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一年生交流会
寮食堂に寮歌が響く
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一年生交流会の準備は、つまづきながらも何とか終わり、無事に当日を迎える事ができた。
会の最初に、寮歌斉唱をしようと言い出したのはジョージだった。
「寮歌振興会入ったから、俺」
そう言いつつ、張り切ってジョージは学ラン姿で現れた。
髪を短く切りそろえて、背筋をピンと伸ばしたジョージは格好良かった。
「びっくりした、かっこいいね、ジョージ」
志信が、素直に褒めると、ジョージは真っ赤になって、
「お……っ、おう」
と、照れた。
二人を遠巻きに見ていた和美と亜里砂は、そんな志信達を微笑ましく見ながら、志信に気づかれないように言い合った。
「あれ、気がついてないの志信ちゃんだけだよね……」
亜里砂が言うと、
「うーん、憎からずは思ってると思うんだけどねぇ……」
和美も答えた。
一対一のお付き合いというものに対して、漠然とした憧れはあるけれど、実際『そう』なったら、きっとどうしていいかわからないんじゃないだろうか、と、和美は思っている。
相手を大切にしたいと、簡単に縁が切れて欲しくないと思うのならなおさらだ。
和美は、佳雅丸から告白されて、痛感した。
あれは、一年生交流会の第二回会議が始まる前だった。
呼び出されて、付き合って欲しいと、和美が思っていたよりずっとまっすぐに、告白された。
和美は、違う意味で『ほっとした』
ああ、これで、余計な気を回さなくていいのだと。
和美は、佳雅丸の告白を断った。
今のところ、誰かと付き合う事は考えていないという事を伝えると、
「誰か他に好きな人がいるわけじゃないって事?」
「はい、今は、まだ」
和美の答えに、佳雅丸は一旦納得した。
ああ、これで、距離を置いてもいいんだ、と、和美は、自分の気持ちの置き所が決まった事に安心した。
もしかしたら、改めて和美の方から佳雅丸を好きになる事もあるのかもしれない。
しかし、今は生活の基盤を整える事、しっかり自分の生活ペースを整える事を優先したかった。
和美は、佳雅丸には言わなかったけれど、多分、和美自身に惹かれたというよりは、一年生の女子と付き合いたいと思っているだけなのではないかと考えていた。
和美と佳雅丸は、互いを知るほどの接点は無い。
恐らく、佳雅丸の中の、理想の彼女像に一番近かったのが和美だったというだけなんだと思っている。いずれは、理想像とのずれに気づき、齟齬が生まれるだろう事は、容易に想像する事ができた。
「ジョージは、志信ちゃんの好みに自分から寄せにいったのかな」
亜里砂が言った。
「さあ、どうかな」
和美が答えた。
これから、お互いを知る機会はこの先沢山あるはずだ。
そして、もしかしたら、ジョージも、自分の理想の志信と、現実の志信との齟齬に気づいていくんだろうな、とも思える。
けれど、志信とジョージは、そういう齟齬すらも、おもしろがって楽しむんじゃないだろうかと和美は思っている。
多分、志信自身は気づいていない。
これから先も、もしかしたら気づかないかもしれない。
「私にも、見つかるかな、志信ちゃんみたいに」
「和美ちゃんだったら、その気になりさえすればすぐに見つかると思うけどね」
わずかな皮肉をこめつつ、亜里砂が答える。
「自分の事『美人だし』なんて言える人、なかなかいないよ?」
「あー、忘れて、あれは、なんていうか、売り言葉に買い言葉というか……」
お互いの腹を探り合って、トラブルになった事も過去あった。
学生寮なんて、互いの距離の取り方もわからないし、どうしていいかわからなかった。
しかし、志信であれば、バカ正直に、悩みながら、自分を追い詰めながらも、どこか相手に対して優しさを見せる甘ちゃんな志信となら、うまくやっていけるのかもしれない。
「私、志信ちゃんと同室でよかったって思ってるよ」
和美が言った。
「そういうの、本人に直接言いなよ」
亜里砂が言うと、
「ダメだよ、本人に言ったら、志信ちゃんドン引きしちゃう」
そして、違う意味で色々また悩んで、自爆しかねないのだ。
「猪俣さん、牛島さん、おしゃべりしてないで、もう、始めるよ」
拓哉が、しゃべっている二人を追い立てるようにして食堂の扉を閉めた。
今日は一年生交流会、上級生の立ち入りは厳禁の、一年生『だけ』の集まりなのだ。
慣れないながらも、準備を整えて、今、まさに、始まる。
学ラン姿のジョージと、登弥と、圭吾が同様の姿で続いた。
厳粛そうな面持ちで、前に出て、ジョージを中心に三人並ぶ。
「三角寮、寮歌ーー!! 斉唱」
「アイン・ツヴァイ・ドライ!」
三人の音頭で、全員が声を揃えて歌う。
寮食堂には寮歌が響き、一年生の一年生による、一年生の為の行事が始まった。
食堂の外では、バイト先から揃って帰宅した羊谷悠嘉と、寅田早希が、食堂から聞こえてきた寮歌に少しばかり驚いていた。
「ああ、そうだ、今日は一年生交流会なんだっけ」
「あいつらも、寮歌から始める事にしたんだな」
「あれ、インパクトあるもんねえ、私もビックリした、最初は」
「俺も」
「しかし、こんな前時代的な事はやりたくないって言ってた羊谷君が、まさか寮歌振興会に入るとはねえ、去年の今頃は想像もしなかったよ、私」
「……色々あったんだよ、先輩の話も聞いたし、OBとかも」
「別に、責めてるわけじゃないよ、私も、今年の寮食歌のアレ、かっこよかったって思ったし」
「そういう事はすぐ言えよ」
「え、ヤダよ、そんなの」
ひとしきり言い合って、二人は食堂から響いてくる声に耳を傾けた。
「でも、こうやって続いていくのは、正直悪くない、と、思えるようになった」
「学年は下でも、歳が下のやつとはやっていけないって言っていた人の言葉とは思えませんなあ」
意地悪く早希が言うと、悠嘉は照れたように笑った。
「俺も、若かったって事だよ」
「今は年寄りみたい」
悠嘉は、しかし、つっぱっていた自分が変われたのは、この場所、一刻寮のおかげなのかもしれないとしみじみ思った。
浪人を二回して、やっと入れた大学。最初は、行事などバカバカしいと虚勢を張っていた自分が変われたのは、適度な距離をもって見守ってくれていた上級生や、友人達のおかげだと、今なら思える。
「寅田んとこの一年生はどうなった? 落ち着いたのか?」
「そうだね、だいぶ」
「……よかったな」
「うん、ありがと」
自分たちだって、まだまだ未熟だけれど、そういう未熟さも含めて、やわらかく受け止めてくれる今の場所が、志信や和美達にとっても、よい場所であって欲しい、と、早希は願う。
初夏がまもなくやってくる、草の香りのする夜空に、一年生達の声が静かに、やさしく響き、これからも続いていく暮らしが楽しいものであって欲しいと、早希は願うのだった。
(終わり)
会の最初に、寮歌斉唱をしようと言い出したのはジョージだった。
「寮歌振興会入ったから、俺」
そう言いつつ、張り切ってジョージは学ラン姿で現れた。
髪を短く切りそろえて、背筋をピンと伸ばしたジョージは格好良かった。
「びっくりした、かっこいいね、ジョージ」
志信が、素直に褒めると、ジョージは真っ赤になって、
「お……っ、おう」
と、照れた。
二人を遠巻きに見ていた和美と亜里砂は、そんな志信達を微笑ましく見ながら、志信に気づかれないように言い合った。
「あれ、気がついてないの志信ちゃんだけだよね……」
亜里砂が言うと、
「うーん、憎からずは思ってると思うんだけどねぇ……」
和美も答えた。
一対一のお付き合いというものに対して、漠然とした憧れはあるけれど、実際『そう』なったら、きっとどうしていいかわからないんじゃないだろうか、と、和美は思っている。
相手を大切にしたいと、簡単に縁が切れて欲しくないと思うのならなおさらだ。
和美は、佳雅丸から告白されて、痛感した。
あれは、一年生交流会の第二回会議が始まる前だった。
呼び出されて、付き合って欲しいと、和美が思っていたよりずっとまっすぐに、告白された。
和美は、違う意味で『ほっとした』
ああ、これで、余計な気を回さなくていいのだと。
和美は、佳雅丸の告白を断った。
今のところ、誰かと付き合う事は考えていないという事を伝えると、
「誰か他に好きな人がいるわけじゃないって事?」
「はい、今は、まだ」
和美の答えに、佳雅丸は一旦納得した。
ああ、これで、距離を置いてもいいんだ、と、和美は、自分の気持ちの置き所が決まった事に安心した。
もしかしたら、改めて和美の方から佳雅丸を好きになる事もあるのかもしれない。
しかし、今は生活の基盤を整える事、しっかり自分の生活ペースを整える事を優先したかった。
和美は、佳雅丸には言わなかったけれど、多分、和美自身に惹かれたというよりは、一年生の女子と付き合いたいと思っているだけなのではないかと考えていた。
和美と佳雅丸は、互いを知るほどの接点は無い。
恐らく、佳雅丸の中の、理想の彼女像に一番近かったのが和美だったというだけなんだと思っている。いずれは、理想像とのずれに気づき、齟齬が生まれるだろう事は、容易に想像する事ができた。
「ジョージは、志信ちゃんの好みに自分から寄せにいったのかな」
亜里砂が言った。
「さあ、どうかな」
和美が答えた。
これから、お互いを知る機会はこの先沢山あるはずだ。
そして、もしかしたら、ジョージも、自分の理想の志信と、現実の志信との齟齬に気づいていくんだろうな、とも思える。
けれど、志信とジョージは、そういう齟齬すらも、おもしろがって楽しむんじゃないだろうかと和美は思っている。
多分、志信自身は気づいていない。
これから先も、もしかしたら気づかないかもしれない。
「私にも、見つかるかな、志信ちゃんみたいに」
「和美ちゃんだったら、その気になりさえすればすぐに見つかると思うけどね」
わずかな皮肉をこめつつ、亜里砂が答える。
「自分の事『美人だし』なんて言える人、なかなかいないよ?」
「あー、忘れて、あれは、なんていうか、売り言葉に買い言葉というか……」
お互いの腹を探り合って、トラブルになった事も過去あった。
学生寮なんて、互いの距離の取り方もわからないし、どうしていいかわからなかった。
しかし、志信であれば、バカ正直に、悩みながら、自分を追い詰めながらも、どこか相手に対して優しさを見せる甘ちゃんな志信となら、うまくやっていけるのかもしれない。
「私、志信ちゃんと同室でよかったって思ってるよ」
和美が言った。
「そういうの、本人に直接言いなよ」
亜里砂が言うと、
「ダメだよ、本人に言ったら、志信ちゃんドン引きしちゃう」
そして、違う意味で色々また悩んで、自爆しかねないのだ。
「猪俣さん、牛島さん、おしゃべりしてないで、もう、始めるよ」
拓哉が、しゃべっている二人を追い立てるようにして食堂の扉を閉めた。
今日は一年生交流会、上級生の立ち入りは厳禁の、一年生『だけ』の集まりなのだ。
慣れないながらも、準備を整えて、今、まさに、始まる。
学ラン姿のジョージと、登弥と、圭吾が同様の姿で続いた。
厳粛そうな面持ちで、前に出て、ジョージを中心に三人並ぶ。
「三角寮、寮歌ーー!! 斉唱」
「アイン・ツヴァイ・ドライ!」
三人の音頭で、全員が声を揃えて歌う。
寮食堂には寮歌が響き、一年生の一年生による、一年生の為の行事が始まった。
食堂の外では、バイト先から揃って帰宅した羊谷悠嘉と、寅田早希が、食堂から聞こえてきた寮歌に少しばかり驚いていた。
「ああ、そうだ、今日は一年生交流会なんだっけ」
「あいつらも、寮歌から始める事にしたんだな」
「あれ、インパクトあるもんねえ、私もビックリした、最初は」
「俺も」
「しかし、こんな前時代的な事はやりたくないって言ってた羊谷君が、まさか寮歌振興会に入るとはねえ、去年の今頃は想像もしなかったよ、私」
「……色々あったんだよ、先輩の話も聞いたし、OBとかも」
「別に、責めてるわけじゃないよ、私も、今年の寮食歌のアレ、かっこよかったって思ったし」
「そういう事はすぐ言えよ」
「え、ヤダよ、そんなの」
ひとしきり言い合って、二人は食堂から響いてくる声に耳を傾けた。
「でも、こうやって続いていくのは、正直悪くない、と、思えるようになった」
「学年は下でも、歳が下のやつとはやっていけないって言っていた人の言葉とは思えませんなあ」
意地悪く早希が言うと、悠嘉は照れたように笑った。
「俺も、若かったって事だよ」
「今は年寄りみたい」
悠嘉は、しかし、つっぱっていた自分が変われたのは、この場所、一刻寮のおかげなのかもしれないとしみじみ思った。
浪人を二回して、やっと入れた大学。最初は、行事などバカバカしいと虚勢を張っていた自分が変われたのは、適度な距離をもって見守ってくれていた上級生や、友人達のおかげだと、今なら思える。
「寅田んとこの一年生はどうなった? 落ち着いたのか?」
「そうだね、だいぶ」
「……よかったな」
「うん、ありがと」
自分たちだって、まだまだ未熟だけれど、そういう未熟さも含めて、やわらかく受け止めてくれる今の場所が、志信や和美達にとっても、よい場所であって欲しい、と、早希は願う。
初夏がまもなくやってくる、草の香りのする夜空に、一年生達の声が静かに、やさしく響き、これからも続いていく暮らしが楽しいものであって欲しいと、早希は願うのだった。
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