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第33話

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 あいつがこの洞窟の先客。……というか、住人か。どっから、どうみても強そうだ。進化した今でも、まるで勝てる気がしない。これはもう、あいつを鑑定したら、さっさと退散しよう。あれと対峙するには、俺にはまだ早すぎる。鑑定もこの距離でできないなら、諦めて逃亡に徹するとしよう。不用意にここに長居する必要はない。ただ次の場所へ行けばいいだけのことだ。
 ふぅー。――よし、これで気持ちの整理も付いた。
 スキル【鑑定】。


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名称:剣歯虎サーベルタイガー 亜種
危険度:A  LV 68

解説
 虎型の魔獣、その中でも取り分け凶暴で頭が賢い上位種の一つ、剣歯虎サーベルタイガー。その亜種個体の一つ。ユニークモンスターの一つであり、雷を操る強力な魔獣。そして、この個体はこの世界に数多存在する魔獣の中でこの魔獣は神獣種に最も近い個体とされている。二つ名は《白雷》。

称号:森の覇者(アストルの森西側)
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 鑑定はできたが……なんだこいつ。まさかのランクAだと? 見た目からしてやばそうだとは思っていたが、まさかここまでとは。やっぱり、手を出さないって決めて正解だった。もし、自分を過信して奴に勝負を挑んでいたら、瞬殺されるところだった。
 それにこれだけ離れていても、肌がピリピリする。なんて威圧だ。流石というべきか、これがAランク。凄まじいな。世界食い鯰の時は姿をその目で確認できた訳ではないし、全然気づかなかったが。真正面から向き合っていたらこんな感じなんだろう。

 剣歯虎を見て、そんなことを考えていた時だった。不意に視界がぶれ、からだにツーンと刺激が走る。スキル【危機察知】の発動によるものだ。ここから今すぐ離れなければ、と瞬時に悟り大きく右に飛ぶ。その瞬間、左手に激痛が走る。痛みをこらえ元の場所へ目をやると、大きな爪痕とその延長線上に剣歯虎の姿があった。
 不意の出来事に困惑する中、必死に頭を回す。そして考える。この一瞬で何が起きたのかを。
 元居た位置の爪痕とその先にいる剣歯虎そして、俺の左手の痛みと傷。考えるまでもない、剣歯虎が二十メートルほどの距離を一秒かからずに距離を詰め俺を攻撃したのだ。
 ……なんだそれ。冗談じゃない。それでは、戦って勝つことはおろか、逃亡すらできない。その上、相手に入り口を阻まれてしまっている。速さ的にもつらい上、あれを突破しなければならないのだ。頼みにしていた、スキル【逃げ足】も発動しない。現時点で発動しないことを考えると、恐らくあれを一度突破し、逃亡という行為になる必要があるのだろう。だがスキル【逃げ足】が発動しない今、俺の速さはスキル【疾走】を使っても通常のたったの三倍。それでは、あいつの速さには到底及ばない。突破することは不可能だ。戦闘状態に入れば逃げるタイミングはあるかもしれないが、このレベル差とランク差。格上相手のこの状況ではもって数分が限度。その短い時間で隙をついて逃げることが、果たしてできるかどうか……。考えてもしょうがない、他に逃げる方法は無いんだ。ここは黙って覚悟を決めるしかない。
 そうと決まれば、現状の把握だ。剣歯虎は攻撃を避けられたのを少し驚いているようで、警戒体制のまますぐに飛び掛かってくる様子は無い。左腕は血は出ているが、そこまで深い傷じゃない、これなら戦えないことも無い。HPは少し減っているが問題は無い、MPはほぼ満タン。相手との距離は十メートルくらい。
 さて、どうしたものか……。ふむ、試しにこの間習得した必殺技を使用してみるか? だが、まだ効果がどんなものなのか分からない今、ここで使うのも危険か。それを考えると使えるスキルは今まで通り【水弾式機関銃アクアマシンガン】【水の槍アクアスピア】それと【氷の槍アイススピア】くらいか。流石にあれと近接戦するきにはなれないし。最もAランク相手にスキルがそこまで通用するとは思えない。できても足止めが限界。このスキルを最も生かすのなら……全力で走って、スキルを絶え間なく使い、相手に攻撃の隙を与えずその場に縛り付ける。遠距離攻撃を考え、走ってる時も防御に気を配り、うまく剣歯虎を迂回できれば何とかなるか。――よし、これで行こう。
 スキル【疾走】発動!

 走れ、走れ。体が切れそうになっても走れ。スキルを使え、少しでも動きを封じろ。
 スキル【水弾式機関銃アクアマシンガン】‼

 水でできた光を纏った無数の弾丸が剣歯虎めがけて飛んでいく。
 だが、相手に慌てる様子は無い。相手と弾丸との距離が一メートルほどになった、次の瞬間。剣歯虎の周りから数本の稲妻が閃き、向かう弾丸を正確に貫く。だがそれで終わりではない。新たに数本の稲妻が出現し、剣歯虎は稲妻を放つ。放たれた稲妻は空気を切り裂き俺へと迫る。

 やはり、相手もスキルを使ってきたか。物凄い速さだ。さしずめ稲妻の槍ってところか。だが……これは想定内だ!
 スキル【氷の槍アイススピア】!

 水色に輝く一本の巨大な氷塊が出現する。形状は両端はどちらも鋭く尖っている。だがこれは槍とは違う。氷塊は巨木の如く太く大きい。自身の体と同等の横幅の持つこれは、もはや盾と呼ぶべきだろう。

 〖通知〗:スキル【氷の盾アイスシールド】を習得

 稲妻の槍を見つつ、地面を狙い巨大な氷塊を放つ。刹那、放たれた巨大な氷塊は轟音と共に硬い地面へ突き刺さり、三本の稲妻の槍を防ぐ。

 よし、作戦通り。入り口はすぐそこだ。MPもまだまだ余裕がある。剣歯虎もすぐには抜け出せないはず……。氷塊で一瞬、見えなくなった剣歯虎を再び見る。だが、そこに姿は無い。それと同時に体に刺激が走る。正面からくる。スキル【危機察知】でそれに気づき正面を向くとすぐそこに、剣歯虎の姿がある。大きく飛び掛かり、右腕を上げサーベルのような長い鉤爪を振りかざしている。

 やばい⁉ どう避ける! 左右は間に合わない。飛ぶのも無理だ。なら後方に飛ぶか……いや、駄目だ追撃される。硬化を使ったとしても受けるのは無理だ。

 どうする! 相手は飛び掛かってきている、受けるのは無理、回避もどれも間に合わ……。
 視界全体へと意識を集中し、ある一点に気が付く。
 飛んでいる剣歯虎の真下。
 幅は狭いだが、いける!

 接触まで残りコンマ一秒! 失敗すればもう一度死ぬ。だが俺ならやれる!
 ここだ‼ スライディング!

 足が地面とこすれ摩擦で足に痛みと熱が走る。痛いがもう少しだ! 間一髪で相手の攻撃を回避し、入り口は目の前。よし、突破できた。だが、まだだすぐに体勢を立て直し、全力で走れ。そして突破した今なら恐らくあのスキルが使える! できれば使いたくないけどな。
 スキル【逃げ足】‼

 まるで体が空気のように軽い。足が勝手に動く。耳には風を切る音が鳴り響き、景色は数秒たつだけで大分変わる。なんて速さだ。これが、十五倍の速さか。凄いな。
 そうしている間に、前方に入り口の光が見えてきた。もう入り口か。流石に早いな。

 洞窟から抜けると、ギラギラとした太陽の光が肌を刺激する。それはとても暖かく、たった数十分浴びていなかっただけなのにどこか懐かしさを感じる。
 ……おっと、こうしちゃいられない。あいつが追ってきてるかもしれないから、一応マップで確認しないと。――追ってきてはないみたいだな。よかった。いくら【逃げ足】があるといっても、あんなのに追われちゃ、たまんないからな。
 さて、できれば今日中に拠点を確保したところだし、さっさと次の所に行きますか。あっ、でも次はあんな化け物が居ませんように。
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