思ってちゃんと調べてみた方がいいかもしれないな」

 そう言ってマリクさんは好々爺のような笑みを浮かべます。

「とりあえず今日は宿に泊まるといい」

 そう言ってマリクさんは近くにある手頃な宿も教えてくれたので、私は物件の資料を持って宿に向かったのでした。

 夜、宿の部屋で一人になると期待と不安が同時に込み上げてきます。
 今後は何事も自分で決めて好きにやっていけるとなると楽しそう、と思う反面世間知らずの自分ではすぐに悪い人に騙されるか思わぬ落とし穴に引っ掛かってしまいそうな気もします。

 が、初めての旅で疲れていたせいか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまったのでした。
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