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5. 女官生活が始まります
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馬車の小さな窓から見える景色が、小麦畑から果樹園に変わった頃。読書をしていたレクアルがぱたんと本を閉じた。
「公都に入ったから、まもなく宮殿前に到着するはずだ。……セラフィーナ、もう一度尋ねる。俺の第二妃になる気はないのだな?」
「ございません」
「決意は変わらずか……。では話しておく。俺が口利きをして女官にはなれるが、クラッセンコルトの貴族の娘ではないから下級女官から始まることになる」
追放後、女官になることは初めてなので、なるほどと頷く。
(逆に言えば、身分が高ければ、上級女官から始められるのね……)
察するに下級女官は庶民がなるものなのだろう。立場が低いことから、仕事内容も華やかな場所とは遠い雑務が中心になることは想像に難くない。
レクアルの横でエディが気遣うような視線を見せたが、こんなことぐらいで尻込みするような柔な神経は持ち合わせていない。仕事と寝床があるだけマシだ。
「形式上、筆記試験も受けてもらう。だがお前ほどの教養があれば、すぐに上級女官になれるだろう。どうしようもなく辛くなったら俺に言え。第二妃の席は空けておく」
「お心遣いに感謝いたします。ですが、第二妃の席は他の方にお譲りさせていただきたく存じます」
誤解があっては困るため、これだけはしっかり意思表示しておかなくてはならない。
第二妃というぬるま湯に浸かっていては、断罪の未来は変えられない。このループ人生から脱出するためには行動力と情報収集が重要だ。
(この人生も八回目。何かあるはずよ。魔女として捕まるための条件が何かある。それを突き止めなくては!)
どの国にいようと運命は変わらなかった。つまり、自分は何者かに監視されているということだ。宮殿に入れば、その監視の目もかいくぐれるかもしれない。
今度こそ、逃げ延びてみせる。
最長三年間のタイムリミットまで、あとどのくらい時間が残されているかは定かではないが、まだ猶予はあるはずだ。その間に謎を解き明かすのだ。
並々ならぬ気合いを高めていると、レクアルがそっと息をついた。
「なかなか強情な女だな」
「興が削がれましたか?」
「いや、悪くない。俺の誘いを断る女は貴重だ。それだけで価値がある」
「……さようでございますか」
早いところ、興味を失ってくれればいいのだが。
だがその願いは叶わず、レクアルは窓枠に肘を置き、顎に手を乗せる。
「ここ数日見てきたが、お前は教養やマナーも申し分ない。第二妃としての器もある。俺と婚約すれば、絶縁状態になったアールベック侯爵家との繋がりも回復するはずだ。どうだ、悪いことは何もないだろう?」
確かに言っていることは一理ある。領地追放して関係を絶った実家も、娘がクラッセンコルト公国の大公家に嫁ぐとなったら手のひらを返すに違いない。
しかし、それだけのメリットに見合うだけの対価をセラフィーナには用意できない。
「なぜ、そこまでして……わたくしに構うのですか。婚約破棄された女が哀れに感じられましたか?」
「いや、逆だ。この女を手放すなんて愚策だと思っただけのこと。俺は自分の直感を信じている。だから誘ったまでだ」
「直感……ですか。それは光栄ですね」
惜しいと思ってもらえただけで僥倖だ。そのおかげで女官への道も拓けたのだから。
でも、彼の手はつかめない。それだけはハッキリしていた。
◇◆◇
筆記試験の後、軽い面接があった。
志望動機を聞かれたので、レクアルを持ち上げて、公国に仕えたいという意思表示を行った。レクアル自身の推薦もあるし、よほど適正に難ありではない限り、試験は大丈夫だろうとは思う。
その目論見は当たっていたようで、控え室で待っていたセラフィーナの前に文官が姿を現す。
「荷物をまとめてついてきなさい」
先導する背中は足早に進み、早歩きで追いかける。広い宮殿の何度目かの曲がり角を通り過ぎたところで、無愛想な文官が立ち止まる。
「ここが今日から君の職場だ」
ドアをゆっくり開き、室内に入るよう目で促される。
「し、失礼します……!」
鬼が出るか蛇が出るか。戦々恐々としながら入室すると、少し広めの部屋に若い女官が一人いた。
ピンクゴールドの巻き毛を頭の上でまとめ、薄紅の口紅が楚々とした見た目とよく合っている。目尻が少し垂れた金茶の瞳がセラフィーナをジッと見つめる。
先輩女官は椅子から立ち上がり、右手を差し出した。
「あなたの教育係を務めることになったわ。ラウラ・コントゥラよ。よろしくね」
「セラフィーナです。ご指導よろしくお願いいたします」
右手で握手を返すと、ラウラがわずかに目を細めた。
「……一応先輩だけど、あなたと同じ下級女官だから。まぁ、仲良くしていきましょ」
「は、はい!」
「私たちの仕事は裏方の仕事が主よ。言うなれば、大公家や貴族のお世話をする上級女官のサポートって感じかしら。あなた、こういう仕事は初めて?」
ラウラが可愛らしく首を傾げる。
口調は穏やかで年上らしい落ち着いた雰囲気があるが、セラフィーナより小柄なせいで年下のように見えてしまう。
「初めてです。不慣れなことも多いかと思いますが、できるだけ早く覚えられるように頑張りますので」
「ふふ、いい返事ね。じゃあ、まずはこの巻物の片付けからしてもらいましょうか」
横にある棚から箱を出してきたかと思えば、机の上にどんっと置く。無造作に放り込まれた巻物の一つを取り出し、ラウラが白い指先を文字の上に滑らす。
「ここに担当部署が書いてあるから、あとは内容別に仕分けてちょうだい」
「わかりました」
「じゃあ、ここ任せていい? 私はちょっと抜けてくるから」
「はい。承知しました」
「すぐ戻るから。よろしくね」
ラウラが片目をつぶり、そのままドアの向こうへと消えていく。いつの間にか案内してくれた文官の姿も消えていた。
残されたのは大量の巻物とセラフィーナだけだ。
「よし……これが初めての仕事! 頑張らなくちゃ!」
一人きりの部屋でセラフィーナは自分を奮い立たせた。
「公都に入ったから、まもなく宮殿前に到着するはずだ。……セラフィーナ、もう一度尋ねる。俺の第二妃になる気はないのだな?」
「ございません」
「決意は変わらずか……。では話しておく。俺が口利きをして女官にはなれるが、クラッセンコルトの貴族の娘ではないから下級女官から始まることになる」
追放後、女官になることは初めてなので、なるほどと頷く。
(逆に言えば、身分が高ければ、上級女官から始められるのね……)
察するに下級女官は庶民がなるものなのだろう。立場が低いことから、仕事内容も華やかな場所とは遠い雑務が中心になることは想像に難くない。
レクアルの横でエディが気遣うような視線を見せたが、こんなことぐらいで尻込みするような柔な神経は持ち合わせていない。仕事と寝床があるだけマシだ。
「形式上、筆記試験も受けてもらう。だがお前ほどの教養があれば、すぐに上級女官になれるだろう。どうしようもなく辛くなったら俺に言え。第二妃の席は空けておく」
「お心遣いに感謝いたします。ですが、第二妃の席は他の方にお譲りさせていただきたく存じます」
誤解があっては困るため、これだけはしっかり意思表示しておかなくてはならない。
第二妃というぬるま湯に浸かっていては、断罪の未来は変えられない。このループ人生から脱出するためには行動力と情報収集が重要だ。
(この人生も八回目。何かあるはずよ。魔女として捕まるための条件が何かある。それを突き止めなくては!)
どの国にいようと運命は変わらなかった。つまり、自分は何者かに監視されているということだ。宮殿に入れば、その監視の目もかいくぐれるかもしれない。
今度こそ、逃げ延びてみせる。
最長三年間のタイムリミットまで、あとどのくらい時間が残されているかは定かではないが、まだ猶予はあるはずだ。その間に謎を解き明かすのだ。
並々ならぬ気合いを高めていると、レクアルがそっと息をついた。
「なかなか強情な女だな」
「興が削がれましたか?」
「いや、悪くない。俺の誘いを断る女は貴重だ。それだけで価値がある」
「……さようでございますか」
早いところ、興味を失ってくれればいいのだが。
だがその願いは叶わず、レクアルは窓枠に肘を置き、顎に手を乗せる。
「ここ数日見てきたが、お前は教養やマナーも申し分ない。第二妃としての器もある。俺と婚約すれば、絶縁状態になったアールベック侯爵家との繋がりも回復するはずだ。どうだ、悪いことは何もないだろう?」
確かに言っていることは一理ある。領地追放して関係を絶った実家も、娘がクラッセンコルト公国の大公家に嫁ぐとなったら手のひらを返すに違いない。
しかし、それだけのメリットに見合うだけの対価をセラフィーナには用意できない。
「なぜ、そこまでして……わたくしに構うのですか。婚約破棄された女が哀れに感じられましたか?」
「いや、逆だ。この女を手放すなんて愚策だと思っただけのこと。俺は自分の直感を信じている。だから誘ったまでだ」
「直感……ですか。それは光栄ですね」
惜しいと思ってもらえただけで僥倖だ。そのおかげで女官への道も拓けたのだから。
でも、彼の手はつかめない。それだけはハッキリしていた。
◇◆◇
筆記試験の後、軽い面接があった。
志望動機を聞かれたので、レクアルを持ち上げて、公国に仕えたいという意思表示を行った。レクアル自身の推薦もあるし、よほど適正に難ありではない限り、試験は大丈夫だろうとは思う。
その目論見は当たっていたようで、控え室で待っていたセラフィーナの前に文官が姿を現す。
「荷物をまとめてついてきなさい」
先導する背中は足早に進み、早歩きで追いかける。広い宮殿の何度目かの曲がり角を通り過ぎたところで、無愛想な文官が立ち止まる。
「ここが今日から君の職場だ」
ドアをゆっくり開き、室内に入るよう目で促される。
「し、失礼します……!」
鬼が出るか蛇が出るか。戦々恐々としながら入室すると、少し広めの部屋に若い女官が一人いた。
ピンクゴールドの巻き毛を頭の上でまとめ、薄紅の口紅が楚々とした見た目とよく合っている。目尻が少し垂れた金茶の瞳がセラフィーナをジッと見つめる。
先輩女官は椅子から立ち上がり、右手を差し出した。
「あなたの教育係を務めることになったわ。ラウラ・コントゥラよ。よろしくね」
「セラフィーナです。ご指導よろしくお願いいたします」
右手で握手を返すと、ラウラがわずかに目を細めた。
「……一応先輩だけど、あなたと同じ下級女官だから。まぁ、仲良くしていきましょ」
「は、はい!」
「私たちの仕事は裏方の仕事が主よ。言うなれば、大公家や貴族のお世話をする上級女官のサポートって感じかしら。あなた、こういう仕事は初めて?」
ラウラが可愛らしく首を傾げる。
口調は穏やかで年上らしい落ち着いた雰囲気があるが、セラフィーナより小柄なせいで年下のように見えてしまう。
「初めてです。不慣れなことも多いかと思いますが、できるだけ早く覚えられるように頑張りますので」
「ふふ、いい返事ね。じゃあ、まずはこの巻物の片付けからしてもらいましょうか」
横にある棚から箱を出してきたかと思えば、机の上にどんっと置く。無造作に放り込まれた巻物の一つを取り出し、ラウラが白い指先を文字の上に滑らす。
「ここに担当部署が書いてあるから、あとは内容別に仕分けてちょうだい」
「わかりました」
「じゃあ、ここ任せていい? 私はちょっと抜けてくるから」
「はい。承知しました」
「すぐ戻るから。よろしくね」
ラウラが片目をつぶり、そのままドアの向こうへと消えていく。いつの間にか案内してくれた文官の姿も消えていた。
残されたのは大量の巻物とセラフィーナだけだ。
「よし……これが初めての仕事! 頑張らなくちゃ!」
一人きりの部屋でセラフィーナは自分を奮い立たせた。
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