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三十一話 なんか孵っちゃった

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「誰だ!」

 クロードの鋭い声と同時に、キインッ! と剣と剣のぶつかる鋭い音が部屋に響き渡った。

「ちょっと待って! 怪しい者じゃないから! いきなり切りかかってくるのやめて!」

 スワンを呼びに行こうとしていたセルジュだったが、相手の殺意の無い声に思わず立ち止まって振り返った。

(誰だ? 見たことない顔だけど……)

「今度は何事ですか!?」

 物音を聞きつけて駆けつけたスワンが、部屋の中の光景を見て驚いて叫んだ。

「ニコラス殿!」
「知り合いか?」

 スワンは部屋に入ると、剣を交えている二人の間に割って入った。

「クロード、剣を下ろしても大丈夫だ。ニコラス・ドゥ・ロベール殿だよ」
「ロベール家の?」

 クロードが驚いて剣を下ろすと、クロードの剣を防ぐために剣を抜いていたニコラスもやれやれと防御の姿勢を解いた。

「北のクロードだね? 弟のことは知ってるよね?」
「弟? 知らないが」
「クロード、ジャン・ドゥ・ロベール伯爵のことだよ」

 スワンの説明にクロードは眉をひそめた。セルジュも驚いてポカンと口を開けている。

(そんなわけないだろ?)

 月の光のような銀髪に紫色の瞳。確かに西の辺境伯のロベール伯爵と同じ色の髪と目をしていたが、目の前のこの男は皺ひとつない口元に活気のある目、短い髪もツヤツヤで、五十歳を超えているというロベール伯爵の兄だとはとても信じられなかった。

「若作りしすぎだって言いたいんだろう?」

(いや、若作りというよりもはや不老不死の域じゃね?)

「弟はアホなのさ。色んな意味でね。せっかく西域を守護する立場にあるんだから、もっと魔法マナの恩恵に預かればいいものを、外見にはとんと興味がないときてる」
「ニコラス殿! どうしていつもうちの城に勝手に侵入してくるんですか? ちゃんと事前に連絡して、正面玄関から呼び鈴を押して入ってきて下さい! しかもわざわざ客人の部屋に侵入するなんて!」

 憤慨しているスワンに、ニコラスはひょいと肩をすくめて見せた。

「まさか客がいるとは思わなかったんだよ」
「いつもは違う部屋に侵入してくるじゃないですか」
「何となくここに惹かれたんだ」

 ニコラスはセルジュに向かってパチっとウィンクした。

「俺はアルファなんだ。もしかして君の匂いに惹かれたのかな?」
「やめて下さい! これ以上戦争の火種を作らないで!」

 城主のスワンが悲鳴を上げ、セルジュは再び剣を抜く勢いのクロードを慌てて押さえつけた。

「……ニコラス殿は、よくここへ遊びに? いらっしゃるのですか?」

 何とかこの場の雰囲気を変えようと、セルジュが慌ててニコラスに質問した。

「うん、この時期になると毎年用事で南部を訪れるから、寝床を借りにここへ寄るんだ」
「それならそう言ってくだされば、いつでもお部屋を用意してお待ちしますけど」
「俺は自由なんだ! 誰にも束縛されたくはない。面倒ごとは全て弟がやってくれるし、俺は好きな時に好きなところへふらっと行きたいんだ。事前に連絡なんかしたら、その日に行かなきゃならなくなるだろ?」

(これは、ロベール伯爵に輪をかけてはた迷惑な人間だ!)

 ニコラスは勝手に寝台に座ると、クロードがピクつくのも構わず両手を伸ばしてう~んと伸びをした。

「ところで、その子供はどうしたの?」
「あ、俺たちの子供です」
「へえ、北の領主の」

 ニコラスはエミールの顔をまじまじと見つめた。

「こりゃ驚いた。二人にそっくりだ。弟はそんな話全くしなかったぞ」
「エミールはロベール伯爵にお会いしたことはないんです」
「そうなのか。ところで家族そろってどうして南部に? もう聖樹祭は間近だろう?」
「ちょっと事情がありまして。果物の収穫の手伝いに来たんです」

 ニコラスはああ、と窓の外に視線をやった。

「この城の周辺に生えているやつね。あのジュース美味しいんだよね。もう収穫できた?」
「はい、なんとか間に合いました。今年は生育が悪くて心配でしたが、この一、二週間で駆け込みで熟してくれたんです」
「それは良かった」

 スワンの答えを聞いて、ニコラスは寝台の上でにこりと笑った。

「俺もいくつかもらって帰っていい? 帰ってジュースにするから」
「聖樹祭で振る舞われますよ」
「俺は祭には毎年行ったり行かなかったりだから。今年は多分行かない」
「ええっ? 今年は聖樹の花が咲いてるんですよ。珍しい機会ですし、行かれたらどうですか」
「そんなの関係ない。気分が乗らないんだ」

(本当に自由人なんだな。ロベール伯爵がなんだか可愛く見えてきた)

 ニコラスは呆れた様子の三人に構うことなく、寝台からひょいっと立ち上がるとクロードの正面に立った。

「しかしクロードがいるとは、ちょうど良かった」
「……何の話でしょうか?」

 ニコラスはクロードの質問には答えず、隣のセルジュに向き直った。

「君はクロードの指輪のことは知ってるかい?」
「あ、はい。魔獣を使役する黒の指輪ですよね?」
「そう、どんな凶暴な魔獣も、彼の前では躾けられた犬のように従順になるという、まさに魔王の持つような力だ」

 セルジュはピクッと指先を軽く痙攣させたが、クロードは全く動じることなくニコラスと対峙していた。

「それで、俺がいると何か都合がいいのですか? ろくでもない予感しかしませんが」
「まあそう言わずに、ちょっと一緒に来てくれるかい?」

 ニコラスは軽やかな足取りで部屋の外に出ると、扉からひょこっと顔を覗かせた。セルジュたち三人は顔を見合わせた後、クロードを先頭に慎重な足取りでニコラスの後について行った。

「……じつはここに来る時、西からある物を持ってきてたんだけど……」
「ある物って何ですか?」

 ニコラスの言葉に、スワンの顔色も悪くなってきた。

「いやね、そんな大した物じゃないんだよ? ここに来る時はいつも持ってくるんだ。まあお守りみたいなものっていうか……」
「歯切れが悪いですね。さっさと本題に移って下さい」

 クロードにピシャリと指摘されても、ニコラスは飄々とした態度を崩さないままマルタン城の外に出た。

「それが今回ちょっと魔法の調整を間違ったみたいでさ……」

 しかしそれ以上の説明は必要無かった。城の裏手、岸壁に続く森の入り口に、白くて巨大な丸いものが真っ二つなって転がっていたのだ。

「……なんか、孵っちゃった」
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