one hour writing short story

深月珂冶

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天使のような人

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  黒美くろみサトはクラスでもまとめ役で、誰もが彼女のことを高く評価している。他学年の生徒も、他のクラスの生徒もだ。
 私も黒美への印象は良いほうだ。私が黒美を良い印象だと思ったのはこんな出来事だ。

「ヤバイ」
 テスト直前で私は自身の筆箱に消しゴムがないことに気づいた。これからテストが始まるのにどうしようと思ったときだ。
「これ」
 黒美が私に消しゴムを貸してくれたのだった。正確にはくれたらしい。
「ありがとう。後で返すね」
「いいよ。それより、テスト頑張ろうね」
 黒美は爽やかな笑顔を見せて、自身の席に戻って行った。その時までは黒美と話したこともないが、とても良い人に見えた。
 表現するなら「天使のような人」かもしれない。

 クラスの人気者だというものうなづける。黒美の評判は本当だったのだろうとこの時、確信した。
 黒美の評判を良く思わない人がいることに、私は驚いている。
 確実に一人は、彼女を良く思っていない。白井《しらい》クミだ。
 白井は黒美と接触もしないが、睨みつけていたことがあった。
 私はその瞬間を見てしまった。私以外の人も気付いているか解らない。私は白井の一方的な嫉妬だと思い、本当に醜いなと思った。

 クラスの役割決めのときのことだ。クラスの生徒全員がそれぞれに好きな役員就くために立候補していく。
 複数人の候補者になるとジャンケンで決めていく。誰もがやりたがらない役員の「プリント係」が残る。
 「プリント係」はその日の全授業の宿題のプリントを職員室に取りに行ったり、提出した宿題を回収して先生に渡す係だ。
 かなり体力的にも大変だし、何よりも疲れる。先生によっては厳しかったりする。だから、誰もやりたがらない。そんな中、黒美が言う。

「白井さんがやるべきだと思いまーす」
 生徒たちがざわついていく。
「なんで、白井さん?」
「意味分からんけど。白井がやればいいと私も思う」
「黒美さんが言うならね」
 生徒が口々に言う様子に黒美が大きな声で遮る。
「いいよね。白井さん」
「は?勝手に決めないでください」
「いい提案だと思うんだけど」
 黒美は白井の強めの口調にひるむことなく、強く返した。
「アンタさ。自分が良い人とか自分のほうが意見通ると思っているからって何様なの?」
 白井の発言に生徒がざわつく。やはり私以外も、白井が黒美を良く思っていなかったのを気づいていたのかザワつく。
「え。嫉妬もしかして?え?」
「うわ。白井って」
「何か不穏《ふおん》だね」
 本当に白井は黒美のことを敵視しているのだろうと思った。
 けれど、黒美の行動は強引のように思った。
 白井の発言は嫉妬じゃなく、黒美の行動によるものかもしれない。黒美が笑う。
「何様とかじゃなくって。白井さんがやればいいと思うんだよねぇ。みんなー。そうだよね」
 黒美の言葉に他の生徒が反応する。
 私はここで黒美の白井への発言や、強引な提案が酷く思えた。本当に良い人はなんだろうか。
 黒美は自分にとって「気に入らない人」をつるし上げて、敵を作り上げているように思えた。
 白井の反論の言い方も悪かったかもしれないが、勝手な提案を推し進めたのは黒美だ。
 私はもやもやとした気分になる。ほとんどの生徒は黒美の味方だ。私は口を開く。
「あのさ。黒美さん。黒美さんはクラスのリーダーだけど、白井さんだって自分で決める権利があるよね。白井さんの言い方がきつかったかもしれないけど。あと、何か 白井さんを吊し上げてるみたいだからどうかと思うよ」
 私は勇気を振り絞った。黒美の刺すような視線が恐い。
 白井が黒美に感じていたことは、これのことなのだろう。黒美は自分の評判のためには惜しみなく“良い人ぶる”のだろう。そんな風に思えてきた。
「そうだ。じゃあ。多数決で決めようよ。私のやったこと、つまり白井さんがやるべきだとみんなに言ったことが正しいか、田中さんの言い分が正しいかさ。まずは田中さんの言い分が正しいと思う人」
 黒美は自信満々だった。決して自分が負けないと思っているのだろう。私は息をのむ。
 生徒の八割が手を上げてくれた。私は居心地が悪いが、少しだけ心が軽くなる。黒美を見ると唇《くちびる》を歪ませていた。
「……散々みんなに優しくしてきたのにねぇ。あー。私が悪かったですよぉ。勝手にすれば?」
「黒美。そんな言い方ないんじゃない?」
「は?」
 白井は黒美に説教を始める。黒美はうざそうに、白井を見た。
「幼なじみだから、これまで黙っていたけどさ。「良い人」に思われたいからって取り繕《とりつくろ》うの止めたら?」
「は?うっざ。アンタのそういうとこが前から嫌いだったんだよね」
 黒美は教室から出て行く。白井と黒美は幼なじみだったらしい。
 黒美の態度に多くの生徒が動揺している反面、口々に何かを言っているが私はそれを聞きたくなかった。
 天使のような人はいない。私は確信した。人は天使になんてなれない。
 私はいつの間にか、黒美の後を追って教室を出た。

了 54:05


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