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第二章
その十三 ソドム:まねき
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映画が終了して、人々がサロンにあふれ出した。
皆、うっとりとした顔で、口々に映画の思い出を語り、劇中で謳われた歌を口ずさんでいる。マヤも夢見るような顔でくるくると小さく回った。
「やっぱり愛だよ! 『僕の愛の遍歴は、君との時間で埋められた~♪』」
ジャンはうんざりしたような顔でマヤの腰に手を回すと、スカートについたポップコーンを手で払ってやった。
「まったく……ぼりぼりぼりぼりと! まさかあのでかいカップを映画の半分で食べちまうとは……この後の夕食は大丈夫なのか?」
マヤはにかっと笑うと、カップを傾け、ポップコーンのかすを口に流し込んだ。
「むぐむぐ、これはべちゅばら」
ジャンがうげっという顔をした。
「……さて、ムッシュ・メリエスは観劇に行ってしまったようだし、どうする? 夕食に行ってしまうか? それとも何か他の映画を観るか? そういえばホームズでお馴染みのドイル氏原作の恐竜が出る映画があったな」
「あ、『失われた世界』か! あの特撮は見事だったなあ! まるで本物だった!」
ジャンは片眉を上げた。
「あれは本物さ」
「……へ?」
「いや、冗談だ。忘れろ。さて、どうする?」
「歌おうぜ!」
「拒否する! 歌は苦手なんだよ……音痴だし、あまりいいイメージが無い」
「ああ、昨日のカストラートとかね……そういや、教授さんはどうなったのかな? あの人の仲間は、裏切った上に吹っ飛んじゃったよね? まさか、その……」
ジャンは首を捻った。
「いやあ、大丈夫だと思うぞ。カストラートは教授を狙ってないし、あの人もあの程度の怪我なら、数分もあれば、逃走には十分な程に回復するだろうしな」
「そっか……あ! そういや、あの時も依頼してたっけ!」
マヤは手を打つと、ジャンにポケットから取り出した鍵を渡した。
「はいこれ先に渡しとくね。護衛と教授の救助の報酬!」
ジャンはそれを手に取ると、眉をひそめる。
「おいおい……あの金は自分の為にとっておけよ。金が無けりゃ聖職者だって生きられないんだぞ?」
「母さんが労働以外の金は、身につかないぞって。それにあたしの金をどう使うかはあたしの自由じゃん?」
「しかしだな……まったく」
ジャンは諦めた顔になると鍵を懐にしまった。
「とりあえず鍵は預かる。やれやれ……なんだか買われた気分だよ」
「そうそう、ジャンさんは私が買ったんだ! さあ、靴をお舐め!」
「なんでだよ!?」
二人は談笑しながら映画館を後にし歓楽街の門を出た。
吹き抜けをぐるりと回りながら、マヤはポケットにねじ込んでいたヨハンセンからもらったチラシを、ジャンに見せた。
「日本の食べ物……和食か」
「嫌いなの? あたし興味があるんだけど」
「いや。和食自体は好きだ。
だが日本風のレストランだと、見通しが悪くてな。襲われると厄介だぞ」
しばらく歩くと、『まねき』の看板が見つかった。回廊から外れた通路の奥にあるらしい。
「確かに逃げ場がなさそうだな……。どうする?」
マヤの心配そうな声にジャンは首を捻った。
「ううむ……ここまで、直接の接触は無かった。映画を観ている最中もな。ここらで、連中の反応をちょいと見てみたい気もするし……まあ、行ってみるか」
通路を進むと、木造建築の地味な店が見えてきた。二人は垂れ下がった紺色の布を潜り店内に入る。
店内は静かだった。
マヤは奥を覗くが、廊下はすぐに折れ曲がっており、何も判らなかった。あまり繁盛していない店なのか、ヨハンセンの情報は間違っていたのか、とマヤが考えていると、東洋人と思しき女性の店員が奥から足音を立てずに現れた。
「二名様ですか? では、お部屋の準備をいたします。しばらくお待ちください」
礼をして取って返した店員を見送り、二人は竹でできたベンチに座った。
「ねえ、あたし、こういうとこ初めてなんだけどさ、マナーとか知ってる?」
「うーん……うろ覚えだから聞いた方が良いだろうな」
「お、知ってるって言わないんだ。謙虚だねえ」
「頓珍漢な事をしたら、ずっとお前に言われそうで……」
マヤは『ずっと』の部分にニヤケながら、店からサービスとして出されたお茶に口をつけた。
「へえ! 不思議な味! 渋いけど、香ばしくて美味しい!」
「ほうじ茶、というらしい。うん、美味」
ほうっとため息をつき、マヤは周囲を見回す。そして理解した。
ここは元々静かな店なのだ。派手さから一番遠い作りになっていて、客もそういう静かな雰囲気を楽しみに来るのだろう。小さな窓から見える庭に作られた小さな滝の音が心に沁みこんでくる気がした。
マヤは、縄が張った棚の下に、猫の置物が置いてあるのを発見した。
それは白い猫で、蚯蚓がのたくったような文字の書かれた貨幣らしきものを抱え、空いた手を上にかざしている。
「あれ何? あれもゴーレム?」
「招き猫……だったかな。日本の工芸品で、この店の名前の元なのかもしれんな。
しかし、幾らなんでもアレはゴーレムじゃあ……んん? おい、ガンマか? 何してる?」
招き猫がわずかに動くと、ガンマの声が聞こえてきた。
「やあ、ジャン。あんなにポップコーンを食べてまだ食べるとは、驚きだよ、マヤさん」
「うわ、ジャンさんの服から出てこないと思ったら別行動してたのか」
招き猫の眉がぐにゃりと上がった。マヤが驚く。
「うわっ、丸ごとガンマさんか! 裏にいるんじゃないのか!」
「君達をちょいと脅かそうと思ってね、本物を下駄箱に隠して待ってたのさ。ところで、二人の食事に僕もご一緒していいかな? 君達が乳繰り合ってる間に、僕は下層に行ってきたんだ。面白い情報も得たよ」
マヤは立ち上がり、招き猫を掴んだ。
「……あの、これ気に入ったんで、食事の時にテーブルの上に飾ってもいいですか?」
戻ってきた店員のぽかんとした顔に、ジャンは笑いを堪えるのに一苦労した。
皆、うっとりとした顔で、口々に映画の思い出を語り、劇中で謳われた歌を口ずさんでいる。マヤも夢見るような顔でくるくると小さく回った。
「やっぱり愛だよ! 『僕の愛の遍歴は、君との時間で埋められた~♪』」
ジャンはうんざりしたような顔でマヤの腰に手を回すと、スカートについたポップコーンを手で払ってやった。
「まったく……ぼりぼりぼりぼりと! まさかあのでかいカップを映画の半分で食べちまうとは……この後の夕食は大丈夫なのか?」
マヤはにかっと笑うと、カップを傾け、ポップコーンのかすを口に流し込んだ。
「むぐむぐ、これはべちゅばら」
ジャンがうげっという顔をした。
「……さて、ムッシュ・メリエスは観劇に行ってしまったようだし、どうする? 夕食に行ってしまうか? それとも何か他の映画を観るか? そういえばホームズでお馴染みのドイル氏原作の恐竜が出る映画があったな」
「あ、『失われた世界』か! あの特撮は見事だったなあ! まるで本物だった!」
ジャンは片眉を上げた。
「あれは本物さ」
「……へ?」
「いや、冗談だ。忘れろ。さて、どうする?」
「歌おうぜ!」
「拒否する! 歌は苦手なんだよ……音痴だし、あまりいいイメージが無い」
「ああ、昨日のカストラートとかね……そういや、教授さんはどうなったのかな? あの人の仲間は、裏切った上に吹っ飛んじゃったよね? まさか、その……」
ジャンは首を捻った。
「いやあ、大丈夫だと思うぞ。カストラートは教授を狙ってないし、あの人もあの程度の怪我なら、数分もあれば、逃走には十分な程に回復するだろうしな」
「そっか……あ! そういや、あの時も依頼してたっけ!」
マヤは手を打つと、ジャンにポケットから取り出した鍵を渡した。
「はいこれ先に渡しとくね。護衛と教授の救助の報酬!」
ジャンはそれを手に取ると、眉をひそめる。
「おいおい……あの金は自分の為にとっておけよ。金が無けりゃ聖職者だって生きられないんだぞ?」
「母さんが労働以外の金は、身につかないぞって。それにあたしの金をどう使うかはあたしの自由じゃん?」
「しかしだな……まったく」
ジャンは諦めた顔になると鍵を懐にしまった。
「とりあえず鍵は預かる。やれやれ……なんだか買われた気分だよ」
「そうそう、ジャンさんは私が買ったんだ! さあ、靴をお舐め!」
「なんでだよ!?」
二人は談笑しながら映画館を後にし歓楽街の門を出た。
吹き抜けをぐるりと回りながら、マヤはポケットにねじ込んでいたヨハンセンからもらったチラシを、ジャンに見せた。
「日本の食べ物……和食か」
「嫌いなの? あたし興味があるんだけど」
「いや。和食自体は好きだ。
だが日本風のレストランだと、見通しが悪くてな。襲われると厄介だぞ」
しばらく歩くと、『まねき』の看板が見つかった。回廊から外れた通路の奥にあるらしい。
「確かに逃げ場がなさそうだな……。どうする?」
マヤの心配そうな声にジャンは首を捻った。
「ううむ……ここまで、直接の接触は無かった。映画を観ている最中もな。ここらで、連中の反応をちょいと見てみたい気もするし……まあ、行ってみるか」
通路を進むと、木造建築の地味な店が見えてきた。二人は垂れ下がった紺色の布を潜り店内に入る。
店内は静かだった。
マヤは奥を覗くが、廊下はすぐに折れ曲がっており、何も判らなかった。あまり繁盛していない店なのか、ヨハンセンの情報は間違っていたのか、とマヤが考えていると、東洋人と思しき女性の店員が奥から足音を立てずに現れた。
「二名様ですか? では、お部屋の準備をいたします。しばらくお待ちください」
礼をして取って返した店員を見送り、二人は竹でできたベンチに座った。
「ねえ、あたし、こういうとこ初めてなんだけどさ、マナーとか知ってる?」
「うーん……うろ覚えだから聞いた方が良いだろうな」
「お、知ってるって言わないんだ。謙虚だねえ」
「頓珍漢な事をしたら、ずっとお前に言われそうで……」
マヤは『ずっと』の部分にニヤケながら、店からサービスとして出されたお茶に口をつけた。
「へえ! 不思議な味! 渋いけど、香ばしくて美味しい!」
「ほうじ茶、というらしい。うん、美味」
ほうっとため息をつき、マヤは周囲を見回す。そして理解した。
ここは元々静かな店なのだ。派手さから一番遠い作りになっていて、客もそういう静かな雰囲気を楽しみに来るのだろう。小さな窓から見える庭に作られた小さな滝の音が心に沁みこんでくる気がした。
マヤは、縄が張った棚の下に、猫の置物が置いてあるのを発見した。
それは白い猫で、蚯蚓がのたくったような文字の書かれた貨幣らしきものを抱え、空いた手を上にかざしている。
「あれ何? あれもゴーレム?」
「招き猫……だったかな。日本の工芸品で、この店の名前の元なのかもしれんな。
しかし、幾らなんでもアレはゴーレムじゃあ……んん? おい、ガンマか? 何してる?」
招き猫がわずかに動くと、ガンマの声が聞こえてきた。
「やあ、ジャン。あんなにポップコーンを食べてまだ食べるとは、驚きだよ、マヤさん」
「うわ、ジャンさんの服から出てこないと思ったら別行動してたのか」
招き猫の眉がぐにゃりと上がった。マヤが驚く。
「うわっ、丸ごとガンマさんか! 裏にいるんじゃないのか!」
「君達をちょいと脅かそうと思ってね、本物を下駄箱に隠して待ってたのさ。ところで、二人の食事に僕もご一緒していいかな? 君達が乳繰り合ってる間に、僕は下層に行ってきたんだ。面白い情報も得たよ」
マヤは立ち上がり、招き猫を掴んだ。
「……あの、これ気に入ったんで、食事の時にテーブルの上に飾ってもいいですか?」
戻ってきた店員のぽかんとした顔に、ジャンは笑いを堪えるのに一苦労した。
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