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第二章 ヤミテラ

2-4:デパート地階:封鎖2

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 二瓶がマナーモードを終えると、小さく手を挙げた。

「あの――さっき中央階段で、ちょっとだけ上のフロアチーフと話せたんですが、『上のお客様の誘導が終わるまでは、そっちは絶対にあがって来るな』と言われたんです」
 中年男が、俺の顔を見て頷いた。俺は二瓶の後を継ぐ。
「さ、さっき見たんですけど、エスカレーターの上りは止められていまして、椅子やら何やらで、バリケードができてました。でも、下りのエスカレーターは、今も動いてて――」
 遠くでお馴染みの、どんどんバタンという音が聞こえた。
「まさか――ここに放り込んでるの? あの――ゾ、ゾンビを?」
 タオルおばさんの真っ青な顔に、俺を頷いた。
「た、多分、そうなんじゃないかな……。お客を外に出す為の時間稼ぎ、的な?」
 気弱リーマンが、ひぃいっという声を上げた。
 俺も上げたい。

「……あたし達、え、餌なの? 食べられちゃうの?」
 女の子が今にも泣きそうな声で呟く。
 女子高生がさっと手を伸ばして、女の子を抱き寄せた。
「……大丈夫だよ。上には行けるから」
 二瓶が、平気だから、と女子高生の発言に乗っかった。
 気弱リーマンが、小さな声で毒づいた。
「て、テキトーな事言わないでくださいよ!? 上に行く手段がないんじゃ、どうしようもないじゃないですか!」
 俺は気弱リーマンを無視して、二瓶に顔を近づけた。
「なあ、エレベーターは? ここにも通じてたよな?」
 二瓶は頷く。
「ここからだと階段を挟んで反対側に、一度に二十人くらい乗れる大きいのが一つ」
「止まってると思うか?」
 二瓶は、わからない、と首を振った。中年男が腕を組んだ。
「行って確かめてみるしかないか。あの連中がゾンビなら――エレベーターは動かさない、よな? だったら、止めてない――かもしれない」

 俺は、もう一度カウンターから顔を出して辺りを窺った。ゾンビは見当たらない。思い返してみるが、連中、ただただ進んでくるだけみたいに思えた。エレベーターを認識して、かつボタンを押して乗り込む奴がいるとは、何となくだが、思えない。
「映画だと、偶然押して、乗りこんだりするんだけど?」
 女子高生の言葉に、俺と中年男がううっと声を上げた。
 落ち込む俺達に、女子高生は、いやいやと手を振った。
「いや、だから、なんか武器を用意して行った方が良いかなって。エレベーターに行くのは賛成だよ」

 二瓶は細目で、渋い顔をした。
「うーん、ここって基本加工品しか売ってないから、包丁とかはない、と思う」
 中年男が顎を擦る。
「となると打撃できる物か。柄は長くて頑丈で――というか、モップとかないか? 連中、そんなに動きが速くないから、押しのければ、なんとかなるんじゃないかな?」
 俺は、ああ、と声を上げた。
 こうやって皆で話して、段々と落ち着いてくると、連中に対する恐怖が薄くなってきて、いけそうな気がしてくる。
 佐藤さんは指を抜けなかった。だから、力は強いかもしれない。でも、知能は無いように思えるし、歩くスピードだって、思い出してみれば、かなり遅い。
 二瓶は、首を捻った。
「モップなら――階段横と、エレベーター横の資材庫にあると思います。鍵は――かかってなかったはず」

 あ、階段横とかについてる、謎の扉って、鍵とかかかってないのか……。

 二瓶の言葉に、中年男が、よしっと膝を打とうとして寸前で止め、小さく頷いた。
「店員さん、みんなを誘導してくれないか?」
 二瓶は頷くと、腕をまくった。
 中年男は、僕の肩を叩いた。
「君、店員さんと知り合いなんだろ? 先頭で行ってくれ。殿しんがりは俺がやる」

 は?

 俺は中年男をまじまじと見た。
 太い眉毛に、小さくて鋭い目。大きな鼻の下には、綺麗に切り揃えられた黒い髭。きっちりと絞められたネクタイは高級品だけど、シャツ共々汗で変色している。
 そして、でっぷりと突き出た腹……。
 俺の視線に気づいた中年男が、薄く笑った。
「ふふ、君、失礼だぞ。所謂ハラスメントってやつだ」

 この人って、もしかして――

「いや……あなたが、先に行ってください。お、俺、ちょっと走り回って、ここらで――大声で、ギャーッとか叫びまくるんで」
 俺はへらへらしながら、そう言っていた。

 二瓶と妊婦さんが、ぎょっとして俺を見る。
「あ、あなた、何を言ってるんですか!?」
「ほ、ほんとだよっ、何カッコつけてるんだ!? 君は――そんなキャラじゃないだろう!?」
 俺は瞬間的に悟った。
 ここだ!
 こここそ、告白するべき瞬間なんだ!
 自己犠牲の台詞で、二瓶に、俺はお前が好きなんだとアピールするんだ!

「お――お前に、かかかかっこいいとこ、みしぇたいんだよ……」

 噛みまくりやがった、と女子高生が首を振りながら顔を覆った。女の子が、うわぁ、と微妙な声を出し、タオルおばさんが、慈しみの視線を俺に注いだ。
 二瓶は――顔を赤らめてもいないし、目に涙も浮かべていなかった。いつも通りの、ジト目で

「なんて(言ったの)?」

 と小さい声を漏らした。
 中年男性が何事も無かったかのように続けた。
「囮か……。連中、動きが遅いから、確かに君なら囮としては完璧なんだが――」
 地味に落ち込んでいる俺の肩をちょっと叩くと、中年男は気弱リーマンに顔を近づけた。
「なあ、あんたも俺達と一緒に囮をやらんか?」
 俺達?
 中年男は、俺に片眉を上げてみせた。

 この人、ちょっとアレかなと思ったけど、滅茶苦茶、男前じゃないか――

 気弱リーマンは、痙攣するように首を振って拒絶した。
「……そうか、わかった。すまない。君は、ほら、そこにいる妊婦さんと子供を守ってくれ」
 中年男はそう言って立ち上がると、ベルトをきゅっと絞った。
「……本気っすか?」
 馬鹿にするつもりじゃない。だけど聞かずにはいられなかった。
 中年男は、太い唇の端を釣り上げた。
 状況が違ったら、かなり邪悪な笑みにみえる代物だ。
「君、重ね重ね失礼だぞ。まあ……優しいだけなんだろうが」
「や、いや、ええっと、じゃあ、一緒にやりますか。じゃあ、そういう事だから――」
 俺は、二瓶にへらりと笑ってみせた。少しばかりぎこちない笑いだったように思う。
 彼女は眉を吊り上げ、ああもう、と悪態をつくと中腰になる。
「……後からちゃんと来なさいよ。君をヘッドショットとか、一生夢に見そうだからね」
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