逆光

まよい

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ルービックキューブの揃えかた、月への行きかた

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 「再来週くらいに、また灯里とプールに行きたい」
 「ダメでしょ、ちゃんと治るまでは」
 すぐだよ、と沙織は言った。若さのおかげもあって、順調に退院が近づいているらしい。相変わらず病室は日差しのせいで暑くて、ピスタチオ色のTシャツ越しに背中がじっとりと汗ばむ。サイドテーブルにはわたしたちの贈ったクッキーの缶が鎮座していた。
 「それ、もらったおまもりとか入れてあるの」
 わたしの視線に気がついたのか、沙織の手がのびてきてその缶を開いた。運動ができないからなのだろう、沙織の手首はいつにもましてほそいように思われた。
 「そうだ、これ」
 わたしは鞄のなかから知恵の輪とルービックキューブを取り出した。
 「もうすぐ退院なのに?」
 「退屈って言ってたでしょ」
 開いたままだったクッキーの缶に入れると、沙織の目がしなるように曲線を描く。缶を胸に抱えて、繊細な模様の刻まれた蓋をしずかに閉めた。
 「月、みてる?」
 「この窓から見えるときは、みてるよ」
 かすかに沙織の首の角度が傾く。
 「退院するころには満月かもね」
 そうだといいな、と沙織は言った。そうだね。さわれなくても、満月をふたりでみられたらいいね。口には出さずに、わたしはかるく頷いた。
 「そろそろ帰るね」
 「灯里はルービックキューブの揃えかた、知ってるの?」
 「知らないよ」
 病院から外に出ると、夕方の風がすこしだけ涼しかった。雲のかたちはまだ夏なのに、秋が顔をのぞかせていることがさみしい。夏というのは、飲み込みきれないから夏だったんだね。だれかに話すわけでもなく、ただ鼻の奥のほうでそう思った。
 剥き出しであることが、悪いことだとは思わない。すべてのことに意味があるとは限らないこととおなじで。きょうの月はたぶん半月よりすこしふくらんだ月で、たぶんここから手は届かなくて、沙織はそれを見るだろうか。
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