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第32話

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「姉さん!」

アイラ令嬢の弟のリカルド令息が病室に降ってわいたように現れる。リカルド令息は少し前から病室のドアの後ろに隠れて室内の様子を観察して部屋に入る絶好の機会をうかがっていた。

だが状況に傍観していられず入って来る。即座にガブリエル殿下に焼け付くような視線を向けて思わず力負けしてしまったガブリエル殿下は表情を固くして速やかに目をそらす。

「僕は聞いていたぞガブリエル!お前がそこの女と関係をもって姉さんを苦しめたんだな!」

敵意を含んだ瞳でリカルド令息は闘犬のように飛びかかるとガブリエル殿下に力任せに右腕を振るう。

身動きできずに殴られたガブリエル殿下は、頬に乾いた音をさせて足元がふらつき支えをなくした体は勢い余ってその場に崩れ落ちた。

何度も拳を繰り出すと重い衝撃を受けて床に背中をつけてグッタリしているガブリエル殿下は喪失感と罪の意識でなされるがまま。

「リカルド落ち着いて!誰かリカルドを止めてーーーー!」

周囲の令嬢達も手が出せないほど姉を傷つけられた弟の気迫のこもった殴りようにベッドの上にいる可憐な姉は絹を裂くような悲鳴をあげる。

「リカルド君!駄目よ!」
「落ち着いて!やめなさい!」

感情の中に憎しみが最高潮に達して立ち込めた黒煙がまとわりついた美少年に令嬢達が声を限りに呼んで投げつけるように後ろから体を掴み弾くように二人の身を離した。

みんながハッと気がつくと裏切り者の令嬢は煙のように消えていた。姿がどこにもなく幻影のように居なくなった不思議さに気味の悪さが漂う。

しばらく落ち着いた雰囲気が病室を覆った。

「う……うっ……あぁぁあ……ぁぁぁ……ああぁ……」

リカルド令息のたまっていた気持ちがあふれるままに身をよじらせて絶望的な泣き声をいつまでも響かせていた――


10日後、アイラ令嬢とガブリエル殿下の結婚式。ぼんやりとした雲一つない青空に柔らかい結晶のような日差しが二人を包む。

「この日は素晴らしい僕達の新たな門出だ。一生心に残る式にしよう」
「ガブリエル愛してる」

アイラ令嬢とガブリエル殿下の大々的な結婚式は盛り上がり、出席者全員が泉のように喜びが湧きあがってくる祭りのような浮かれぶり。

国中の貴族が参加する盛大なパーティに身内でなくても顔に喜びが輝き心の底から祝福し心と体を満たす。新郎と新婦も喜びが溢れ出てくる。

「アイラ幸せだね。こんな大勢に祝ってもらって」
「そうね。この後のハネムーンも楽しみ」

歓喜が爆発し抱き合う二人は嬉しくて涙が頬を伝う。参加者が取り巻き手をたたき歓声を上げて愛を誓い合う二人の周りはばら色になっていた。

喜びに声が震えて躍り上がるような気持ちで喜びで心がいっぱいになるアイラ令嬢とガブリエル殿下。

「おめでとう!」
「なんという素晴らしい結婚式だろう」
「アイラ綺麗よ」
「姉さん幸せになってください」

息をのむほど美しい花嫁に母親のマリアンヌ夫人と弟のリカルド令息も表情に真心をこめて丁寧に祝いの言葉を口にする。

周りから陽気な声が聞こえ結婚式は順調に進行する。やがて二人は新婚旅行に向かうべく教会の出口から階段を歩いて人々から拍手され神の加護を求める淑女達に花嫁がブーケを投げる。

その時とんでもないことが起こった。ヒステリーを破裂させて二人に駆け寄って来る親友の絆を奈落の底までに失望させた幽霊のように青ざめている顔の令嬢。

「愛しいガブリエル。私達二人が幸福だった日々のことを決して忘れないで!アイラが飽きたらいつでも私のところに戻って来てねガブリエル!アイラ覚えてろーー!」

裏切り者の親友はガブリエル殿下に飛びつくと抱きしめてキスの雨をふらせた。ガブリエル殿下は歯をくいしばって口付けだけは拒否して離れようとする。

彼には恋をしている瞳を向けるがアイラ令嬢には呪いのこもった視線を向ける。ひどく意地悪な魔女のような顔に背中に冷たい汗がにじむ清らかなヒロイン。

屈折した内面の令嬢は奇怪な叫び声を全方位に波紋のように響き渡らせてあっという間に走り去り魔法のように姿を消した。

「今のはなんだったんだ?」

成り行きを見ていた一人の紳士がつぶやく。アイラ令嬢と周りの出席者は不意の出来事にポカンと口を半開きにして顔は唖然と苦痛に歪み驚きで目が丸くなる。
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