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第15話 ヴァンパイア

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その頃、パランテム公国の首都パランテ、王城の一室。

「トルアトに潜入させた配下のひとりが消滅した?」

サムニエルの眉間に深い皺が刻まれ、額には冷や汗が滲んだ。

「まさか計画が露呈した? いや、そんなはずはない。しかし……」

彼は落ち着こうと深呼吸し、目を閉じて思考を巡らせた。
そして、意を決したように指を鳴らした。

「ニアミーラはいるか!」

サムニエルの影から静かに現れたのは、長く艶やかな黒髪を持つ女、ニアミーラだった。

「はっ、ここに。何用でしょうか?」

「トルアトの長官の所に潜入し、動きを探れ。我らの計画が露呈したのやもしれん」

ニアミーラの顔に一瞬の緊張が走り、眉がわずかに動く。

「まさか! では、早急に長官に魅了をかけますか?」
「ならん! 手を出してはならん。動きを探るだけで良い」

彼女は深く頭を下げた。

「畏まりました。トルアトへ向かいます」

サムニエルはニアミーラが退室すると、背筋を伸ばし、自らに言い聞かせるように独り言を呟いた。

「ここで露呈しては、いままでの苦労が水の泡になる。他の者にも行動を控えるように伝えねば」

サムニエルは、目を閉じて自分の分身に呼びかけた。


城から少し離れた森の地下に、屋敷ほどの広さの墓地のような大広間が広がっていた。
陰鬱で冷え切った空気が辺りを満たし、薄暗い天井には蜘蛛の巣がちらほらと垂れている。
大広間の中心には、大きな水晶玉を据え付けられた燭台が十二個あり、円状に配置されていた。

サムニエルの分身はそのうちのひとつに手を触れ、魔力を込めた。
水晶玉は薄青い光を放ち始め、ゆらめく光が大広間の暗闇を照らした。
続いて、次々に他の水晶玉が光り出し、それぞれの水晶玉に男や女の顔が映し出された。最後の水晶玉が光り始めると、サムニエルはうやうやしく頭を下げた。

「突然のお呼び出し申し訳ございません。ティアーノ子爵様」

別の男が声を上げた。

「サムニエル男爵、急に一体何事ですか?」

すると女が咎める口調で声を上げた。

「子爵様を差し置いて出しゃばるとは不敬ですよ」

ティアーノ子爵と呼ばれた男はゆっくりと目を細め、サムニエルに視線を向けた。

「サムニエル、どうしたのだ?」

「トルアトに潜入させた手下が消されました」

一瞬、空気が凍りついたような、静寂が訪れた。

「まことか?」
「はい、もしかしたら計画が露呈した可能性もあります」

別の男が口を挟んだ。

「そなたの手下が、偶然見つかって消されただけでは?」

サムニエルの顔に険が走る。眉が鋭く寄り、彼の声には苛立ちが滲んでいた。

「失礼な! 我が配下にそのような愚か者はいない!」

ティアーノ子爵は眉をひそめ、沈んだ声で言った。

「それはいかん。我らの悲願のため、今度こそ失敗は許されぬ」

サムニエルは他の者たちの顔色を慎重に伺いながら、静かに話を続けた。

「露呈したかどうかを至急調査させております。しばらくの間、皆様には活動を控えていただきたくお願いします」

「うーむ」「たしかに」「しかし」

一斉に囁きが起こる中、ティアーノ子爵が静かに命令を下した。

「皆、調査のみ行い、無用な活動を控えよ! 我々には永遠の時間がある。焦ることはない」

皆が頭を下げた。

「ははぁ」「仰せのままに」

水晶玉の光が消えると、サムニエルは城の分身に呼びかけ、そして棺に入って眠りに落ちた。


翌日朝早く、行政長官ギャスランが額にいっぱいの汗をかいながらギルドマスターのゴーチアンを訪ねてきた。
彼は深い皺が刻まれた眉間をひくつかせ、不安に苛まれている様子だった。

ギャスランはゴーチアンと旧知の仲で、ルアム辺境伯爵領の第2騎士団長で、かつこの砦の指揮官でもあった。
ギャスランは走って来たようで、息を切らしながらゴーチアンに話しかけた。

「この部屋は大丈夫か?」

ギャスランは声を潜め、周囲を気にしながら尋ねた。

「ああ、今朝魔物避けや盗聴防止を山ほど設置したから大丈夫だ」

「それでヴァンパイアの件は本当なのか?」
「おそらく間違いない」

ギャスランの声には恐れが滲んでいた。
彼は何度も唇を舐め、手の平を擦り合わせていた。

「まだ他にもいるのか?」
「分からん。だが見つけ出すすべを持っているやつなら知っている」

「例の暴風エルフか」
「そうだ」

「調査に協力してもらう依頼は出せるか?」
「可能だが……」

ゴーチアンは言いかけて口をつぐんだ。
その顔には明らかな不安が滲んでいた。

「だが、何だ?」
「貴族様とかお偉いさんの前に絶対出すなよ。癇癪《かんしゃく》を起すと死人が出かねん」

「確かに、俺がここの長官になったのも、前任がちょっかいを出したせいだからな」
「あの美貌だが、気性が極悪だ。俺としてはお勧めしない」

ギャスランは少し考え込み、意を決して頷いた。

「いや、やはりお願いする。依頼を出してくれ」
「わかったよ」

ゴーチアンが今度はギャスランに尋ねた。

「教会は?」
「既に専門家を送ってくれるように要請した」

彼は『専門家』という言葉に驚いた。

「ヴァンパイアハンター! 組織が残ってたのか?!」
「少数だが技は受け継がれているという話だ」
「なら、期待して待つとしよう」



シリルが狩りから戻ると、ギルドの入り口に立っていた少年が駆け寄ってきた。息を切らしながら叫んだ。

「シリルさん、ギルドマスターが呼んでます!」

シリルは眉をひそめ、めんどうそうに肩をすくめた。
ギルドの中に入ると、喧騒が一瞬静まる。
その視線は一瞬シリルに集またが、すぐにいつもの喧騒に戻った。
ギルドホールの奥からゴーチアンの大声が聞こえた。

「おい、シリル! こっちだ!」

シリルはため息をつきながらギルドマスターの部屋に向かった。
部屋に入ると、ゴーチアンが大きな机の後ろで腕を組んで座っていた。
シリルの姿を見ると、ゴーチアンの厳つい顔が少し緩んだ。

「シリル、お前に依頼がある」

シリルは首を左右に大きく振り、そっぽを向いた。

「やだよ」
「おい、聞く前に断るな!」

ゴーチアンは額に青筋を立てて叫んだが、シリルは肩をすくめるだけだった。

「だって面倒くさいもん」

ゴーチアンはしばらくシリルを睨んでいたが、呆れたように顔を振った。
そして、大きく息を吸い直し、声のトーンを落として続けた。

「まあいい。実は魔人……」
「その依頼、受けた!」

シリルの目が一瞬輝いた。

「おい、最後まで聞け!」
「魔人はどこ?」

シリルの目には光が戻り、その視線は鋭く、明らかに先ほどの気だるさとは違っていた。
ゴーチアンは呆れたように頭を振った。

「この街に魔人がいるかどうかの調査だ」

シリルは少し口を尖らせた。

「ふーん、調査ねえ……見つけたら殺していい?」

ゴーチアンはすかさず怒鳴り返した。

「ダメだ! 捕まえたいんだ!」
「捕まえるのは無理だよ」

「捕まえる専門家を呼んでいる」
「へぇ、面白そう。わかった。依頼を受ける」

ゴーチアンの表情が少し緩んだ。

「詳細は後日教える。それまで毎日ギルドに顔を出せ」
「は~い」

「それから知らない奴に、酒をたかるのはやめてくれ」
「ええ? たかってないよ。奢ってくれるて言うから」

ゴーチアンは額に手を当て、深く息をついた。

「後始末する、こっちの身も少しは考えろ」

シリルは首を傾げながら、まるで悪びれた様子もなく笑った。

「そんなことし・ら・な・い・もん」

シリルは笑いながら部屋を出ていった。
その背中には、自由奔放な風が漂っていた。
部屋の扉が閉まると、ゴーチアンは深いため息をついた。
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