23 / 51
第二幕 江戸の生活をシよう!
第二十二話 再開と社会的距離
しおりを挟む
お昼のピーク時を過ぎると客足も途絶え、ほんのわずかな休憩時間ができた。五つほど店前に並べられている長椅子に腰を掛けては小毬さんから今でいうまかないのお団子とお茶をいただいた。
何気にこの休憩時間が一日で一番の楽しみとなっている。理由は単純。団子とお茶が美味いから。ぶっちゃけのところ、江戸の味付けは現代と違ってしょうもなくって何か衛生面的に大丈夫なのかと不安になって食べるふりをしていた一週間前の俺がいた。当時に戻れるとしたら迷わず「バカチンが」と言いながらビンタしてやりたい。
これはうまぁ~い……っ。とろけそうな頬を持ちこたえていれば、隣に立っていた小毬さんが思い出したようにこう言った。
「そうだスグル、春画描いてるかい?」
「ぶーー!?」
もったいない空中に舞うスプラッシュ団子たち。でも吹かずにはいられない。なんだその質問は、なぜ春画のことを知っている、そしてすぐ近くに親父さんがいるぞと連続の突っ込みを入れたいのを直前でやめれば、苦笑いで大人の対応をすることにした。
「はは、いや~……そんな全然描いていないですよお~……」
「なんだい。殿様に命令されたのならもう軽く十枚は描いてるのかと思っちゃったよ」
そんなところまで把握済み!? 俺の情報は小毬さんにどこまで知らされているのやら。ったく、城の奴らもやめてくれよ。江戸にプライバシーを求めても仕方ないが最低限度っていうやつをさ……。
なんともいえない気持ちになっては、団子を食べる手が止まりかける。すると小毬さんはフォローをするような感じで俺の背中を手の平で思いっきり叩きつけた。
「いてっ」
「しょぼくれた顔すんじゃないよ! 安心しな。このことは私とおとっつあんしか知らないから。スグルが春画を描いているなんて口が裂けても言えないさ。ねぇ、おとっつあん?」
「あぁ……たとえ肛門が避けようとも……」
「がはは、ほら! 大丈夫、大丈夫!」
豪快に高笑いする小毬さん。申し訳ないが、団子の串を持つ手が一瞬だけビクッと揺れた親父さんの反応を見る限り、全然フォローになっていない。逆に嫌な汗をかいた。俺より年齢が上といっても年頃の一人娘。その娘が見ず知らずの男と大声で春画を話題にしていたらどうだろうか。江戸は令和よりエロに寛容だとしても、俺がオヤジさんだったら少なくとも娘に悪い虫がつかないか心配になる。
と、ここで二、三軒隣の店前から何か騒ぎが起きたとしか思えない大勢の人が騒ぎに騒いで集まり始めたのだ。事件にしては老若男女問わない年齢層ににこやかな顔ぶれがいっぱい。「なんだいありゃ?」小毬さんは営業妨害をされたくないのか、ちょっとだけ不愉快そうに騒ぎをチラ見。俺も俺で気になって腰を上げて人々の集団に注目。
台風のようにゆーったりと人の輪は茶屋へと寄ってきては、仏壇の扉が開くように周囲を囲んでいた者たちは端へ避けていく。そこでお見えになったのは――千代姫だった。今日は外行きだからか、より上品なお召し物を身につけていた。金箔色がまばらに入った白の羽織り。地上に本物の仏が舞い降りたのかと勘違いしそうなほど神々しい。実際に千代姫を見て拝む老人たちもいた。
しかし当然のことだが、千代姫一人では外出はできない。なのでミツや爺やに袴の男たちが付き添い。それでも実に一週間ぶりの再会で、疲れかけていた身も心も一気にパワー上昇!
「あっ、スグル様! 毎日行くっていったのにごめんなさい!」
「いいんです千代姫~!」
俺を発見した千代姫は駆け寄ってきたので、こちらも迷わずスキップでお迎え。あはは、うふふ~! なんて恋人ごっこを堂々と味わっていれば、見過ごす者はいない。
――ザシュッ! 右足の小指から、わずか三センチ。土が額にまで跳ね返る威力のくないが襲ってきた。送り主は言うまでもなくミツ。くないには、そこから姫に近寄るなの意味が込められている。近寄るなとメッセージを伝えられても、まだ五メートル以上ある。
好きな子がこんなにも近くにいるってのに……クソ、なんで江戸に来てまでソーシャルディスタンスをしなきゃいけないんだよ。と、相変わらず面と言えない超絶チキンなので、ストレス発散として心に設置した愚痴壺にそう吐いておいた。
何気にこの休憩時間が一日で一番の楽しみとなっている。理由は単純。団子とお茶が美味いから。ぶっちゃけのところ、江戸の味付けは現代と違ってしょうもなくって何か衛生面的に大丈夫なのかと不安になって食べるふりをしていた一週間前の俺がいた。当時に戻れるとしたら迷わず「バカチンが」と言いながらビンタしてやりたい。
これはうまぁ~い……っ。とろけそうな頬を持ちこたえていれば、隣に立っていた小毬さんが思い出したようにこう言った。
「そうだスグル、春画描いてるかい?」
「ぶーー!?」
もったいない空中に舞うスプラッシュ団子たち。でも吹かずにはいられない。なんだその質問は、なぜ春画のことを知っている、そしてすぐ近くに親父さんがいるぞと連続の突っ込みを入れたいのを直前でやめれば、苦笑いで大人の対応をすることにした。
「はは、いや~……そんな全然描いていないですよお~……」
「なんだい。殿様に命令されたのならもう軽く十枚は描いてるのかと思っちゃったよ」
そんなところまで把握済み!? 俺の情報は小毬さんにどこまで知らされているのやら。ったく、城の奴らもやめてくれよ。江戸にプライバシーを求めても仕方ないが最低限度っていうやつをさ……。
なんともいえない気持ちになっては、団子を食べる手が止まりかける。すると小毬さんはフォローをするような感じで俺の背中を手の平で思いっきり叩きつけた。
「いてっ」
「しょぼくれた顔すんじゃないよ! 安心しな。このことは私とおとっつあんしか知らないから。スグルが春画を描いているなんて口が裂けても言えないさ。ねぇ、おとっつあん?」
「あぁ……たとえ肛門が避けようとも……」
「がはは、ほら! 大丈夫、大丈夫!」
豪快に高笑いする小毬さん。申し訳ないが、団子の串を持つ手が一瞬だけビクッと揺れた親父さんの反応を見る限り、全然フォローになっていない。逆に嫌な汗をかいた。俺より年齢が上といっても年頃の一人娘。その娘が見ず知らずの男と大声で春画を話題にしていたらどうだろうか。江戸は令和よりエロに寛容だとしても、俺がオヤジさんだったら少なくとも娘に悪い虫がつかないか心配になる。
と、ここで二、三軒隣の店前から何か騒ぎが起きたとしか思えない大勢の人が騒ぎに騒いで集まり始めたのだ。事件にしては老若男女問わない年齢層ににこやかな顔ぶれがいっぱい。「なんだいありゃ?」小毬さんは営業妨害をされたくないのか、ちょっとだけ不愉快そうに騒ぎをチラ見。俺も俺で気になって腰を上げて人々の集団に注目。
台風のようにゆーったりと人の輪は茶屋へと寄ってきては、仏壇の扉が開くように周囲を囲んでいた者たちは端へ避けていく。そこでお見えになったのは――千代姫だった。今日は外行きだからか、より上品なお召し物を身につけていた。金箔色がまばらに入った白の羽織り。地上に本物の仏が舞い降りたのかと勘違いしそうなほど神々しい。実際に千代姫を見て拝む老人たちもいた。
しかし当然のことだが、千代姫一人では外出はできない。なのでミツや爺やに袴の男たちが付き添い。それでも実に一週間ぶりの再会で、疲れかけていた身も心も一気にパワー上昇!
「あっ、スグル様! 毎日行くっていったのにごめんなさい!」
「いいんです千代姫~!」
俺を発見した千代姫は駆け寄ってきたので、こちらも迷わずスキップでお迎え。あはは、うふふ~! なんて恋人ごっこを堂々と味わっていれば、見過ごす者はいない。
――ザシュッ! 右足の小指から、わずか三センチ。土が額にまで跳ね返る威力のくないが襲ってきた。送り主は言うまでもなくミツ。くないには、そこから姫に近寄るなの意味が込められている。近寄るなとメッセージを伝えられても、まだ五メートル以上ある。
好きな子がこんなにも近くにいるってのに……クソ、なんで江戸に来てまでソーシャルディスタンスをしなきゃいけないんだよ。と、相変わらず面と言えない超絶チキンなので、ストレス発散として心に設置した愚痴壺にそう吐いておいた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる