蛙は嫌い

柏 サキ

文字の大きさ
上 下
7 / 13

5.錆びた黄金③

しおりを挟む







 思い出した。



 4限は既に始まっていて、数学の【細田先生】が黒板にサラサラっと余剰定理の式を書いているが、全く頭に入ってこない。


 部屋の隅にふとゴキブリを見つけた時のような、見たくなかったものを見てしまったような、そんな感覚に襲われている。

 …名前聞いて気付けよって話なんだろうけど、だって無理だよ。
 前はメガネをかけていたし、変な話あんなに綺麗になっているなんて思わないじゃん。
 例えイジメていたからといって、その人の事は印象にはそんなに残ってないさ。
 てかこんな遠く離れた場所でもう一度会っても…。

 イジメられる側はきっとイジメた側を忘れない、一生。


 きっと僕は酷く悪人なのだろう。
 否、絶対。






 ゴールデンウィーク前日の放課後。


 結局、若宮と田嶋と何処へ遊びに行くのかも決まらなかったが、1日だけ田嶋も休みの日があるので、その日は自分もバイトの予定を空けて何処かへ行くということだけ決まっている。


「っしゃ~~。とりあえず4日だな、お前らすっぽかすんじゃねーぞっ。」

 若宮は楽しそうだ。
 自分自身も友達と遊びに行くなんて久々なので何をしたら良いかも忘れてしまったが、それでも楽しみである。

 それでも心の隅には確かに埃が溜まっている感覚が残った。


 いつも通り、放課後は図書室へ向かう。

 正直またバッタリ出会ってしまうのではないかと不安はあったが、仕事はサボれない。


 まあ出会ってしまってもきっと向こうは警戒して話しかけて来ないだろうから、そのうちに背を向けて逃げてしまえばいい、そう思っていた。


 予想を遥かに超えたので思わずたじろいだ。

 図書室の扉を開けると、本の貸出口に彼女が並んで待っている。

 そして今日の当番は自分だ。


 心臓が高鳴る。
 息が荒いのが自分でも分かる。
 きっと凄い形相なのだろう。
 隣の向井も何やら不穏な雰囲気を察して話しかけてきた。


「おいおい、そんなに俺との委員会の仕事は嫌か?ははっ、西尾ちゃんなんとかいえよ~。」


 気を遣ったように笑う向井に、そんなことねえよ、とだけ返して貸出口へ向かう。


 さらに心臓が強く打つ。
 ああ、死ぬと分かった時ってきっとこうなるんだろうな。



「お、、お待たせしました…。」

 拍子抜けした声が出てしまった。


 彼女がこちらを見ているのが分かる。


 気まずっ。


 すると彼女の方が先に口を開いた。


「…『凍てつく空の下』……まだ持ってる…?あれ、借りたいんだけど…。」


「あっ…えっ…と…ごめん。」

 思わず声が裏返ってしまった。


「…いいの。ただ、楽しみにはしているからなるべく早く…ね。それだけっ。」


 なんだこのやり取りは。
 向こうは酷く憤怒しているはずだ、きっと親の仇のように。

 なんだ、何か企んでいるのか…?

 罪悪感のある自分は大分疑心暗鬼になっていることだろう。


「…あとさ、」


「はい!なんでしょう…!」


 思わず敬語になってしまった。
 しっかりしろよ俺…。


「私…あなたに返したいものがあるの…。」



 えっ、えっ?なんか貸したっけ??
 いや全くそんな覚えないよ、復讐してやるの遠回しの言い方か…??

 そんなハテナばかりの自分を見て、彼女はこう切り出した。

「やっぱり、覚えてないよね。ううん、いいの。今日は持ってきてないから返せないけど…んー、明日でいいかな?」


「明日って…ゴールデンウィークだよ…??学校ないよ…??」


「あ、そっか。でも私は学校来なきゃなんだ、色々とあってね。少しでも過去を思い出してくれたなら明日来てよ、朝保健室にいるからさ。」



 えーーーーーーー。
 いや、バイトは午後からだけど…。
 面倒とかそれ以前に怖いって。
 理由がわからない、何か分からないモノ程怖いものってないよ。



 後ろで向井が、おーい、と呼ぶ声が聞こえた。



「ちょ、あ、、呼ばれてるから!その本は借りるんだよね…?はい、今日から2週間です…!」


 気味が悪かったので、急いで手続きを済ませ、喋る隙を与えないようにしてその場を離れようとすると背後で確かに聞こえた。


「…絶対ね。」



 背筋が凍った。
 きっと『凍てつく空の下』の世界でもこんなに悪寒のする事はないだろう。





 今日のバイトなんてすっぽかしてしまいそうになるくらいに頭がいっぱいだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
展開が遅くてすみません…。
次話でやっとゴールデンウィークに入ります…!
タイトル3話目にしてまだ入ってないとか…。
次話も宜しくお願いします…!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

離婚ですね?はい、既に知っておりました。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場で、夫は離婚を叫ぶ。 どうやら私が他の男性と不倫をしているらしい。 全くの冤罪だが、私が動じることは決してない。 なぜなら、全て知っていたから。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...