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トパーズの憂鬱
トパーズの憂鬱16
しおりを挟む私の願いとは裏腹に、思い出は再び、切り替わった。
思い出はゆっくりと見えてくる。
今度は美砂子と和義が新年を一緒に過ごしている場面だった。
ひとまず、悲しい場面じゃないことに安心する。
一緒に初詣をし、混雑している商店街を歩いている。美砂子の手を取り、和義が歩いていた。
和義と美砂子はついに付き合い始めたのだろうか。
商店街の途中にある河川敷で美砂子と和義は立ち止まる。
ここは確か、井川が指輪を投げ入れようとしていた場所だ。
偶然だけれど、何だか運命のようにも思える。
美砂子は川に何かがいるのを見かけたようだ。
「亀がいたよ」
「美砂子?どこ?」
和義が覗き込む。呼び捨てをし合う仲まで発展したらしい。
砂子が言う。
「水中に入っちゃったね」
「なんだー」
「あははは」
美砂子は和義の表情に笑う。和義は照れる。和義は美砂子を見つめた。
「どうしたの?」
「えっと、今日は言いたいことがあって」
「え?」
美砂子は緊張し始めた。私は和義がこれから先に言うことが解った。
「あの。出会って2ヶ月くらいで浅いんだけど」
「うん」
「俺は美砂子が好きだ。付き合ってほしい」
和義は真剣な表情で言った。美砂子は思わぬ告白に、少しだけ固まる。
「あの」
美砂子はすぐに返事が出来ず、和義は不安になる。
「あ、えっと。すぐには無理だよな」
「うんうん。そんなことない!いいよ、付き合おう!」
美砂子は少し力みながら言った。和義の表情が一気に明るくなる。
美砂子が微笑む。和義は美砂子を抱きしめた。
私は心から嬉しくなった。一抹の不安よりも、今は二人の幸せを見ていたいと思った。
思い出の途中で、私はトパーズのネックレスから手を離した。
トパーズのネックレスから手を放すと、丁寧にケースに仕舞った。
白い手袋を外す。
夕飯を食べていないのを思い出し、私は台所に向かう。
美砂子と和義は無事に付き合い、文芽はどうなったのだろう。
文芽は美砂子のことを大事に思っていた。
私は野菜炒めを作るため、冷蔵庫から食材を出す。由利亜は和義を知らないと言う。
けれど、父親であった可能が0とも言えない。
由利亜が知らないだけの可能性もある。
自宅の電話が鳴り、私は出る。ナンバーディスプレイは、森本だった。
「どうしたの?」
私は出た。すぐに森本の声がする。
【おう。こんばんは】
「こんばんは。何かあった?」
【別にただ電話したかっただけだ】
森本は優しい声だった。私は改めて今日のことを思い出す。
「そう。今日はどうだったの?」
【いや、昔の事件のことで】
「昔の事件か。何か遺留品があってそれを見るとか」
【今のところは特に】
「そう」
私は事件に巻き込まれた遺留品の過去を見ないで済むことに安心した。
【川本、いや、リカコは何で警察に協力しようと思ったんだ?】
森本に名前で呼ばれたことに、私は少し驚く。
「そうね。過去を見るのは辛い。けど、その能力で何か助けられるなら、意味があると思ったからだよ」
私は自分がありのままに思ったことを言った。森本は少しだけ沈黙した。森本は小さく笑う。
【お前らしいな】
「そうかな。解らないけど」
【お前が辛くなったらいつでも、力になるからな】
森本の何時になく、真剣な声色に鼓動が早くなった。
「ありがとう。森本」
【名前では呼んでくれないんだな】
森本は少しだけ残念そうに言った。私は恥ずかしくなる。
「いや、その」
【あははは。じゃあな】
「うん。おやすみ」
私は森本との電話を終えた。下の名前、ヒカルと呼び捨てるのはまだ勇気がいる。
少し前まで、同級生で仕事仲間。不思議なものだ。森本が好き。
それに嘘はない。
森本はずっと前から私のことが好きだったのだろう。
そう考えると益々、気持ちが高まった。
落ち着きを保とうと、お茶を飲む。夕飯の仕度を続けた。
独り暮らしになり、8年が経つ。一人での食事は慣れているものの、家庭を持つことまでは想像が着かない。
今はそのままでいたいと思った。
今日はもう早く寝ることにしよう。私は決意し、トパーズのネックレスが入ったケースを金庫に仕舞った。
********************
私は次の日、店の看板に『お休み』の張り紙を出していないことを思い出した。
朝の支度をさっさと終え、私は川本宝飾店に向かう。
11月になると、今年の終わりが見えてくる。
もうすぐ2018年が終わり、2019年へ。大人になるとそれほど、珍しさは感じなくなる。
ただ当たり前がないことだけは、忘れたくないと思った。
店のシャッター前に、人がいた。由利亜だ。由利亜は私に気付くと、会釈した。
「おはようございます。川本さん」
「おはよう。ごめんね、まだ時間が掛かるよ」
私は謝罪した。由利亜は首を横に振る。
「いいんです。私が無理なお願いをしているだけなので」
由利亜は遠い目をしていた。由利亜はきっと、まだ文芽のところに帰っていないのだろう。
私は何と声を掛ければいいか解らず、黙る。
由利亜が私を見て言う。
「気を遣わせてしまってすいません。お休みするですよね?今日?」
「え?まあ、そうですけど。色々やることもあるので」
「そうなんですね!」
由利亜は興味津々で言った。由利亜は初めて会った時より、化粧が薄くなっていた。
心境の変化でもあったのだろうか。
私は「ちょっと貼り紙しますね」と断りをいれ、シャッターに『お休みのお知らせ』の貼り紙を貼った。
「ねぇ。過去を見るのって辛いんですか?」
由利亜は私に質問した。私は由利亜を見る。
「そうだね。辛いか辛くないかなら、辛いよ。当然だけど、皆良い思い出ばっかりじゃない」
私ははっきりと言った。由利亜は私から視線を外さずに言う。
「……殺人とかも見えるの?」
私はなにも言わずに首を縦に振った。由利亜は右手で口を押さえ、動揺する。
「いつまで経っても慣れないけどね」
私は慣れるはずのない、感情を吐露した。由利亜は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「由利亜さん、気にしないで下さい。私の個人的な感情で過去を見ているのですから」
私は由利亜を宥めた。
「でも……」
「じゃあ、文芽さんの家に戻って下さい。それが私の願いです」
由利亜は困惑した。目には少しだけ涙が出ていた。
「文芽さんは、あなたの実の母、美砂子さんのことを大切に思っていました。だから由利亜さんのことも大切に思っていますよ」
由利亜はただ私の言葉を真剣に聞いた。由利亜は黙って頷くと、一礼をした。
由利亜は踵を返し、商店街を出ていく。私はその後ろ姿を見つめた。
トパーズの憂鬱 16(了)
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