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決戦前夜の事

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「ああ……やっぱり紅緒さんいいなあ、かわいいなあ……」

 でれっとしながら登弥が少年少女科学館の通用口を出た。

「まー、今日で最後なんだけどね」

 と、冷たく言う譲二が言った。

「せめて、連絡先を交換できたなら……」

 悔しそうに言う登弥に、

「だったら最後だけでもアテンド交代すればよかった?」

「ダメだ、そしたら紅緒さんとおしゃべりできなくなる」

「どっちなんだよ、登弥自身としてあのお姉さんに会いたいのか、ステノの中の人として会いたいのか」

 譲二に言われれて、

「そんなのわかってるけど、けどさあ!」

 捨鉢気味に登弥が叫んだ。

「紅緒さんがしゃべってくれるのは、あくまでおしゃべりロボットの体なわけだから、こんなガキにいきなり声をかけられたって、きっと、驚かれて、拒絶されるだけだ」

「見た感じそんなに歳って感じでも無いけど……」

「でも二十代半ばくらいだろ? 話しぶりから考えるに、それなりに仕事もしてきてるっぽいし」

「登弥はどうしたら気が済むわけさ、ずっとおしゃべりロボットの中の人やってられるわけじゃないんだし」

 思わず譲二が叫ぶと、馬鹿、声が大きい! と、登弥が譲二の口元を塞いだ。

「……そうだな、ずっとおしゃべりロボットの中の人ってわけにはいかないんだ」

 それまでずっと黙っていた圭吾がぽつりと言った。

「俺も、ステノで対面したかったよ」

「誰に?」

 今度は登弥が圭吾に尋ねると、圭吾がため息をつくように言う。

「三光学院の生徒達」

「そういえば、結局会えたの? 元教え子」

「一日しか教えてないけどな」

 嫌味を交えて譲二が言うと、圭吾は睨み返す気力もないようで、かわりに大きなため息をついた。

「話てみれば、普通のガキだったんだよなあ、俺、なんであんなに怖がってたんだろ」

「そりゃ、相手が何考えているかわかんなきゃ怖いだろ」

 譲二が言うと、

「それに、あいつら、滝宮先輩とガッチリ信頼関係ができあがってたからさあ」

 ぼやくように圭吾が言った。

「ま、そういうできあがってる中に入っていくのは勇気がいるわな」

 登弥がわかったような事を言った。

「二人は、どうしたいの」

 面倒になってきた譲二が言うと、登弥も圭吾も即答はできなかった。


 瀬尾に一報入れると、研究室の方は今が佳境という事で、食事を済ませてから研究室の方へ来てくれないかという事だった。

「でもそれじゃあ瀬尾さん達がメシ食えないじゃないですか」

 登弥が言って、自分たちの分も弁当を買って持っていく事にした。『太郎と花子』という、一見すると飲み屋か何かの屋号のような弁当屋がある。飲み屋っぽいのは当然で、元は居酒屋だったところを、建て屋が小さいので、持ち帰り弁当を始めたところ、それが当たり、今では完全に弁当屋へシフトした。

 元居酒屋の店内はカウンターだけが残っていて、注文した後待っている事ができた。

 閉店ギリギリの時間に駆け込んだせいで、めぼしい物は残っておらず、大将に、もう残り物でいいよな、と、謎の宣言をされて、オール300円という破格な替りに、残った惣菜そうざらえの弁当が五つ包まれた。

 景気よくつめすぎたのか、蓋が浮いているのを無理に輪ゴムで止められた残り物弁当を三人で手分けして運ぶと、研究室では疲労困憊で椅子を三脚並べて横になっている真尋と、採集チェックをしている瀬尾の姿があった。

「お疲れ様でーす」

 まだ裏口が開いている時間であったので、警備室に声をかけて建物に入ってきた三人は、研究室を開けて、戦利品の弁当を持ち上げた。

「げ、なんだそれ、ちくわの磯辺揚げがはみ出てる」

 作業用テーブルの書類をどけて、弁当を並べると、食べ物の匂いにつられたのか真尋が起き上がった。

「ちくわ? ビタミンちくわか?」

 真尋の髪はあちこちはねていて、見慣れた姿ではあったが、一日のハードな作業の様子がうかがえた。

「違う違う、磯辺揚げ、起きたか、なあ、真尋が好きなやつ一個とってもいいか? 弁当代は俺出すし」

 どう考えても今日一日一番働いたのは真尋だろうという事は譲二達にも理解できたので、当然だと譲る。

 勝手知ったる研究室で、譲二がお茶を入れ、圭吾と登弥が席を整えた。

 作業テーブルを囲むようにして弁当とお茶、味噌汁が並び、下手をすると朝から何も食べていなかったような真尋と瀬尾がガツガツと弁当を平らげ始めた。

「余るかなーと思ったんですけどね」

 二人の健啖ぶりを見て、食欲をそがれたのか、じわじわとお茶をすすっていた登弥が言った。

「無事、作業は完了ですか」

 圭吾が尋ねると、お茶を飲み干して瀬尾が答えた。

「ああ、後はこいつを本体に取り付けて、テストすれば完了」

 瀬尾が触れて示したのは、小型のパソコンのようだった。マウス、キーボード、モニターがついていて、黒いターミナルウィンドウの中で緑色の文字が流れている。

「明日は開場前にステノに搭載して、稼働チェックしたら終わり」

 やれやれ、と言った様子で瀬尾が言った。

「これで、明日来る笛出さんと、部長に見せれば今回のケースはクローズだ」

「笛出、さん……ってあの、金曜日に来た瀬尾さんの上司の人……ですよね」

 言いながら、譲二は『あのなんか失礼な態度の人』という言葉を飲み込んだ。

「そう、今回の一応、責任者」

 瀬尾が言葉を濁すと、黙々と食べていた真尋が言った。

「責任をとる気もなければ、収集もつけようとしない、どうかすると諸悪の根源だがな」

 瀬尾は、言葉を返さず、箸も動きを止めた。

 それでも、真尋は逃げずに手伝ったのはすごい、と、譲二も圭吾も登弥も思っていた。それだけに、三人は真尋と瀬尾のやりとりを黙って見守る事しかできなかった。

「……しょうがないだろ、俺、会社員なんだし、組織では、あの人が上で、あの人に『やれ』と言われたら俺は……」

「女獲られて、仕事の手柄も獲られるってわけだな」

「バカ、真尋、お前、何言って……」

 瀬尾が後輩三人の視線を感じて止めようとしたが、遅かった。

「違うのか?」

 そう言いながらも、箸を止めないところが真尋さんのすごいところだな、と、もっもっもっとか見続ける真尋と、瀬尾を三人は見守り続けた。
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