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かわいい彼女。

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ーーーーー



「・・・せっかく用意してもらったのに・・・冷めちゃった。」


もう湯気が消えてしまってるテーブルの上の食事たち。

私は壁側のソファー席につき、フォークで温野菜サラダにあったブロッコリーを刺した。

口に運ぶとほんのり塩味がして、噛むとシャクシャクといい音を立ててくれてる。


「おいしい。」


トマトやアスパラ、スナップエンドウなんかも順番に食べていってると、ふと気になったことがあった。

それは慎太郎のことだ。


「確か・・『探偵を使って私の居場所を突き止めた』って言ってたよね・・・?」


閉店時間前に現れた慎太郎は、もしかしたらあの時間を狙ってきたのかもしれないことに私は気がついた。

他の店員やお客さまがいたら、慎太郎の思い通りに行動できない可能性があるのだ。


「なら・・・家の場所もバレてる・・・。」


前に住んでいたところからここまでは飛行機じゃないと来れない距離だ。

そんな距離の職場を見つけられてるのなら、自宅はとっくにバレてることだろう。


「戻らなくて正解だったかも・・・。戻ってたら慎太郎と鉢合わせしたかもしれない・・・。」


今住んでるアパートは人通りが少ない地域だ。

加えて空室も多く、次に慎太郎に押し入られたら確実に・・・


「!!・・それは絶対に嫌・・・。」


戻る気もなければ関わる気も一切ない。


「もう二度とあんな思いはしたくない・・・。」


これからどうしようかと思いながらスープを口に運んでると、私の視界がぼやけ始めた。

ここが安全な場所なのと、お腹が満たされたから眠気がやってきたようだ。


「ふぁ・・・」


私はそのままソファーに横になり、目を閉じた。


(明日・・私はどうしたらいいのか結城さんに聞かないと・・・)


この場所を作ってくれた結城さんに感謝しながら、私は夢の世界に旅立っていった。



ーーーーー



ーーーーー



「・・・桜庭さん?起きてます?入っていいですか?」


翌朝の10時。

切りのいいところまで仕事を終えた俺は彼女が寝てる寝室をノックしていた。

寝てるくらいだったらまだいいだろうけど、もし着替えなんかしてるときに扉を開けるわけにいかないからだ。


「入ってもいいですか?開けますよ?」


再三ノックをしたあと、俺はゆっくり扉を開けた。

中で着替えなんかをしてないかざっと確認し、足を踏み入れる。


「まだ夢の中ですか?」


そう言ってベッドを覗き込むと、そこに彼女の姿はなかった。

布団だけがこんもりと紛らわしくあっただけだ。


「え・・・?あ、トイレ・・・か、風呂?」


そう思うもののこの寝室に来るまでの廊下に人の気配は感じなかった。

トイレや風呂なら物音がするはずだし、ホテルから出て行ったという報告も受けてない。

だからこの部屋にいるのは間違いないのだ。


「・・・桜庭さんー?どこですかー?」


各部屋を覗きまわりながら名前を呼ぶものの返事はなく、本当に困った事態になりそうだった。


「仕方ない・・・」


俺は少し大きめの声で彼女を呼ぶことにした。


「・・・桜庭店長-っ!!」


そう言うとリビングのほうから声が聞こえてきた。


「ふぁいっ・・!!」

「!!・・・ははっ、かわいー。」


笑い顔を隠すように表情を整えながらリビングに戻ると、ダイニングテーブルにあるソファー席で目を擦ってる桜庭さんの姿があった。


(そこで寝てたから見えなかったのか・・・。)


小柄な彼女はテーブルの下に潜り込むことも容易だった。

気を失ってるにもかかわらず、抱き上げた彼女は軽くて・・・少し力を入れるだけで折れてしまいそうに感じたのも事実だ。


(いやもう、寝起きもかわいいとかどんだけかわいいの?この人・・・。)


ふわふわとウェーブがかかった栗色の髪の毛は長く、背中まである。

大きな目に艶やかなピンクの唇。

柔らかそうな肌は白く、大きい目を少し細めて『いらっしゃいませ』という笑顔がとてもかわいいのだ。


(外見もめっちゃかわいいけど・・・内面もかわいいんだよな・・・。)


俺は一度だけオフの彼女を見たことがあった。

夏の暑い日に黒いサロペットを着てサンダルを履いていた彼女は、髪の毛を一つに束ねて頭のてっぺんでお団子を作っていた。

ショッピングを楽しんでるのか、小さいバッグを肩から掛けてご機嫌に歩く彼女を振り返りながら見てる男は山ほどいたのを覚えてる。

途中でたい焼きを買って食べたり、甘そうな色をしたコーヒーを買って飲んだりと、休みを満喫してる姿が妙にかわいくて、俺は仕事そっちのけで彼女を見ていた。

花屋でひまわりの切り花を二つ買い、バッグから出したサングラスをかけて大股で歩いて行く。

スタイルの良さからその大股歩きもきれいで格好よく、まるでどこかのモデルが歩いてるみたいにも見えた。

楽しそうに歩く彼女を見てるうちに『隣で一緒に歩きたい』という欲望が生まれ、気持ちを自覚した瞬間でもあったのだ。


(元々気になってはいたから・・決定打みたいなものだったな。)


そんなことを思い出してるうちに寝ぼけてる桜庭さんの意識がハッキリし始めた。

じっと俺を見つめてる。


「・・・結城さん?」

「目が覚めましたか?おはようございます。」

「お・・おはようございます・・・」

「コーヒー淹れるんでちょっと待ってくださいね。・・・あ、紅茶がいいですか?」

「う・・・はい・・。」


キッチンで電気ポットに水を入れて湯を沸かしながら紅茶の準備をしてると、桜庭さんはパタパタと走って廊下に行った。


(顔でも洗いに行ったかな?)


そう思ったとき、彼女のメイク道具が何もないことに気がついた。

フロントに言って用意させようにも、種類が多すぎてすぐに揃えることはできなさそうだ。


「・・仕方ない。」


俺はキッチンから離れ、洗面所に向かった。

そして少し離れたところから大きめの声で彼女に声をかける。


「桜庭さん?」

「はーいっ。」

「すみません、メイク道具とか何もないんです。メーカーとか分かるならフロントに言って揃えてもらうので・・・教えてもらえますか?」


そう聞いた瞬間、洗面所の扉が開いた。

ホテルのアメニティとして置かれていたヘアバンドをつけ、タオルで顔を押さえながら彼女がひょこっと顔を出したのだ。


「---っ!」

「大丈夫ですー、普段からメイクはしないので。」


無防備にデコ全開の彼女は初めて見る姿だった。

顔を洗ったからかパーツがくっきりしていて、ノーメイクでもかなりの美人さんだ。


(美人っていうよりかわいいっていうほうが似合うな・・。)


ぼーっと見惚れてしまってると、キッチンでお湯が沸き上がる音が聞こえてきた。


「あっ・・!じゃ・・じゃあ紅茶淹れておきますね・・・!」


俺は慌てながらキッチンに戻った。

年下なはずの彼女に余裕を持てない自分がなんだか情けない気もする。


「すみません、紅茶まで淹れていただいて・・・」


アメニティを使って髪の毛を整えた彼女がリビングに戻ってきてソファー席に腰を下ろした。

その彼女の前に、淹れたての紅茶が入ったティーカップを置く。


「大丈夫ですよ。気にしないでください。」

「・・・ありがとうございます。」


ティーカップの持ち手を持ち、じっと紅茶を見つめる彼女。

何か言いたいことでもあるのかと思いながら、彼女が口を開くのを待つ。


「・・・あの・・。」

「どうしました?」

「泊めてくださってありがとうございます。・・・宿泊代、ちょっと時間はかかると思うのですがお支払いいたしますので・・・あとで金額を教えてください。」


何を言いたげなのかと思ったら宿泊費の心配をしていたようだ。

俺が持つと言っておいたのに、気にしてるみたいだ。


「費用は気にしないでください。俺が勝手にしたことなので。」

「でも・・・!ここ、高級ホテルじゃないですか・・・!こんな高いお部屋に泊まらせて頂くなんて・・できないです・・。」

「・・・。」


彼女からしたら、ただの常連客に高級ホテルの宿泊代を出してもらうのは気が引けることみたいだ。

普通に考えたら・・・まぁ、その通りだろう。


「・・・じゃあ、支払いはしなくていいので代わりに『お願い』を聞いてもらえますか?」

「『お願い』?ですか?」

「はい。」


自分でもずるい考えだと思った。

交換条件を差し出すなんて、好きな人にするようなことじゃない。

でも・・・引き下がらないであろう彼女にはこう言うしかなかったのだ。


「俺と・・・付き合ってもらえませんか?」







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