2 / 38
2. 本気の誘いには本気で断ります
しおりを挟む
レクアルの鳶色の瞳がまっすぐに見つめてくる。セラフィーナも見つめ返したが、頭の中はいまだ混乱している。
「無論、そちらがいいのなら正妃でも構わないが」
「ちょ……ちょっと待ってください」
「うん?」
「わたくしが、レクアル様の妃になると……そういうお話ですか?」
「そうだ」
何を当然のことを聞くのだ、とばかりに首を傾げられて、セラフィーナは瞬いた。
(こ、これは……ただの冗談というわけではなさそうね……?)
どこから突っ込めばいいのか。考えあぐねている間にレクアルが口を開く。
「クラッセンコルトは、ユールスール帝国よりも温暖だ。冬もここよりは過ごしやすいと思うぞ。もちろん、俺の妃となるからには不自由もさせない。条件は悪くないと思うが?」
「……条件がよすぎて逆に怖いです」
うっかり本音をもらすと、レクアルは楽しげに口の端を持ち上げた。
その横で、護衛の騎士が顔を手で覆っていた。
「なるほど。確かにうまい話には気をつけろと言うな。だがしかし、俺はお前を気に入った。胆力のある女性は好ましい。どうだ、妃になってみないか。悪いようにはせぬ」
「…………謹んでお断りいたします」
自分の第六感が囁いている。目の前の男はやめておけと。
悪い男には見えないが、胸の内で何を考えているかは謎だ。深く関わるのは避けたほうがいい。
「はっはっは、断るか。なるほど、そうはうまくいかないか」
「えっと……」
一人頷くレクアルにどう声をかけたものかと悩んでいると、彼の騎士が眼前を通り過ぎる。何だろうと思って見ていたら、先ほど自分が放り投げたヒールを両手に載せて戻ってきた。
「足元、失礼いたします」
「え、あ、はい」
反射的にドレスの裾を少し持ち上げる。跪いた彼は恭しくセラフィーナの足を取り、丁寧にヒールを履かせる。けれど、されるがままになっている状況に心がついていかない。
騒ぎ立てた心臓を鎮めようとしていると、不意に足元から柔らかい声が聞こえてくる。
「どうかお気になさらないでください。レクアル殿下はいつも突然思いついたまま言い出すので、私も困っているのです。ですが、悪い方ではありません。その点は私が保証します」
冷たい白亜の床から素足が離れ、ヒールを履いたことで目線の位置が変わる。
「あ、あの。あなたは……?」
「失礼しました。エディ・ダールグレンと申します。殿下のお目付役です」
「そ、そうですか」
エディは立ち上がり、改めて一礼した。
流れるような所作は優雅で、セラフィーナは目が釘付けになってしまう。顔がいいだけではなく、物腰まで柔らかいだなんて反則ではないだろうか。老若男女を惑わす素質を強く感じる。
(うう……こんな美青年にお世話になったなんて、いたたまれない)
素足を殿方の前でさらしてしまった羞恥以上に、高価なガラス細工を扱うような手つきで触られたことのほうが余計頬を熱くさせた。
(ああもう……忘れるのよ!)
生々しい感覚を思い出すからいたたまれないのだ。ぶるぶると頭を横に振っていると、気遣わしげな声がかかる。
「あの……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。……その、ありがとうございました」
「いえ」
エディは用事は終わったとばかりにレクアルの後ろに控え、沈黙を選んだ。
(花の香り……?)
彼の残り香をたどり、先ほど見た花の徽章を思い出す。確か、クラッセンコルトの公都は花の都と名高い。
(そういえば、今まで他国に行くことはあっても、クラッセンコルトに行ったことはなかったわね。どうせなら、今までやったことないことに挑戦してみるのもありかも)
セラフィーナはレクアルを見上げ、一歩足を踏み出した。
「レクアル様。……お願いがございます」
「なんだ。申してみよ」
「近日中に、わたくしは領地から追放されます。ですから下働きでもいいので、どうか働かせていただけませんか?」
「いいぞ」
「えっ」
まさかの快諾に戸惑いが隠せない。
色々質問されると思っていただけに、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
だがそれすらも見透かしたように、レクアルは不敵な笑みを浮かべた。
「働き口に困っているならうちに来るといい。だが忘れるな、どんな身分になろうと、俺が第二妃に望む気持ちは変わらない。女官でも下働きでもなんでも、気が済むまでやってみるがいい。最終的に、お前が来るのは俺の隣だ。そのときを待っている」
どこからそんな自信が来るのか。しかし、エディから信頼を寄せられていることを見るに、上司としては案外頼りがいのある存在なのかもしれない。
肩すかしを食らったように、強ばっていた体から力が抜けていく。
(本当に不思議な人だわ……)
食えない顔をしているくせに、彼の言葉なら信じてみてもいいかと思ってしまう。先ほどまで警戒心が強かった相手だったのに、こうも簡単に気を許してしまうのは、自信満々で驚くほど前向きな発言のせいもあるだろう。
レクアルと出立の日取りの相談をしていたセラフィーナは、遠くの柱からこちらを見ていた人影には気がつかなかった。
「無論、そちらがいいのなら正妃でも構わないが」
「ちょ……ちょっと待ってください」
「うん?」
「わたくしが、レクアル様の妃になると……そういうお話ですか?」
「そうだ」
何を当然のことを聞くのだ、とばかりに首を傾げられて、セラフィーナは瞬いた。
(こ、これは……ただの冗談というわけではなさそうね……?)
どこから突っ込めばいいのか。考えあぐねている間にレクアルが口を開く。
「クラッセンコルトは、ユールスール帝国よりも温暖だ。冬もここよりは過ごしやすいと思うぞ。もちろん、俺の妃となるからには不自由もさせない。条件は悪くないと思うが?」
「……条件がよすぎて逆に怖いです」
うっかり本音をもらすと、レクアルは楽しげに口の端を持ち上げた。
その横で、護衛の騎士が顔を手で覆っていた。
「なるほど。確かにうまい話には気をつけろと言うな。だがしかし、俺はお前を気に入った。胆力のある女性は好ましい。どうだ、妃になってみないか。悪いようにはせぬ」
「…………謹んでお断りいたします」
自分の第六感が囁いている。目の前の男はやめておけと。
悪い男には見えないが、胸の内で何を考えているかは謎だ。深く関わるのは避けたほうがいい。
「はっはっは、断るか。なるほど、そうはうまくいかないか」
「えっと……」
一人頷くレクアルにどう声をかけたものかと悩んでいると、彼の騎士が眼前を通り過ぎる。何だろうと思って見ていたら、先ほど自分が放り投げたヒールを両手に載せて戻ってきた。
「足元、失礼いたします」
「え、あ、はい」
反射的にドレスの裾を少し持ち上げる。跪いた彼は恭しくセラフィーナの足を取り、丁寧にヒールを履かせる。けれど、されるがままになっている状況に心がついていかない。
騒ぎ立てた心臓を鎮めようとしていると、不意に足元から柔らかい声が聞こえてくる。
「どうかお気になさらないでください。レクアル殿下はいつも突然思いついたまま言い出すので、私も困っているのです。ですが、悪い方ではありません。その点は私が保証します」
冷たい白亜の床から素足が離れ、ヒールを履いたことで目線の位置が変わる。
「あ、あの。あなたは……?」
「失礼しました。エディ・ダールグレンと申します。殿下のお目付役です」
「そ、そうですか」
エディは立ち上がり、改めて一礼した。
流れるような所作は優雅で、セラフィーナは目が釘付けになってしまう。顔がいいだけではなく、物腰まで柔らかいだなんて反則ではないだろうか。老若男女を惑わす素質を強く感じる。
(うう……こんな美青年にお世話になったなんて、いたたまれない)
素足を殿方の前でさらしてしまった羞恥以上に、高価なガラス細工を扱うような手つきで触られたことのほうが余計頬を熱くさせた。
(ああもう……忘れるのよ!)
生々しい感覚を思い出すからいたたまれないのだ。ぶるぶると頭を横に振っていると、気遣わしげな声がかかる。
「あの……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。……その、ありがとうございました」
「いえ」
エディは用事は終わったとばかりにレクアルの後ろに控え、沈黙を選んだ。
(花の香り……?)
彼の残り香をたどり、先ほど見た花の徽章を思い出す。確か、クラッセンコルトの公都は花の都と名高い。
(そういえば、今まで他国に行くことはあっても、クラッセンコルトに行ったことはなかったわね。どうせなら、今までやったことないことに挑戦してみるのもありかも)
セラフィーナはレクアルを見上げ、一歩足を踏み出した。
「レクアル様。……お願いがございます」
「なんだ。申してみよ」
「近日中に、わたくしは領地から追放されます。ですから下働きでもいいので、どうか働かせていただけませんか?」
「いいぞ」
「えっ」
まさかの快諾に戸惑いが隠せない。
色々質問されると思っていただけに、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
だがそれすらも見透かしたように、レクアルは不敵な笑みを浮かべた。
「働き口に困っているならうちに来るといい。だが忘れるな、どんな身分になろうと、俺が第二妃に望む気持ちは変わらない。女官でも下働きでもなんでも、気が済むまでやってみるがいい。最終的に、お前が来るのは俺の隣だ。そのときを待っている」
どこからそんな自信が来るのか。しかし、エディから信頼を寄せられていることを見るに、上司としては案外頼りがいのある存在なのかもしれない。
肩すかしを食らったように、強ばっていた体から力が抜けていく。
(本当に不思議な人だわ……)
食えない顔をしているくせに、彼の言葉なら信じてみてもいいかと思ってしまう。先ほどまで警戒心が強かった相手だったのに、こうも簡単に気を許してしまうのは、自信満々で驚くほど前向きな発言のせいもあるだろう。
レクアルと出立の日取りの相談をしていたセラフィーナは、遠くの柱からこちらを見ていた人影には気がつかなかった。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる