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17. 広い宮殿ですからね
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宮殿にはさまざまな人が出入りする。閣議を行う官僚たちや、女官をはじめとした下働きの者もいれば、外部からの客人もいる。
セラフィーナは、文官の棟への荷物を運んだ帰り道で足を止めた。
(あれは……)
花梨の木が立ち並ぶ道の奥で、商人風の男が立っている。供の姿はいない。重そうなリュックを背負い、空を見上げていた。
昨日までは雨で遠くが霧がかっていたが、青く突き抜けた空を遮るものはない。
幸い、急ぎの用事はない。セラフィーナは男のもとへ足を向けた。
「もし、そこの方。……道に迷われましたか?」
尋ねると、ビクッと男の肩が数センチ跳ねた。碧色の瞳が驚きに彩られていた。思ったより歳は若い。三十代前半だろうか。灰茶色の髪は癖があり、右端が少し跳ねていた。
「え、あ。……す、すみません。宮殿に入れたのが嬉しくて、ついふらふらと歩いてしまいました。出口はどこですかね?」
後頭部に手をやり、恥ずかしそうに腰を低くしている。
その反応にセラフィーナはくすりと笑みをこぼした。
「広い宮殿ですからね。門までご案内しましょう」
「へ、へえ。ありがたいことです。あ、自分はシルキアからやってきた商人で、名をバルトルトと申します。クラッセンコルトで店を構えるにあたり、献上品をお持ちした次第です。用事が終わったので、少し見て回ろうとしたら迷子になってしまいました」
「そうだったのですね」
相づちを打ちながら、セラフィーナは笑顔の下で男の様子をつぶさに観察した。警戒心をほぐすような、人の良さそうな風貌だ。
(うまくいけば、シルキア大国の情報が得られるかもしれないわ)
領地追放になってから、農業大国のミレイ王国や、最先端の技術が集まるラシェータ共和国にはお世話になってきたが、シルキア大国は旅一座で行ったきりだ。それも公演のスケジュールが詰まっていて、ろくに観光をする暇もなかった。
魔女として裁かれてからは、シルキア大国は敵国として認識してきたので、進んで訪れようとは思わなかった。けれど、情報は欲しい。
(魔女狩りをしている国ですもの。きっと、わたくしを監視しているのはシルキア大国に属する者のはずだわ……)
魔女として通報されて連れて行かれる先は、決まってシルキア大国。ほぼ黒といっていい。そして魔女が裁かれる手順はいつも同じ。すなわち、棒に体をくくりつけられて火あぶりだ。あの焦げ付くような匂いと、体を覆い尽くす炎に焼かれる瞬間は思い出したくない。
(今度こそ、魔女として捕まるわけはいかない……)
セラフィーナは見るからに重そうなリュックを眺めながら、口を開いた。
「荷物が多いようですが、どういった商売をなさっているのですか?」
「毛織物や宝石など、手広くさせてもらっています」
「まあ、すごい。マルシカ王国にもお店がありますの?」
「あー……あの国はなかなか規制が厳しくてね。お嬢さんも知っていると思うが、ほら……魔女狩りの影響で国同士の仲がよくないもんだから」
どうやら、お店の出店にも影響が出ているらしい。状況は思ったより深刻そうだ。
(わたくしが記憶している限り、開戦はしていなかったはずだけど……それもいつまで持つか、わからないわね)
魔女こそが諸悪の元凶だと断するシルキア大国。国王からの命令とはいえ、マルシカ王国で保護されている魔女を除いた他の魔女を一斉粛正する狙いは、マルシカ王国への宣戦布告だろう。
かの国はこれからどうするのだろう。友好条約を脅かす大国からの脅威をくぐり抜け、二つの国が手を取り合う未来は来るのだろうか。
「シルキア大国では魔女狩りが活発だと伺いました。商売にも関係があるのですか?」
セラフィーナの問いに、バルトルトは表情を暗くした。
「完全に無関係というわけにはいかないですね。魔女らしき者を見たら報告の義務がありますから。……ここだけの話ですが、ちょっとやり過ぎだとは思ってるんですよ」
「というと?」
「魔女と断罪されるのは皆、若い少女ばかりです。本当に魔法を使えるのか、何の確認もせずに連行されて、見ていて可哀想に思えてなりません」
シルキア大国の人間はすべて魔女に対する恐怖みたいなものがあるかと思っていたが、魔女に同情的な人間もいるらしい。それがわかっただけでも収穫だった。
「こちらが正門です。散策をしたいお気持ちもわかりますが、宮殿内をあまりふらふら歩いていると怪しい者だと疑われますので、ほどほどにしてくださいね」
「はい。本当にお世話になりました。それでは」
何度も頭を下げながら、バルトルトは去っていった。
その背中を見送った足で、セラフィーナは騎士宿舎に向かった。
セラフィーナは、文官の棟への荷物を運んだ帰り道で足を止めた。
(あれは……)
花梨の木が立ち並ぶ道の奥で、商人風の男が立っている。供の姿はいない。重そうなリュックを背負い、空を見上げていた。
昨日までは雨で遠くが霧がかっていたが、青く突き抜けた空を遮るものはない。
幸い、急ぎの用事はない。セラフィーナは男のもとへ足を向けた。
「もし、そこの方。……道に迷われましたか?」
尋ねると、ビクッと男の肩が数センチ跳ねた。碧色の瞳が驚きに彩られていた。思ったより歳は若い。三十代前半だろうか。灰茶色の髪は癖があり、右端が少し跳ねていた。
「え、あ。……す、すみません。宮殿に入れたのが嬉しくて、ついふらふらと歩いてしまいました。出口はどこですかね?」
後頭部に手をやり、恥ずかしそうに腰を低くしている。
その反応にセラフィーナはくすりと笑みをこぼした。
「広い宮殿ですからね。門までご案内しましょう」
「へ、へえ。ありがたいことです。あ、自分はシルキアからやってきた商人で、名をバルトルトと申します。クラッセンコルトで店を構えるにあたり、献上品をお持ちした次第です。用事が終わったので、少し見て回ろうとしたら迷子になってしまいました」
「そうだったのですね」
相づちを打ちながら、セラフィーナは笑顔の下で男の様子をつぶさに観察した。警戒心をほぐすような、人の良さそうな風貌だ。
(うまくいけば、シルキア大国の情報が得られるかもしれないわ)
領地追放になってから、農業大国のミレイ王国や、最先端の技術が集まるラシェータ共和国にはお世話になってきたが、シルキア大国は旅一座で行ったきりだ。それも公演のスケジュールが詰まっていて、ろくに観光をする暇もなかった。
魔女として裁かれてからは、シルキア大国は敵国として認識してきたので、進んで訪れようとは思わなかった。けれど、情報は欲しい。
(魔女狩りをしている国ですもの。きっと、わたくしを監視しているのはシルキア大国に属する者のはずだわ……)
魔女として通報されて連れて行かれる先は、決まってシルキア大国。ほぼ黒といっていい。そして魔女が裁かれる手順はいつも同じ。すなわち、棒に体をくくりつけられて火あぶりだ。あの焦げ付くような匂いと、体を覆い尽くす炎に焼かれる瞬間は思い出したくない。
(今度こそ、魔女として捕まるわけはいかない……)
セラフィーナは見るからに重そうなリュックを眺めながら、口を開いた。
「荷物が多いようですが、どういった商売をなさっているのですか?」
「毛織物や宝石など、手広くさせてもらっています」
「まあ、すごい。マルシカ王国にもお店がありますの?」
「あー……あの国はなかなか規制が厳しくてね。お嬢さんも知っていると思うが、ほら……魔女狩りの影響で国同士の仲がよくないもんだから」
どうやら、お店の出店にも影響が出ているらしい。状況は思ったより深刻そうだ。
(わたくしが記憶している限り、開戦はしていなかったはずだけど……それもいつまで持つか、わからないわね)
魔女こそが諸悪の元凶だと断するシルキア大国。国王からの命令とはいえ、マルシカ王国で保護されている魔女を除いた他の魔女を一斉粛正する狙いは、マルシカ王国への宣戦布告だろう。
かの国はこれからどうするのだろう。友好条約を脅かす大国からの脅威をくぐり抜け、二つの国が手を取り合う未来は来るのだろうか。
「シルキア大国では魔女狩りが活発だと伺いました。商売にも関係があるのですか?」
セラフィーナの問いに、バルトルトは表情を暗くした。
「完全に無関係というわけにはいかないですね。魔女らしき者を見たら報告の義務がありますから。……ここだけの話ですが、ちょっとやり過ぎだとは思ってるんですよ」
「というと?」
「魔女と断罪されるのは皆、若い少女ばかりです。本当に魔法を使えるのか、何の確認もせずに連行されて、見ていて可哀想に思えてなりません」
シルキア大国の人間はすべて魔女に対する恐怖みたいなものがあるかと思っていたが、魔女に同情的な人間もいるらしい。それがわかっただけでも収穫だった。
「こちらが正門です。散策をしたいお気持ちもわかりますが、宮殿内をあまりふらふら歩いていると怪しい者だと疑われますので、ほどほどにしてくださいね」
「はい。本当にお世話になりました。それでは」
何度も頭を下げながら、バルトルトは去っていった。
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