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三十四話 ○○○時計

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 セルジュは慌てて供物台を乗り越えると、友人の閉じ込められた琥珀を持つクロードの元へと駆けつけた。

「シモン! シモン!」
「それは……もしかして遺体が見つからなかったという、フエリト村の住人ですか?」

 予想だにしていなかった事態に、スワンの声も震えている。

「どうしてこんな所に? まさか死んじまったのか?」

 セルジュは震える指先で、そっとシモンが閉じ込められている琥珀に触れた。
 と、セルジュの指輪が再び光を放ち、まるで突き刺すように緑色に輝く筋をシモンに向かって伸ばした。光が触れた途端ピキピキッと表面にひびが入り、パリンと真っ二つに割れた琥珀から勢いよく黄色い煙のようなものが吹き出してきた。

「あっ!」

 煙と共にセルジュと同じくらいの大きさの何かが現れ、クロードが咄嗟に手を出してそれを支えた。

「シモン!」

 記憶の中の彼より大人になってはいるものの、子供の頃の面影を残したその顔はフエリト村の親友で間違いない。固く閉じられた目の下にはくっきりとクマができ、頬も痩けて顔色も悪かった。微かにしている呼吸を感じられなければ、死人と勘違いしてもおかしくないほどである。

「どうしよう。すぐに病院に……」
「いや、すぐそこに王城がある。この後陛下にご挨拶に行く予定だったから、聖職者に見てもらった方が早いだろう。この件も報告する必要が……」

 そこまで言った時、人の気配を察知したクロードがさっと顔を上げた。セルジュとスワンが振り返ると、森の入り口の方角から数名の騎士たちがこちらに向かって歩いて来るところだった。

(あ、あれは……)

「ステヴナン伯爵、これは一体どういうことでしょうか?」

 先頭を歩いてきた小柄な騎士が、鋭い口調でいきなりクロードに食ってかかった。

「聖樹のすぐ下は立ち入り禁止区域です。供物台より先に入ってはいけない決まりはご存知のはずだと思いますが」
「スティーブ!」

 セルジュが慌てて呼びかけると、その騎士はひょいっと片方の眉を上げてセルジュを見た。

「何やってんだよ。悪いけどお前も一緒に来てもらうぞ。そこには入っちゃダメな決まりなんだ」
「ごめん! でもこれには事情があって。すぐに誰か聖職者に会わせて欲しいんだ」

 スティーブは第一王子直属の騎士団員で、セルジュと唯一仲の良かったオメガの同僚だった。

(恐らく立ち入り禁止区域に誰かが入ったら、すぐに警報が飛ぶような結界でも施されているんだろう。たまたま来たのがスティーブで良かった)

「聖職者?」
「この人、一年前に破壊された俺の故郷の生き残りで、何故かここに閉じ込められてたんだ!」
「ここに?」

 スティーブは信じられないという表情で聖樹を見たが、すぐにセルジュに視線を戻して頷いた。

「分かった。そいつのことは俺たちに任せろ。しかし規則は規則だから、お前とステヴナン伯爵は一旦拘束させてもらう」
「……分かった」

 セルジュはクロードと一緒に供物台の後ろから出てくると、エミールをスワンに手渡した。

「すみません、王都にカトリーヌ様たちも来ているはずなので、エミールを預けてもらえませんか」
「分かりました。陛下には私からも釈明させてもらいますから、安心してください」

 エミールは少し不安そうな表情をしていたが、スワンにぎゅっとしがみついて、掴んだ茶色い髪の毛をちゅぱちゅぱ口に入れてしゃぶった。

(ああ~髪の毛……って、この状況じゃ仕方ないか。泣かれるよりはマシだ)

 スティーブは連れてきた騎士の一人にシモンを運ばせると、セルジュとクロードに手錠をかけ、王城にある罪人を収容する施設へと連行した。

                  ◇◆◇

「明日はいよいよ聖樹祭だってのに、大変なことになっちまったな」

 冷たい石の独房の壁に寄りかかり、セルジュは隣に座るクロードに向かってそうぼやいた。

「まあでもスワンが釈明してくれるって言ってたし、今日中には出してもらえるだろ」
「そうか?」

 クロードは相変わらず無表情だったが、黒い指輪の外された右手を見ながら眉根を少しばかり曇らせていた。牢屋に入れられる際に、二人とも当然身体検査を受けて、武器になりそうなものは全て没収されていた。セルジュの指輪は一応装飾品とみなされ、しかも婚約指輪ということで見逃してもらえたが、辺境伯の力の象徴であるクロードの指輪は当然没収対象であった。

「そもそも立ち入り禁止区域への侵入って、そこまで重い罪じゃないだろ。確認したのだって俺の友達だ。きっとすぐに出してもらえるさ」
「そんな大した罪でもないのに、わざわざ牢屋に入れる必要があるのか?」
「それはまあ、規則だし」
「それより、去年起こった辺境周辺の村の事件に関する重要な手掛かりを見つけたんだぞ。こんな所にぶち込んでないで、一刻も早く事情聴取するべきだろ」

 確かに、クロードの言うことにも一理あった。

「け、結構長いことここにいる感じするけど、何もすることないから時間の流れが遅く感じるだけで……」
「もう三時間以上経ってるぞ」
「嘘だろ。何でわかるんだよ? ここは地下で窓も無いってのに」

 クロードは意味ありげな目つきでセルジュを見た。

「勃ってきた」
「……は?」
「俺はどんなに疲れていて色気のない状況でも、お前と三時間一緒にいると必ず反応するんだ」

 一瞬相手が何を言っているのか分からず言葉を失ったセルジュだったが、脳みそが意味を理解した途端、弾かれたように飛び上がってクロードから距離を取った。

「ふざけるな!」
「大真面目だ」
「いや、本当マジ何考えてんだお前? そんなお上品な顔してるくせに、頭ん中ヤることしか考えてないのかよ!」
「お前だけだぞ」
「そういう問題じゃなくて……!」

 セルジュがさらに声を荒げて抗議しようとした時、クロードが警告するようにシッと人差し指を唇に当てた。

「誰か来る」
「え……」

(嘘だろ。さっきの会話聞かれたのか? もう嫌なんだけど……)

 その人物は看守の制服を着ていて、顔も見たことのない明らかな他人だった。しかし彼はセルジュたちの独房に近づいて来ると、周りに誰もいないことを確かめてからそっと囁いてきた。

「セルジュ、俺だよ」
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