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神様Help!
覚悟と神の力と、そして絶望と……
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「いくぞ!!」
使徒化が始まったデビッド。
彼の命を絶つ。
俺は、アンジェラの夫への想い――そして、デビッドの人としての尊厳を守るために、心の底から覚悟を決めた。
……え?
その瞬間、俺の中で何かが変った。……えッ、これは!?
いままで支えていた枷が突然弾け飛び――閉じ込められていた獣が、檻を破って飛び出しでもしてきたようなそんな感覚だ。
まさか!?
俺は素早く〈ステータス〉を確認した。
(ステータス)
大和大地〈主神代理〉
神レベル5
神力86
神スキル
【降臨】神力10:【神託】神力1:【スキル付与】神力1:【加護】神力1:【種族加護】神力5~10:【天啓】神力2:【神体創造】神力5:【人化降臨】神力2~(付加術:【天界復活】神力5:【神器附帯】神力1:〔新〕【神技行使】神力2:〔新〕【神気降臨】神力20:〔新〕【神気封印】神力2):〔新〕【変幻】神力1:〔新〕【邪気浄化】神力3~:〔新〕【地力再生】神力5:〔新〕【地割】神力3~:〔新〕【海割】神力5~:
所持神器:〈獣神の足紋〉〈界蜃の袋〉
あった!! 【邪気浄化】たぶんこれだ。
「バルバロイ!! 【邪気浄化】! こいつで良いのか!!」
思わず神名を叫んでしまった。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「そうだ、それだ!! ――レベルが上がったのか!?」
「ああっ、たった今! ――どうすれば良い!?」
「いまの神力は!?」
「86!」
「【神技行使】は使えるか!?」
「それもいま出た!」
「ならそれを先に使え! その後に【邪気浄化】だ!!」
俺とバルバロイは、切迫した状況のままに短い言葉をかわす。
「行け! 時間がない!」
見ると、デビッドから発散された邪気は彼の頭上で黒い繭のように纏まるとそこから彼の額に目掛けて細い糸のようなものが降り注いだ。
俺にも本能的に判った。
あれがデビッドの身体に総て戻ったとき彼の使徒化は完成するのだ。
「神技行使!」
唱えると、俺の身体を何らかの力が通り抜けていくのがわかる。それは〈憑獣の術〉を使ったときの魔力が抜ける感覚とはべつのものだ。
魔力の行使が自分の体に満ちた力を使うものだとしたら、神力の行使はどこかべつの場所に蓄えておいた力を自分の体を通し力に変える感覚とでも言ったらいいか。
つまりは喪失感を感じない力の行使なのだ。
俺は、斬檄を浴びせるために溜め込んだ踏込みの力を解放すると、瞬時にデビッドに肉薄する。
「グアッ!!」
ザクッとデビッドの身体から黒い突起物がせり出し俺の脇腹を貫いた。
「がッ!」
ザンッ! ザンッ! と、まるでハリネズミのようなトゲが二本、三本とデビッドの身体に生えていく。
そのトゲは、俺の左肩と右の太腿も貫いていた。
「くそッー!!」
右手の剣を放りだし、俺はその手をデビッドの額にかざす。
俺の手の存在を無視するようにデビッドの額に流れ込む邪気が俺の右手を突き抜けていく。
「グぁあああああああああッ! クッ――じゃ、邪気浄化!!」
俺が唱えた途端、デビッドの額に流れ込む邪気がピタリッ、と止まった。
永遠を思わせる一瞬の静寂。
直後、俺を弾き飛ばすようにデビッドの身体から衝撃波が発せされた。
「ゴフッ!」
俺の身体は吹き飛ばされ試合場の壁に激突した。
俺の口から血が吹き出る。
くそ、こんなダメージバルバロイに殺されかけたとき以来だぞ。
壁から崩れ落ち、倒れ伏した俺が顔を上げると、デビッドの額から邪気が放出されているのが見えた。
放出された邪気は先ほどのように上空に停滞して纏まること無くキラキラとした光に還元されて虚空へと消えていく。
「ぐっ、ぉぉぉぉーぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー」
それは苦悶の咆哮か? それとも、闇から解放される歓喜の雄叫びか?
途中からデビッドの叫びの声がどこか穏やかになったような気がする。
それは俺の願望だろうか?
「よくやりました代理どの、もう大丈夫です」
いつの間にかヴリンダさんが俺の背に手を当てている。身体の痛みが引いていく、癒やしの力を使ってくれているようだ。
「間に……、間に合ったんですか?」
「ええ、本当にギリギリでしたが、……しかしあなたはこの事態を最も素晴らしい結果に導きました。見事です」
ヴリンダさんの瞳には、息子の成長を喜ぶような慈愛の色が浮かんでいる。ああ、これもサテラがたまに俺に向けてくる瞳に似てる。
……サテラどうしてるかな? 急に懐かしくなってきた。三年以上一緒にいたのに、もうひと月近く顔を見てないもんな。
……ああ、心が弱ってるな。実際のところ俺には彼女の、ヴリンダさんの称賛を受ける資格が無いのだ。
俺の神レベルが上がらなかった理由。俺はその原因に気付いてしまった。
それは俺に、自分ばかりではない、他人の命をも背負って神としての真義を貫き通す。その覚悟が無かったこと。それが原因だったのだ。
おそらくそれは、この世界の神々にとっては、当たり前にできていたことだろう。だから、バルバロイもサテラも、シュアルさんも気がつかなかった。
地球の、それも平和な、日本という場所から呼び寄せられた俺だからこそ、最後の最後。心の底から覚悟を決めたその瞬間まで、神レベルの壁が越えられなかったんだ。
「この世界の人間じゃ無いんだから、仕方ないさ」と言うのは簡単だ。だが、俺にはそれを言う気にはなれない。成り行きでなった主神代理だが、それを決断したのは自分自身だからだ。
ただ、今回ひとつだけ良かったことがあるとすれば、怪我人は出たようだが、死者がひとりも出なかったということだろう。
「あなた!!」
バルバロイがデビッドから完全に邪気が抜けきったのを確認して障壁を解除した。
そのとたんアンジェラが試合場に駆け込んできた。
バルバロイがデビッドの背に手をやり上半身を引き起こして彼の顔をアンジェラに向ける。
「ア……、アンジェラ。……おっ、俺は?」
邪気が抜けたデビッドの身体からは、飛び出していたトゲも無くなっている。その身体は一回り小さくなった印象だが、外見は以前俺が目にした映像と違いゴツいままだった。ただ、人のよさそうな雰囲気はあの映像で感じた印象に戻っている。
「あなた……、私に至らないところがあったのも分かっています。しかし何が原因でこのような事態になったのですか?」
デビッドの精神状態が普通に戻っていることを確信したのだろう。アンジェラは彼が魔墜ちしてからのこの数年間、頭の中で繰り返し繰り返し考えていた疑問を口にした。
そうだよね、いまのデビッドは正直いって俺より健常者に見えるから、そうなれば原因を聞きたいよね。
振り返って俺をみると応急の癒やしは受けたものの装備はボロボロだ。しかもヴリンダさんはシュアルさんのように癒やしの力が強くないようだ。表面的な傷は無くなっているが身体の芯にずっしりと澱のようなダメージが残っている。
実際、今はヴリンダさんの肩を借りて歩いてる状態だしね。
アンジェラがバルバロイの反対側からデビッドの手を取り、彼の存在を感じるように自分の心臓の位置に抱きかかえる。
「……いまになって考えてみればバカなことだと思える。だが俺は……バルトスさまとおまえの関係に嫉妬していたのだ。あの頃、おまえは筆頭巫女になったばかりで、忙しくしていてほとんど家に帰ってこなかった。だが、バルトスさまは闘神さまの神殿に日参していて、おまえと良く一緒にいると周りの奴らから揶揄されていたんだ。バルトスさまが闘神さまの敬虔な信者だというのはエルトーラの人間ならばみな知っていることだし、神殿に日参していたのはおまえが巫女になる以前からだったのだから、気にすることもなかったのだ。だがあのルチアという女が付き人になってからというもの、なぜかどうしても嫉妬心が抑えられなくなった……。そしてそれが次第にバルトスさまに対しての憎しみ、そして殺意に変っていったんだ……。そしていつの間にか、この世界の全てが憎らしくてたまらなくなっていた。俺はこの世界を破壊することを考えて力のみを求めるようになっていたんだ……」
デビッドは、自分の腕を抱えるように胸にいだくアンジェラに申し訳なさそうな表情を向ける。
引き裂かれていた夫婦の心が再び結び付けられた。
そんな感動的な場面に「ふふふっ」っと、濡れた声音が響く。
「ふふふふふ――いやですわ。ワタシはただ、アナタの心の底に沈んでいた、本当の気持ちを引き出してあげただけですわよ」
それは、この空間の温度を一気に下げるようなそんな濡れた音色だ。
「まさか、このような男のために神が三柱も降臨されようとは思ってもみませんでしたわ」
「おう! よく俺たちの前に顔を出せたもんじゃねぇか小娘。テメエ、状況が分かってんのか?」
のそり――と、バルバロイが剣呑な雰囲気を放って立ち上がる。
ヴリンダさんも、腰の剣に手を掛けた。
俺も、ヴリンダさんから離れ投げ捨てた剣を拾い上げると彼女に剣先を向ける。
「ワタシ、考えてみましたの……。その男を堕として直ぐ、このエルトーラが結界に閉ざされてしまいました。その結界はそれはもう強力なモノでしたわ。……でも、これほど大規模な結界には、必ず鍵があるはずなのにいくら探しても見つかりませんでしたわ」
「結界の話なんぞ意味ねえだろ。……これから滅ぼされるんだからよ――使徒の小娘」
「ああ怖い……。まさか、教練士バルトスが闘神バルバロイ本人だとは……分かってみればあまりにもそれらしすぎて、逆に想像できませんでしたわ」
ルチアは、己の迂闊さを――それさえ楽しんででもいるかように笑みを浮かべる。
「――でも、闘神本人が結界を仕掛けたのならば……ワタシ心当たりがありますのよ、『鍵』のありかに」
ススッ、とルチアが進む。
あれは――俺が懐に入られた足運びだ!
「バルバロイ! ソイツ、デビッドを狙ってるぞ!」
闘神に対して言うことでもないかもしれないが、つい声が出た。
だが、バルバロイは目を見開いて動かない。
「その足運びは!!」
なんだ!? バルバロイが驚愕の声を上げるほどの技術なのか?
「止めろ! バルバロイ!!」
俺が叫ぶのと、それは同時だった。
ドスッ! と、アンジェラの背に細身の剣先が生えた。
「コフッ!」
彼女の口から血が吐き出される。
いつの間に手にしたのか、ルチアは細身の短剣を身体を預けるように突き出していた。
「クッ、この女――邪魔よ!!」
バルバロイも俺も、ヴリンダさえも幻惑された彼女の足運びに、アンジェラだけが幻惑されなかった。それは彼女に武術の心得がなかったからかもしれない。
だがそれが悲劇を生んだ。
夫を護るようにルチアの前に飛び出した彼女の胸に、ルチアの剣は吸い込まれたのだ。
ルチアが、アンジェラを突き放すように押し倒した。
「アンジェラーーーーーーーーーーーーーーー!!」
倒れてきたアンジェラをデビッドが抱き留める。
彼の絶叫は、その身を切り裂くようなものだ。
その声に、幻惑から解き放たれたバルバロイとヴリンダが動いた。
バルバロイはその巌のような拳を。ヴリンダは、俺の横から一瞬でルチアの横に踏込み、鞘走らせるように剣を打ち出した。
だがその攻撃を、スルリと躱しルチアは後ろに下がる。
「失敗しましたわ。まさか奥方に防がれるなんて……。でも良かったですわね――デビッド。彼女の愛は証明されましたわ。うふふ……」
「キサマ!!」
淫らに微笑むルチアにバルバロイが突っ込み拳を突き入れるが、やはり彼女はスルリスルリとまるで蛇のようにその攻撃を躱している。
「バルバロイ! 冷静になりなさい! 怒りで攻撃が単調になっていますよ!!」
ヴリンダがアンジェラの傷のようすを診ながらバルバロイに忠告する。
そうなのだ、普段のバルバロイであればあそこまで攻撃を躱されるわけがないのだ。俺が見ていてさえ今の彼の攻撃はその狙いが分かる。
いまの技量を見るかぎりルチアは俺より上の使い手らしい。ならば躱すことに専念すれば捌くことは可能だろう。
「ところでヤンマーさま。まさかアナタが神だとは、これは本当に驚きましたわ。でも、そのお姿の通りまだまだお若いですわね」
なんだ? ルチアはバルバロイの攻撃を避けながら何故か俺に語りかけてきた。
「先日のお食事、とても美味しかったですわね。あのときアナタはワタシのことを見定めようとしていたようですけど、とても軽率でしたわ。ワタシのような魔の者と渡り合うには――ほんと、若すぎますわ」
「……アンタ、いったい何を言ってんだ?」
俺の言葉には、彼女の持って回った言いように苛つきが滲んでいる。
「こういう事ですわ……」
ニマリと口の端を持ち上げてルチアが笑った
グサリッ! と、俺の手に――剣が肉を突いたときの独特の感触が伝わってきた。
えっ!?
………………どういうこと!?
剣の先……俺の視線の先には、アンジェラを抱きすくめるデビッドの背中、そこに突き刺さる俺の剣。
えっ!? うそ……、エッ? ナンデ? デビッド!?
肉に食い込む刃の感触が生々しく俺の手に伝わってくる。
貫いてしまった心臓の反応――断末魔の微かな脈動が感じられた。
使徒化が始まったデビッド。
彼の命を絶つ。
俺は、アンジェラの夫への想い――そして、デビッドの人としての尊厳を守るために、心の底から覚悟を決めた。
……え?
その瞬間、俺の中で何かが変った。……えッ、これは!?
いままで支えていた枷が突然弾け飛び――閉じ込められていた獣が、檻を破って飛び出しでもしてきたようなそんな感覚だ。
まさか!?
俺は素早く〈ステータス〉を確認した。
(ステータス)
大和大地〈主神代理〉
神レベル5
神力86
神スキル
【降臨】神力10:【神託】神力1:【スキル付与】神力1:【加護】神力1:【種族加護】神力5~10:【天啓】神力2:【神体創造】神力5:【人化降臨】神力2~(付加術:【天界復活】神力5:【神器附帯】神力1:〔新〕【神技行使】神力2:〔新〕【神気降臨】神力20:〔新〕【神気封印】神力2):〔新〕【変幻】神力1:〔新〕【邪気浄化】神力3~:〔新〕【地力再生】神力5:〔新〕【地割】神力3~:〔新〕【海割】神力5~:
所持神器:〈獣神の足紋〉〈界蜃の袋〉
あった!! 【邪気浄化】たぶんこれだ。
「バルバロイ!! 【邪気浄化】! こいつで良いのか!!」
思わず神名を叫んでしまった。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「そうだ、それだ!! ――レベルが上がったのか!?」
「ああっ、たった今! ――どうすれば良い!?」
「いまの神力は!?」
「86!」
「【神技行使】は使えるか!?」
「それもいま出た!」
「ならそれを先に使え! その後に【邪気浄化】だ!!」
俺とバルバロイは、切迫した状況のままに短い言葉をかわす。
「行け! 時間がない!」
見ると、デビッドから発散された邪気は彼の頭上で黒い繭のように纏まるとそこから彼の額に目掛けて細い糸のようなものが降り注いだ。
俺にも本能的に判った。
あれがデビッドの身体に総て戻ったとき彼の使徒化は完成するのだ。
「神技行使!」
唱えると、俺の身体を何らかの力が通り抜けていくのがわかる。それは〈憑獣の術〉を使ったときの魔力が抜ける感覚とはべつのものだ。
魔力の行使が自分の体に満ちた力を使うものだとしたら、神力の行使はどこかべつの場所に蓄えておいた力を自分の体を通し力に変える感覚とでも言ったらいいか。
つまりは喪失感を感じない力の行使なのだ。
俺は、斬檄を浴びせるために溜め込んだ踏込みの力を解放すると、瞬時にデビッドに肉薄する。
「グアッ!!」
ザクッとデビッドの身体から黒い突起物がせり出し俺の脇腹を貫いた。
「がッ!」
ザンッ! ザンッ! と、まるでハリネズミのようなトゲが二本、三本とデビッドの身体に生えていく。
そのトゲは、俺の左肩と右の太腿も貫いていた。
「くそッー!!」
右手の剣を放りだし、俺はその手をデビッドの額にかざす。
俺の手の存在を無視するようにデビッドの額に流れ込む邪気が俺の右手を突き抜けていく。
「グぁあああああああああッ! クッ――じゃ、邪気浄化!!」
俺が唱えた途端、デビッドの額に流れ込む邪気がピタリッ、と止まった。
永遠を思わせる一瞬の静寂。
直後、俺を弾き飛ばすようにデビッドの身体から衝撃波が発せされた。
「ゴフッ!」
俺の身体は吹き飛ばされ試合場の壁に激突した。
俺の口から血が吹き出る。
くそ、こんなダメージバルバロイに殺されかけたとき以来だぞ。
壁から崩れ落ち、倒れ伏した俺が顔を上げると、デビッドの額から邪気が放出されているのが見えた。
放出された邪気は先ほどのように上空に停滞して纏まること無くキラキラとした光に還元されて虚空へと消えていく。
「ぐっ、ぉぉぉぉーぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー」
それは苦悶の咆哮か? それとも、闇から解放される歓喜の雄叫びか?
途中からデビッドの叫びの声がどこか穏やかになったような気がする。
それは俺の願望だろうか?
「よくやりました代理どの、もう大丈夫です」
いつの間にかヴリンダさんが俺の背に手を当てている。身体の痛みが引いていく、癒やしの力を使ってくれているようだ。
「間に……、間に合ったんですか?」
「ええ、本当にギリギリでしたが、……しかしあなたはこの事態を最も素晴らしい結果に導きました。見事です」
ヴリンダさんの瞳には、息子の成長を喜ぶような慈愛の色が浮かんでいる。ああ、これもサテラがたまに俺に向けてくる瞳に似てる。
……サテラどうしてるかな? 急に懐かしくなってきた。三年以上一緒にいたのに、もうひと月近く顔を見てないもんな。
……ああ、心が弱ってるな。実際のところ俺には彼女の、ヴリンダさんの称賛を受ける資格が無いのだ。
俺の神レベルが上がらなかった理由。俺はその原因に気付いてしまった。
それは俺に、自分ばかりではない、他人の命をも背負って神としての真義を貫き通す。その覚悟が無かったこと。それが原因だったのだ。
おそらくそれは、この世界の神々にとっては、当たり前にできていたことだろう。だから、バルバロイもサテラも、シュアルさんも気がつかなかった。
地球の、それも平和な、日本という場所から呼び寄せられた俺だからこそ、最後の最後。心の底から覚悟を決めたその瞬間まで、神レベルの壁が越えられなかったんだ。
「この世界の人間じゃ無いんだから、仕方ないさ」と言うのは簡単だ。だが、俺にはそれを言う気にはなれない。成り行きでなった主神代理だが、それを決断したのは自分自身だからだ。
ただ、今回ひとつだけ良かったことがあるとすれば、怪我人は出たようだが、死者がひとりも出なかったということだろう。
「あなた!!」
バルバロイがデビッドから完全に邪気が抜けきったのを確認して障壁を解除した。
そのとたんアンジェラが試合場に駆け込んできた。
バルバロイがデビッドの背に手をやり上半身を引き起こして彼の顔をアンジェラに向ける。
「ア……、アンジェラ。……おっ、俺は?」
邪気が抜けたデビッドの身体からは、飛び出していたトゲも無くなっている。その身体は一回り小さくなった印象だが、外見は以前俺が目にした映像と違いゴツいままだった。ただ、人のよさそうな雰囲気はあの映像で感じた印象に戻っている。
「あなた……、私に至らないところがあったのも分かっています。しかし何が原因でこのような事態になったのですか?」
デビッドの精神状態が普通に戻っていることを確信したのだろう。アンジェラは彼が魔墜ちしてからのこの数年間、頭の中で繰り返し繰り返し考えていた疑問を口にした。
そうだよね、いまのデビッドは正直いって俺より健常者に見えるから、そうなれば原因を聞きたいよね。
振り返って俺をみると応急の癒やしは受けたものの装備はボロボロだ。しかもヴリンダさんはシュアルさんのように癒やしの力が強くないようだ。表面的な傷は無くなっているが身体の芯にずっしりと澱のようなダメージが残っている。
実際、今はヴリンダさんの肩を借りて歩いてる状態だしね。
アンジェラがバルバロイの反対側からデビッドの手を取り、彼の存在を感じるように自分の心臓の位置に抱きかかえる。
「……いまになって考えてみればバカなことだと思える。だが俺は……バルトスさまとおまえの関係に嫉妬していたのだ。あの頃、おまえは筆頭巫女になったばかりで、忙しくしていてほとんど家に帰ってこなかった。だが、バルトスさまは闘神さまの神殿に日参していて、おまえと良く一緒にいると周りの奴らから揶揄されていたんだ。バルトスさまが闘神さまの敬虔な信者だというのはエルトーラの人間ならばみな知っていることだし、神殿に日参していたのはおまえが巫女になる以前からだったのだから、気にすることもなかったのだ。だがあのルチアという女が付き人になってからというもの、なぜかどうしても嫉妬心が抑えられなくなった……。そしてそれが次第にバルトスさまに対しての憎しみ、そして殺意に変っていったんだ……。そしていつの間にか、この世界の全てが憎らしくてたまらなくなっていた。俺はこの世界を破壊することを考えて力のみを求めるようになっていたんだ……」
デビッドは、自分の腕を抱えるように胸にいだくアンジェラに申し訳なさそうな表情を向ける。
引き裂かれていた夫婦の心が再び結び付けられた。
そんな感動的な場面に「ふふふっ」っと、濡れた声音が響く。
「ふふふふふ――いやですわ。ワタシはただ、アナタの心の底に沈んでいた、本当の気持ちを引き出してあげただけですわよ」
それは、この空間の温度を一気に下げるようなそんな濡れた音色だ。
「まさか、このような男のために神が三柱も降臨されようとは思ってもみませんでしたわ」
「おう! よく俺たちの前に顔を出せたもんじゃねぇか小娘。テメエ、状況が分かってんのか?」
のそり――と、バルバロイが剣呑な雰囲気を放って立ち上がる。
ヴリンダさんも、腰の剣に手を掛けた。
俺も、ヴリンダさんから離れ投げ捨てた剣を拾い上げると彼女に剣先を向ける。
「ワタシ、考えてみましたの……。その男を堕として直ぐ、このエルトーラが結界に閉ざされてしまいました。その結界はそれはもう強力なモノでしたわ。……でも、これほど大規模な結界には、必ず鍵があるはずなのにいくら探しても見つかりませんでしたわ」
「結界の話なんぞ意味ねえだろ。……これから滅ぼされるんだからよ――使徒の小娘」
「ああ怖い……。まさか、教練士バルトスが闘神バルバロイ本人だとは……分かってみればあまりにもそれらしすぎて、逆に想像できませんでしたわ」
ルチアは、己の迂闊さを――それさえ楽しんででもいるかように笑みを浮かべる。
「――でも、闘神本人が結界を仕掛けたのならば……ワタシ心当たりがありますのよ、『鍵』のありかに」
ススッ、とルチアが進む。
あれは――俺が懐に入られた足運びだ!
「バルバロイ! ソイツ、デビッドを狙ってるぞ!」
闘神に対して言うことでもないかもしれないが、つい声が出た。
だが、バルバロイは目を見開いて動かない。
「その足運びは!!」
なんだ!? バルバロイが驚愕の声を上げるほどの技術なのか?
「止めろ! バルバロイ!!」
俺が叫ぶのと、それは同時だった。
ドスッ! と、アンジェラの背に細身の剣先が生えた。
「コフッ!」
彼女の口から血が吐き出される。
いつの間に手にしたのか、ルチアは細身の短剣を身体を預けるように突き出していた。
「クッ、この女――邪魔よ!!」
バルバロイも俺も、ヴリンダさえも幻惑された彼女の足運びに、アンジェラだけが幻惑されなかった。それは彼女に武術の心得がなかったからかもしれない。
だがそれが悲劇を生んだ。
夫を護るようにルチアの前に飛び出した彼女の胸に、ルチアの剣は吸い込まれたのだ。
ルチアが、アンジェラを突き放すように押し倒した。
「アンジェラーーーーーーーーーーーーーーー!!」
倒れてきたアンジェラをデビッドが抱き留める。
彼の絶叫は、その身を切り裂くようなものだ。
その声に、幻惑から解き放たれたバルバロイとヴリンダが動いた。
バルバロイはその巌のような拳を。ヴリンダは、俺の横から一瞬でルチアの横に踏込み、鞘走らせるように剣を打ち出した。
だがその攻撃を、スルリと躱しルチアは後ろに下がる。
「失敗しましたわ。まさか奥方に防がれるなんて……。でも良かったですわね――デビッド。彼女の愛は証明されましたわ。うふふ……」
「キサマ!!」
淫らに微笑むルチアにバルバロイが突っ込み拳を突き入れるが、やはり彼女はスルリスルリとまるで蛇のようにその攻撃を躱している。
「バルバロイ! 冷静になりなさい! 怒りで攻撃が単調になっていますよ!!」
ヴリンダがアンジェラの傷のようすを診ながらバルバロイに忠告する。
そうなのだ、普段のバルバロイであればあそこまで攻撃を躱されるわけがないのだ。俺が見ていてさえ今の彼の攻撃はその狙いが分かる。
いまの技量を見るかぎりルチアは俺より上の使い手らしい。ならば躱すことに専念すれば捌くことは可能だろう。
「ところでヤンマーさま。まさかアナタが神だとは、これは本当に驚きましたわ。でも、そのお姿の通りまだまだお若いですわね」
なんだ? ルチアはバルバロイの攻撃を避けながら何故か俺に語りかけてきた。
「先日のお食事、とても美味しかったですわね。あのときアナタはワタシのことを見定めようとしていたようですけど、とても軽率でしたわ。ワタシのような魔の者と渡り合うには――ほんと、若すぎますわ」
「……アンタ、いったい何を言ってんだ?」
俺の言葉には、彼女の持って回った言いように苛つきが滲んでいる。
「こういう事ですわ……」
ニマリと口の端を持ち上げてルチアが笑った
グサリッ! と、俺の手に――剣が肉を突いたときの独特の感触が伝わってきた。
えっ!?
………………どういうこと!?
剣の先……俺の視線の先には、アンジェラを抱きすくめるデビッドの背中、そこに突き刺さる俺の剣。
えっ!? うそ……、エッ? ナンデ? デビッド!?
肉に食い込む刃の感触が生々しく俺の手に伝わってくる。
貫いてしまった心臓の反応――断末魔の微かな脈動が感じられた。
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