プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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琥珀の慟哭

琥珀の慟哭57

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  華子は柿澤コーポレーションの後継ぎを陸にする。
  この発言が発端で、事件が起こるのだろうか。
  これから反発が凄まじくなるのが容易に想像できる。

  車内での華子の機嫌は良かった。
  運転手は複雑な表情を浮かべていた。
「あの。祐さんはそれ知っているんですか?」
「そうね。祐には解って貰わないと。あの子は我が儘だから。求心力がないのよ」

  運転手は青ざめた表情を浮かべる。
  ミラー越から運転手の顔色の悪さを確認した華子が言う。

「ど、どうしたの?」
「あの。いや、昔、柿澤家では骨肉の争いが」
「骨肉?」

    華子は疑問に思い、聞き返す。
    いきなりの物騒な言葉は衝撃だった。
    それは美貴子の言っていたことなのだろうか。

「死人を悪く言うのは、 はばかるのですが。お許し下さい」
「え?なに?どういうこと」
「前にも申したように美貴子さんが変わってしまった原因です」

  運転手は心苦しそうに言った。華子は息を飲む。

「柿澤コーポレーションの前社長、柿澤裕次郎さんについてです。あの、裕次郎さんとは別に、めかけの子の猪瀬いのせ龍児りゅうじという同い年の男性がいました」
「猪瀬龍児?そんな人が。その人は今、どうしているんですか?」
「龍児さんですか?まあ、話を聞いてください」
 
  私はここで嫌な想像をした。
  裕次郎は龍児を殺害したのかと思った。

「十次郎さんは二人を常に競わせたんです。裕次郎さんは見映えがよく、勿論のこと賢かった。外野から見て、十次郎さんは裕次郎さんを可愛がっているようだった。けど、違ったんです。十次郎さんは自分に酷似した裕次郎さんを嫌悪していたんです。だから、相続を猪瀬龍児さんにと」

  運転手の表情は曇っている。
 華子はただひたすらに、運転手の話に耳を傾けた。更に運転手は続ける。

「それを知った裕次郎さんです。どうしたと思います?」
「どうしたって。十次郎さんに認めてもらえるように努力」
「違います」
「違うって」

  運転手は路肩に車を停車させた。運転手は帽子を取り、深呼吸をした。

「龍児さんを不慮の事故に見せ掛けて大怪我をさせたんです」

  華子は一瞬、時が止まったかのように口を開いたまま黙った。
  じわりと衝撃が回ってくる。華子が何も言えずにいると、運転手が言う。

「なんか、すいません。出過ぎた真似を」
「……それは本当なの?」
「……いや、確実ではないんです。ただ美貴子さんと、当時、お手伝いさんだった人が証人です」

 華子は言葉を失った。運転手は余計なことを言ってしまったと思っていた。

「だから、その。華子さんのやろうとしていることは、そういう悲劇を」
「何を言ってるの!そんなこと、あるわけないじゃない!」

  華子は大声で運転手の言葉を遮った。
  華子は混乱と動揺をした。

「ごめんなさい」
「いえ、いいんですよ。心配してくれてるんですよね」
「はい。なんかすいません」
「あの。退職金いくら払えばいいかしら?」
「え?」

    華子は小切手の紙を出すと、それにペンを走らす。そこには2,000万円と書かれていた。

「長年、運転手をやってきてくれたから2,000万円で足りるわね?」 
「ちょっ、ちょっと華子様?」
「ごめんなさい。今日を持って運転手を辞めて下さい」
「え!そんな!」

   華子は運転手が泣きそうになっているのを無視して小切手を椅子に奥く。
  華子は車のドアを開けて、言う。

「この車両は貴方の退職祝いとして、贈呈します。あ、あと、もし、退職金足りなかったらまた連絡下さい。あと1,000万円くらいは出せますので。今まで有り難う御座いました」

  華子は涙目になっていた。
  運転手は慌てて、車を降りて後ろ姿の華子に言う。

「私はあなたの運転手を辞めたくありません。先ほどは出過ぎた真似をしました。すいません。どうかお許しを」

  華子は立ち止まり、背を向けて言う。

「私は旦那の裕次郎を信じています。もし、仮に裕次郎が龍児さんを。だとしても。それに今の柿澤コーポレーションの社長は私なのですから。それを守らないといけないのは私なのです。だから、すいません」

  華子は運転手をくびにした。あまりにも突然のことで、私はびっくりした。
  華子は仮に裕次郎が龍児を怪我させ、何らかの理由で跡継ぎを退かせたとしても、自分が愛した人を信じたいのだろう。
  確かに運転手の言っていたことが事情だとしたら、裕次郎はかなりの曲者だ。
   
   華子はとぼとぼと歩く。その後ろに近づく人がいた。

琥珀の慟哭57 了
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