one hour writing short story

深月珂冶

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 俺の会社は所謂いわゆる、ブラック企業だ。理由は残業代が出ないし、年間の休みも100日を切っている。
 俺がこの会社を辞めていない理由は、この年で他の仕事に就ける見込みが全くないと解っているからだ。
 今日も上司の加藤かとうっている。
 これだ。ブラック企業であるのはパワハラ上司の存在もだ。
「こんなことも出来ないのか。だからいつまで経ってもお前は」
 説教という名のパワハラ。
 最近は加藤のこれが原因で辞めていく社員が後を絶たない。
「あー。あの怒鳴られてる社員。辞めるなぁ」なんて言葉が他の社員たちから漏れている。
 そういう予想は大体が当たった。怒鳴られていた梨本なしもとじゅんは次の週に自主じじゅ退職たいしょくした。
 俺にはそれでも加藤がくびにならない理由がわからない。
 それほど仕事が出来る人にも見えない。俺がそんなことを思っていると、加藤に呼び出された。
「なんですか?」 
「お前。この資料作ったろ?」
「え?」
 加藤が俺の前に出してきた資料は先日、がわが作成したものだった。
「これ。俺は作ってないですよ」
「は?お前にやってもらったって香川が言ってたぞ」
 確かに香川は俺にわからないことを聞いてきた。その際に俺が直したほうがいいとこを指摘した。
 香川はその通りにやった。そのことだろうか。
「確かに俺が香川さんの手伝いをしました。でも、それ香川さんが作りましたよ」
「これ、見ろよ」
加藤は資料を俺に見せてきた。俺が指摘したところを直しておらず、そのままだった。
 ミスを確認訂正せずにいる。
「あー。これ。俺、指摘しました。直せって付箋書いたり、メモ書いたんですけどね」
「ああ?直ってないじゃないか!お前が先輩のくせにいい加減な教え方してんじゃねぇよ」
「俺のせいですか?」
「お前のせいだ」
 この後、俺は加藤にしつこくられた。加藤のりは本当にパワハラだ。
 何年を経過しても不快だった。しかも。今回は俺のミスと言い難い。
 理不尽さに恨みが湧いてくる。
 加藤からの説教を終えると、昼休みになった。香川が俺に話しけてきた。
「織田さん。本当にすいませんでした!」
「あのな。お前のせいでこうなったんだよ。わかってるのか。はぁ」
「すいません」
 香川は申し訳なさそうな顔をする。本当に申し訳なく思って萎縮していた。でも、俺は不快感が収まらなかった。
 けれど、八つ当たりしたところでどうにもならない。俺は冷静な対応を心がける。
「お前さ。これから加藤に提出する時、一回、俺に見せろ。確認してやるから」
「わかりました。あの」
「なんだよ」
 俺は香川が口答えをするかと思い、身構える。香川がゆっくり口を開ける。
「織田さんはなんで、この会社、辞めないんですか?」
「俺くらいの年齢になると、この後の転職が厳しいからだよ」
「年齢でってことですか」
「ああ」
 俺は改めて自身の年齢を自覚した。現実を受け入れるのはキツイ。
 香川が再び口を開く。
「この会社って。人の出入りが激しくて消えてく人が多いなと」
「良くわかってんじゃん」
「ブラックですね。俺は今年で25なんですけど。自分の行く末をどうしたいか考えていて」
「そうか。それならここを辞めるべきだな。次、決まらないとか、じゃなく。こんなブラック企業は辞めて正解」
 俺は心の中で思っていた言葉がポロポロと出る。
しょうされるより可能性のあるとこ行ったほうがいい。俺自身もホントは、年齢を理由にしてるけど。どうなのかと思ってる」
 俺は初めて自分の本音を言ってるような気がした。多分、さっきの加藤からの説教で自覚したのかもしれない。ある意味できっかけを作った香川に感謝かもしれない。
「そうなんですね」
「ああ。やめたほうがいい」
「そうですね。あの。俺、起業しようと思っていて」
「へーいいじゃん」
 若者の特権は夢を持ち、その夢を叶える可能性があることだ。時間がある。
「マイナー音楽の配信サービスです!」
「ほお。それはまたすごい」
「マイナーでまだメジャーデビューしていない誰も発掘していない人を見つけるというか」
 俺は香川の輝いている目や、表情にかつての自分を重ねた。
 大人になって、「こんなことやりたい」「あんなふうになりたい」。
 そんな理想が沢山あった。けれど。それのどれにもなれなかった。
 人は大なり小なり何かに成りたい、成し遂げたいと思ったりするだろう。
 けれど。何者にもなれず。多くは普通に過ごす。
 普通に健康に過ごせるだけでも有り難いし、感謝すべきだ。
 それでも人は強欲なもので、それだけで満足しない。俺は本当にこのままでいいのかと思えてきた。
「そうか。すごいな」
「あの。織田さん。織田さんで良ければ俺と一緒にやりませんか?」
「え?」
「織田さんセンスあると思うんですよ」
「ありがとう」
 俺は香川の突然の提案に戸惑った。けれど。俺は前向きに考えようと思った。
 このブラック企業で残りの人生を消費するより、ずっといいだろう。
了 52:03 題材「消」
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