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【1】一刻寮忘年会実行委員会招集

(3)一年女子二人

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 昼食を終えて、佳織と早希が食堂を出て行った後も、志信と貴美子は残って雑談をしていた。貴美子は食事が終わる辺りでクラスメートから休講のラインが入り、どうせ時間があるなら、と、そのまま残っていたのだった。貴美子と志信は部屋が違う、どちらかの部屋へ行くよりも、そのまま席に残った方が楽だったのだ。

 何より、食堂には無料の給茶機があって、お茶は飲み放題なのだ。すでに昼休みが過ぎ、三限目に入っているせいか、食堂内は閑散としている。調理場の方もすでに後片付けが終わったせいか、いつの間にか人がいなくなっていた。

「なんか、早希先輩つらそうだったね……」

 先ほどの大忘年会の話に対してどうにも気が重そうだった早希を思い出して志信が言った。

「晶子先輩だったらまた違ったのかな……」

 新入生歓迎行事の一環で、終始『こわい人』を演じ続けていた前監査委員長、滝宮晶子を思い出しながら貴美子が言った。

 志信達が入寮した時に、千錦寮の上級生達は、新入生達にことごとく嘘をついた。嘘と言っても悪意のあるものではなく、テレビで言う『ドッキリ』的なものだ。

 昼食時は『寮食歌』なる歌を歌う事、毎朝屋上でラジオ体操をする、入浴の際は大きな声で自己紹介をする、といった、日常生活のフェイクの他に、大掛かりな仕掛けとして架空の事件をでっちあげた。

 寮全体で新入生に対してドッキリを仕掛けるようなこのイベントは少々の気づいている人間を出しつつも何とか成功し、全てが明らかになった時は、それまでのストレスと合いまって一気に上級生下級生の距離が縮まった。

 それでなくても、親元を離れ、共同生活を送るプレッシャーからストレスを感じていた志信達はそれらのフェイクが全てドッキリだった事がわかった途端、元々持っていた緊張からも解放されたように、相部屋の上級生や、同様に騙されていた同級生達と、解放を喜び合った。

 それは、接点の少ない新入生にとっては共通の話題となって、以降の会話のきっかけにもなった。

 その、『架空の事件』において、いじめ役として前面に立ったのが滝宮晶子だった。黙っていれば迫力美人な晶子と、ピンク色の特攻服で現れた二年生の蟹江真帆とのやり取りは、双方芝居に熱の入った迫真のもので、誰もが『女の戦い』を意識し、畏れた。

 そんな迫力ある委員長像が記憶に新しい晶子と、ほんわかやわらか、いつも笑顔の寅田早希ではギャップも甚だしい。

 酔漢達をなぎ倒す、などというのは、どちらかといえば晶子や真帆、剣道を嗜んでいるという三年生の熊谷遼子ならともかく、どう考えても荷が勝ちすぎているというものだ。

「ああ、でも、早希先輩はほら、彼氏がいるでしょ、一刻寮に」

 貴美子に言われて、志信の胸の奥が少しだけチリリと傷んだ。入学間もない頃、志信は早希の彼氏である羊谷悠嘉に片思いをしていた時期があったのだ。

 羊谷は日常フェイクの中の『寮食歌』において音頭をとる為に協力してくれた一刻寮生の中の一人で、時代錯誤なバンカラ学生風姿に、志信は惹かれていた。

 言い出せないまま、同室の、最も近い先輩の彼氏だと知った時には、少しばかり胸が傷んだが、どちらかというとアイドルに対して熱を上げていたような感覚だった事もあって、大幅に落ち込むような事は無かったものの、やはりその感情はどこかに残っていて、時折ほんのわずかではあったが、澱のように浮かび上がってきては静かな波をたてるのだった。

 貴美子は、そんな事があった事すら知らない為、特別意識せずに会話にのせてくる。そもそも早希と羊谷の間柄は、寮内でも有名な話なのだ。

「羊谷先輩かあ……、あ、あそこに名前がある」

 志信が自分の座っている場所から、目ざとく羊谷の名を見つけた。

「ええ? 本当? 志信ちゃん、目ぇいいね!」

 驚いて貴美子が目を細めた。日頃貴美子はコンタクトで通しているが、目が疲れるのか、寮内ではメガネをかけているところをよく見かける。そのせいか、癖なのか、メガネのつるに無意識に手をやるような仕草で、まるでピントを調整しているように壁に並んだ模造紙を見た。

 喜美子は羊谷の名が見つからないのか、キョロキョロと視線を泳がせている。ふと、見覚えのある名前を見つけて言った。

「あー、常木さんの名前もあるねえ……」

 つぶやく貴美子の声に、喜美子自身もげんなりしている様子が伺えた。

「好きそうだもんねえ、なんかわかるかも……」

 喜美子と志信は共有する苦い思い出を共に思い出しながらため息をついた。

 それは、新歓シーズンでの出来事だった。
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