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第二幕 江戸の生活をシよう!

第二十二話 再開と社会的距離

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 お昼のピーク時を過ぎると客足も途絶え、ほんのわずかな休憩時間ができた。五つほど店前に並べられている長椅子に腰を掛けては小毬さんから今でいうまかないのお団子とお茶をいただいた。

 何気にこの休憩時間が一日で一番の楽しみとなっている。理由は単純。団子とお茶が美味いから。ぶっちゃけのところ、江戸の味付けは現代と違ってしょうもなくって何か衛生面的に大丈夫なのかと不安になって食べるふりをしていた一週間前の俺がいた。当時に戻れるとしたら迷わず「バカチンが」と言いながらビンタしてやりたい。

 これはうまぁ~い……っ。とろけそうな頬を持ちこたえていれば、隣に立っていた小毬さんが思い出したようにこう言った。

「そうだスグル、春画描いてるかい?」

「ぶーー!?」

 もったいない空中に舞うスプラッシュ団子たち。でも吹かずにはいられない。なんだその質問は、なぜ春画のことを知っている、そしてすぐ近くに親父さんがいるぞと連続の突っ込みを入れたいのを直前でやめれば、苦笑いで大人の対応をすることにした。

「はは、いや~……そんな全然描いていないですよお~……」

「なんだい。殿様に命令されたのならもう軽く十枚は描いてるのかと思っちゃったよ」

 そんなところまで把握済み!? 俺の情報は小毬さんにどこまで知らされているのやら。ったく、城の奴らもやめてくれよ。江戸にプライバシーを求めても仕方ないが最低限度っていうやつをさ……。

 なんともいえない気持ちになっては、団子を食べる手が止まりかける。すると小毬さんはフォローをするような感じで俺の背中を手の平で思いっきり叩きつけた。

「いてっ」

「しょぼくれた顔すんじゃないよ! 安心しな。このことは私とおとっつあんしか知らないから。スグルが春画を描いているなんて口が裂けても言えないさ。ねぇ、おとっつあん?」

「あぁ……たとえ肛門が避けようとも……」

「がはは、ほら! 大丈夫、大丈夫!」

 豪快に高笑いする小毬さん。申し訳ないが、団子の串を持つ手が一瞬だけビクッと揺れた親父さんの反応を見る限り、全然フォローになっていない。逆に嫌な汗をかいた。俺より年齢が上といっても年頃の一人娘。その娘が見ず知らずの男と大声で春画を話題にしていたらどうだろうか。江戸は令和よりエロに寛容だとしても、俺がオヤジさんだったら少なくとも娘に悪い虫がつかないか心配になる。

 と、ここで二、三軒隣の店前から何か騒ぎが起きたとしか思えない大勢の人が騒ぎに騒いで集まり始めたのだ。事件にしては老若男女問わない年齢層ににこやかな顔ぶれがいっぱい。「なんだいありゃ?」小毬さんは営業妨害をされたくないのか、ちょっとだけ不愉快そうに騒ぎをチラ見。俺も俺で気になって腰を上げて人々の集団に注目。

 台風のようにゆーったりと人の輪は茶屋へと寄ってきては、仏壇の扉が開くように周囲を囲んでいた者たちは端へ避けていく。そこでお見えになったのは――千代姫だった。今日は外行きだからか、より上品なお召し物を身につけていた。金箔色がまばらに入った白の羽織り。地上に本物の仏が舞い降りたのかと勘違いしそうなほど神々しい。実際に千代姫を見て拝む老人たちもいた。

 しかし当然のことだが、千代姫一人では外出はできない。なのでミツや爺やに袴の男たちが付き添い。それでも実に一週間ぶりの再会で、疲れかけていた身も心も一気にパワー上昇!

「あっ、スグル様! 毎日行くっていったのにごめんなさい!」

「いいんです千代姫~!」

 俺を発見した千代姫は駆け寄ってきたので、こちらも迷わずスキップでお迎え。あはは、うふふ~! なんて恋人ごっこを堂々と味わっていれば、見過ごす者はいない。

 ――ザシュッ! 右足の小指から、わずか三センチ。土が額にまで跳ね返る威力のくないが襲ってきた。送り主は言うまでもなくミツ。くないには、そこから姫に近寄るなの意味が込められている。近寄るなとメッセージを伝えられても、まだ五メートル以上ある。

 好きな子がこんなにも近くにいるってのに……クソ、なんで江戸に来てまでソーシャルディスタンスをしなきゃいけないんだよ。と、相変わらず面と言えない超絶チキンなので、ストレス発散として心に設置した愚痴壺にそう吐いておいた。
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