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第30話

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「はぁー」

ハリーは深くため息をついた。平民になってもエレナと一緒に居られればどんな暮らしでもいい。愛さえあればお金なんていらない。

最初はそう思っていたのですが今は耐えがたい苦痛を味わうはめになり、うつ病や不安障害を発症している。結婚披露パーティーでエレナと出会い強烈に好奇心を刺激されて自分はどうかしてたと思う。

「生きるのが辛い……」

王子として何もかも満たされた華やかな生活ぶりが、一変することになる。ひと月を経たずに二人はひどく仲が悪くなってきて、いつも喧嘩が絶えなかった。

ハリーは自分の感情がどんどん欠落していき、今では人形みたいになっている。横たわったまま天井をぼんやりと見つめて、つくづく後悔いたしまして恥じた。

何も無くても自分たちは幸せになれるって妙な自信を持っていたが、その自信がぐらついてきたのです。

「イリスに会いたい」

今思えばイリスと過ごした日々は幸せだった。今さら気がついて一人になったとたん、情けなくて涙が止まらなくなる。

幼馴染のエレナに新婚旅行に一緒に連れてって、そうお願いされた時は嬉しくて思わず軽はずみな事を言ってしまい、勢いだけで行動した。

イリスとの生活以上に幸せはない。冷静に考えれば分かるがエレナと再会して話していると、異常な興奮を感じて気づく余裕もなかった。


「ただいま」

深夜を過ぎて朝方になってエレナが仕事から帰ってきた。ハリーは精神的に弱く非常にデリケートな心の持ち主で、環境や食事の変化で体調を崩して倒れてしまい、現在はエレナが生活を支えている。

エレナの仕事はいわゆる水商売だ。客の男と楽しく語らい陽気に酒を酌み交わす。実に極楽でいい雰囲気だと男は思っているが、控え室で店の女性たちは不満そうに口を尖らせている様子。

「また下品な男にしつこく言い寄られたわ。息が臭くてたまらなかった」

ハリーは、その話をエレナから散々聞かされているのだ。あの客の男は金払いが悪くて視線が嫌らしい。

金払いは良いが薄気味悪い笑い顔を近づけて、汚い手で体をなで回してくるなど客に対するストレスをハリーに喋り始めるのが日常であった。

「大変だったね……」

服装や化粧もすっかり変わり夜の蝶の仕事が身についてしまった。エレナは元からの可愛らしさゆえ派手な化粧が顔立ちを余計に引き立てる。

客の男も遊び相手としてではなく、真剣にエレナを口説いてプロポーズする男が後を絶たない。ハリーはすまんなぁという気持ちでいたわる言葉をかけるが嫉妬の苦しさが、もやもやと胸に詰まっていた。

基本的に男の話を聞きながら愛想笑いを浮かべているだけなのだが、保護欲をそそられる可愛らしい見た目と甘い声で、エレナは指名を多くつかんでいたので仕事は順調だった。
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