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第36話

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 熊の突進と、俺の前方への跳躍から第二ラウンドが始まった。川の水が弾け、水飛沫が宙を舞う。
 同時に飛び出した俺と熊の距離は瞬く間に縮まり、そして交差する。その一瞬を見逃さず熊は右腕を振る。突進の勢いと熊の体重がすべて一本の右腕に乗った渾身の一撃。進化した俺でも恐らくただでは済まない。
 だが、俺には見えた。前世では喧嘩など大してした事が無い俺、だが不思議と相手の動きが見えた。いや、読めたのだ。これも進化の影響なのか、それとも戦闘に慣れたからなのかは分からないが、今の俺には熊の右腕の軌道が読める。
 相手の勢い、態勢、自分の敏捷性。そのすべてを利用し、ダメージを与えるのなら……。考えろ安全で効果的な攻撃を。
 そして脳裏に浮かんだのは。幼き頃よくやっていた、あの名作の必殺技。
 よし、これだ。
 まずは、着地と同時に右へ回避。
 攻撃を避けたら、相手方向を向き、右足を駆け相手の姿勢を崩す。
 そして、相手が態勢を崩したことを確認し、俺は上へと大きく跳躍。その高さ凡そ五メートル。
 体を一回転させ、同時に尻尾にスキル【硬化】を発動。狙いを熊へと定めそのまま……

 ダイアモンドテール!!

 態勢を大きく崩した熊の背を狙い、尻尾を振り翳し、技名通り金剛石の如く硬くなった尻尾を叩きつける。
 そして、俺は相手を踏み台にし後ろに回転して着地。
 技を綺麗に成功させ、俺は相手の様子を見る。熊はうつぶせのまま、起き上がる様子は今の所なく、熊の背中には俺の攻撃で大きく凹んでいた。俺の会心の一撃に落下による重力加わり、そして地面に叩きつけられる衝撃。普通なら、かなりのダメージだ。この技は今の俺にできる最大の打撃技だろう。これで起き上がるのなら、こいつを倒すのは骨が折れる。まあ幸い、技量的な事もあって、負けることは無いだろうが、相当量時間がかかるだろう。できればこれで決着がついてほしい所だが。
 そんな俺の思いとは裏腹に、俺が目視する熊の指先がピクリと動く。
 おいおい、まじか。まだ動けるとかホントにタフだな。この様子なら同ランク魔獣の中でもかなり上位の魔獣そうだ。
 そして、熊は徐々に姿勢を直立状態へと戻す。それに応じて、俺も少し距離をとる。
 熊はこちらを向き、俺をぎろりと睨みつけた。
 これは第三ラウンド開始かな。
 だが、俺のそんな考えはすぐに打ち消される。熊は俺を睨んだ後、森へと消えていったのだ。俺としては、食糧確保の事を考えれば、正直ありがたい事だった。そのため追いかけはしなかったが、あの目つきが気になる。あれは、あきらかに復讐を抱く者の目。そして気になるのは鑑定の時に表示された、最後の一文。

 更に進化をすると、大変なことになる。

 この一文。言葉自体はあれだが、本当にやばい気がする。あいつのレベルはCランク進化可能レベルの直前39レベルだったし。いくら手負いとはいえ、今後の自分の危険分子をみすみす逃してしまったのではと、今更だが不安になる。
 ……まあ、逃がしてしまったんだから、仕方が無いか。それに、例えあの熊が強くなって復讐をしに来たとしても、その頃には俺ももっと強くなっているだろう。終わったことよりも、今は食料調達だ。

 現在は昼前くらい。拠点へ帰ることも考えると距離的な事も考慮して、もう少し明確に食料調達の場所を決めたほうが良さそうだな。うーむ……俺の事前調査だと、確かこの小川を下った先にもう一つ湖があったはず。なんだかいっつも湖に行っている気がするが、今回はそこの周辺と道中で狩ることにしよう。よし、再び出発。


 ――あれから再び低速で移動すること約一時間。もう結構な距離は進んだのだが、先程の獰猛な茶熊獣フォーローシスベアー以降魔獣と遭遇できずにいた。
 うーむ。うーむ。おかしい。魔獣が全然いない。以前も同様に魔獣を見つけるのに苦労していたが、今は鑑定の応用でマップが使える。魔獣を見つけるのが格段にやりやすくなっているはずなんだけど、近くに魔獣の反応は無い。今はマップの表示範囲は百メートルに設定してある。表示する範囲をもっと広くし、索敵するという手もあるが、百メートルに設定している理由は魔獣を追って目印である川から離れすぎないためだ。表示する範囲を広げるのはできればしたく無い。

 移動しながら思案する中、静寂に包まれた森に轟音と共に爆炎が視界の遠くに映し出される。同時に森の空気が変わり、静寂だった森が騒がしくなる。
 さっきのは、爆発! 場所は恐らくマップの表示されている範囲より少し遠く。危険は承知だが、確認しない訳にはいかない。マップの表示範囲を二百メートルまで変更。場所は……この小川を上った先、目的地の湖だ。そして、その付近に複数の青点と大きな赤点が一つ。これは人が魔獣と戦っている事を意味する。それに、この赤点の表示は恐らくAランククラス。この世界の人間の力を知るためにも見に行きたい。だが……今の俺は魔獣だ。来る途中にも自分で決断したばかりだ。今の状況では人との接触を控えなければ、転生した事もすべて無駄になってしまう。危険だし、ここはやはり我慢して拠点に帰るしか……。
 しかたない、と諦めようとしたその時、ふと目を向けたマップ表示の青点が一つ消滅したのだ。
 なっ……。青点が消えた、だと。それはつまり今人が一人死んだってこと……か。熊の時もそうだったように、このことは明らかだ。
 この先で一人死んだ。死んだんだ。だがあったことが無い赤の他人。死んだってどうでもいい。それに今の俺の目標を考えると、Aランククラスの化け物が居るところに、無謀に向かう訳にはいかない。
 俺はもう死ぬ訳にはいかないんだ。このあこがれてた異世界で良い思いをするまでは。だから、助けになんて行くことはできない。
 所詮赤の他人だ。何人死んだって俺には関係……ない。

 そんな風に割り切れたら良いんだけどな。俺には、そんなことはできない。少し先に命を懸けて戦っている人がいる。実際に死んでしまった人もいる。そんな人達を見殺しにして、のうのうと拠点に帰っていいのか? いや、断じて良くない。今の俺は魔獣だ。でも、俺の目標はもう一度人間になる……ことは無理そうだから人間と接触が図れるドラゴンになって、異世界を謳歌することだ。心まで人間をやめるつもりは無い。
 だから俺は……この先の人達を助けに向かう!
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