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第二章
その十二 ソドム:ウーダン翁とメリエス翁
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「さ、映画だ! で、何を観るんだい?」
真っ赤になった顔を誤魔化すように、大声でマヤは喋る。ジャンもぎこちない動きで、歩き続けた。
「そ、そうだな。トーキーもサイレントもやってるが、珍しい所で、『ラヴ・パレード』なんてどうだ? ミュージカルを映画に取り込んだ妙な映画だ」
マヤが興味をそそられたように、ジャンの顔を見た。
「へ~……でも映画もミュージカルも見たことないからなあ。あ、悪魔の床屋でちょっと歌ってたかな」
「そうか。なら、まずは『列車の到着』からいくべきか……」
「それ、どんなの?」
「汽車が駅に入ってくるだけ。一分もない」
しばらく歩くと、吹き抜けを囲む回廊が合わさる場所が前方に見えてきた。そこには竜が絡み合った彫像を頂いた巨大な門があり、潜ると両側に建物が並んでいる。ここでも屋台が立ち並び、所々にあるベンチで人々が談笑していた。マヤの横を巨大な玉に乗ったピエロが通り過ぎた。
「なにやら、仕事をさぼっている感じで決まりが悪いな……」
「あぁ~、その格好だもんねえ。お、あそこで手品をやってる!」
「ん? ありゃ、ウーダン翁じゃないか。やあ、ウーダン翁!」
通路脇の人だかりの真ん中で、一人の老人が手品を披露していた。髪は白く、柔和な笑みを浮かべた顔は皺だらけであったが、その動きは実にきびきびとしたものである。
老人はジャンに気づくと、手を振って懐から鳩を出した。わっと歓声が上がる。
二人は人だかりに近づいた。
「ジャン・ラプラス! この蟇蛙め! まだ生きておったか!」
ウーダンの挑発にジャンはさっと人混みを掻き分け、小さなステージに飛び乗った。
「ジャン・ウジェーヌ・ロベール・ウーダン! 奇術の父よ!」
ウーダンはにやりと笑うと懐から銃を出す。あっと声を上げるマヤ。
銃は即座に発射された! もんどりうって倒れるジャン!
銃声に辺りは水を打ったように静かになった……と、ジャンはさっと起き上がると、口からペッと何かを吐き出すと、それを指でつまんで皆の目の前に掲げた。
「銃弾だ!」
誰かの叫びに、拍手が起こった。ジャンはウーダンにウィンクすると、ステージを降りた。
マヤは拍手で迎えると、ぶよぶよの腹に軽くパンチをする。
「やっぱりジャンさんは凄いなあ! 一緒にいて誇らしいよ!」
「なに、基礎だよ基礎。さてと――」
「やあ、ジャン・ラプラス。相変わらずのエンターティナーぶりだね」
渋い声に二人が振り返ると、こざっぱりしたスーツを着た老人がタバコをくゆらせ、手を差し出していた。ジャンが驚いて、その手を取ると挨拶をする。
「ムッシュ・メリエス! お久しぶりです!」
「誰? あ、いや、どなたかしら?」
慌てて口調を変えたマヤに、老人は微笑んだ。
「ジョルジュ・メリエスです、お嬢さん。その昔、映画監督をしておりました」
「偉大な映画監督だよ。こちら、マヤ・パラディール嬢」
マヤはドレスの裾を掴むと、ふわりと自然なお辞儀をした。ジャンは目を丸くする。
「はは、ジャン、素敵なお連れさんだね。で、どうだね、前に頼んだ映画の脚本は出来上がったかね? 出来上がったならこの隠居、一つプロデユーサーとして名乗りを上げようじゃないか。シネマジシャンの腕が鳴るよ」
「まだなんですよ、ムッシュ・メリエス。人狼を月面に送り込んでから、果たしてどうするかと悩んでおります」
「ああ、じゃあ、月面とくれば、月人だな。月人と人狼が対決するのだ!」
メリエスはにやりと笑って、ひそひそと付け加えた。
「なんならここを使って撮るというのはどうだ? そちらのお嬢さんを月世界の女王役として考えてみるとか」
マヤがあたしですかぁ? と頓狂な声をあげ、メリエスは笑い出した。
「そうだよ! 想像してみて! 遥か遠くの青い星から自分の王国に怪物が来た! 月の力でずっと変身したままの野獣だ!
さあ、女王陛下、あなたならいかがいたしますかな?」
マヤは腕を組んでううんと唸った。
「あたし自らが、銀の銛で相手をするな。こう、ぶすーっと!」
メリエスがいいぞいいぞ、と拍手をする。
「なら色々付け加えよう! 人狼と一緒に来た青年と女王は恋に落ちる! で、女王が人狼に負けそうになった時に、青年がさっそうと現れて――」
マヤは頷く。
「人狼の注意をひきつけ、女王がとどめを刺す!」
ジャンとメリエスが目を白黒させる。
「なんと、女王が倒してしまうのか!」
「マヤ、それじゃ、男の立つ瀬がないぞ」
「……そりゃそうだ。じゃあ、戦ってる場所が最後に壊れて、で、青年が女王を助けるってのは? これならいいでしょ!」
メリエスは唸った。
「それはいいぞ……舞台が壊れる特撮を考えよう。ところで、どうだね、映画館に寄って行かんか? 今は私の映画だと、クレオパトラの限定上映をやってるぞ」
マヤは手を上げた。
「はい! 実は今から行こうと思ってたところです!」
「ほう! よし、ついて来たまえ! 今なら貴賓席に空きがある!」
ジャンが訝しげな顔をした。
「ムッシュの映画館の貴賓席に空きが? そりゃ、またどうして……」
「簡単だ。金持ちの更に金持ち連中は新造されたオペラハウスに行ってるのさ。残酷大公も観劇予定だ。あのかたはリア王に目がないからね」
メリエスはにやりと笑った。
「何を隠そう、私も向かう途中だったんだよ」
真っ赤になった顔を誤魔化すように、大声でマヤは喋る。ジャンもぎこちない動きで、歩き続けた。
「そ、そうだな。トーキーもサイレントもやってるが、珍しい所で、『ラヴ・パレード』なんてどうだ? ミュージカルを映画に取り込んだ妙な映画だ」
マヤが興味をそそられたように、ジャンの顔を見た。
「へ~……でも映画もミュージカルも見たことないからなあ。あ、悪魔の床屋でちょっと歌ってたかな」
「そうか。なら、まずは『列車の到着』からいくべきか……」
「それ、どんなの?」
「汽車が駅に入ってくるだけ。一分もない」
しばらく歩くと、吹き抜けを囲む回廊が合わさる場所が前方に見えてきた。そこには竜が絡み合った彫像を頂いた巨大な門があり、潜ると両側に建物が並んでいる。ここでも屋台が立ち並び、所々にあるベンチで人々が談笑していた。マヤの横を巨大な玉に乗ったピエロが通り過ぎた。
「なにやら、仕事をさぼっている感じで決まりが悪いな……」
「あぁ~、その格好だもんねえ。お、あそこで手品をやってる!」
「ん? ありゃ、ウーダン翁じゃないか。やあ、ウーダン翁!」
通路脇の人だかりの真ん中で、一人の老人が手品を披露していた。髪は白く、柔和な笑みを浮かべた顔は皺だらけであったが、その動きは実にきびきびとしたものである。
老人はジャンに気づくと、手を振って懐から鳩を出した。わっと歓声が上がる。
二人は人だかりに近づいた。
「ジャン・ラプラス! この蟇蛙め! まだ生きておったか!」
ウーダンの挑発にジャンはさっと人混みを掻き分け、小さなステージに飛び乗った。
「ジャン・ウジェーヌ・ロベール・ウーダン! 奇術の父よ!」
ウーダンはにやりと笑うと懐から銃を出す。あっと声を上げるマヤ。
銃は即座に発射された! もんどりうって倒れるジャン!
銃声に辺りは水を打ったように静かになった……と、ジャンはさっと起き上がると、口からペッと何かを吐き出すと、それを指でつまんで皆の目の前に掲げた。
「銃弾だ!」
誰かの叫びに、拍手が起こった。ジャンはウーダンにウィンクすると、ステージを降りた。
マヤは拍手で迎えると、ぶよぶよの腹に軽くパンチをする。
「やっぱりジャンさんは凄いなあ! 一緒にいて誇らしいよ!」
「なに、基礎だよ基礎。さてと――」
「やあ、ジャン・ラプラス。相変わらずのエンターティナーぶりだね」
渋い声に二人が振り返ると、こざっぱりしたスーツを着た老人がタバコをくゆらせ、手を差し出していた。ジャンが驚いて、その手を取ると挨拶をする。
「ムッシュ・メリエス! お久しぶりです!」
「誰? あ、いや、どなたかしら?」
慌てて口調を変えたマヤに、老人は微笑んだ。
「ジョルジュ・メリエスです、お嬢さん。その昔、映画監督をしておりました」
「偉大な映画監督だよ。こちら、マヤ・パラディール嬢」
マヤはドレスの裾を掴むと、ふわりと自然なお辞儀をした。ジャンは目を丸くする。
「はは、ジャン、素敵なお連れさんだね。で、どうだね、前に頼んだ映画の脚本は出来上がったかね? 出来上がったならこの隠居、一つプロデユーサーとして名乗りを上げようじゃないか。シネマジシャンの腕が鳴るよ」
「まだなんですよ、ムッシュ・メリエス。人狼を月面に送り込んでから、果たしてどうするかと悩んでおります」
「ああ、じゃあ、月面とくれば、月人だな。月人と人狼が対決するのだ!」
メリエスはにやりと笑って、ひそひそと付け加えた。
「なんならここを使って撮るというのはどうだ? そちらのお嬢さんを月世界の女王役として考えてみるとか」
マヤがあたしですかぁ? と頓狂な声をあげ、メリエスは笑い出した。
「そうだよ! 想像してみて! 遥か遠くの青い星から自分の王国に怪物が来た! 月の力でずっと変身したままの野獣だ!
さあ、女王陛下、あなたならいかがいたしますかな?」
マヤは腕を組んでううんと唸った。
「あたし自らが、銀の銛で相手をするな。こう、ぶすーっと!」
メリエスがいいぞいいぞ、と拍手をする。
「なら色々付け加えよう! 人狼と一緒に来た青年と女王は恋に落ちる! で、女王が人狼に負けそうになった時に、青年がさっそうと現れて――」
マヤは頷く。
「人狼の注意をひきつけ、女王がとどめを刺す!」
ジャンとメリエスが目を白黒させる。
「なんと、女王が倒してしまうのか!」
「マヤ、それじゃ、男の立つ瀬がないぞ」
「……そりゃそうだ。じゃあ、戦ってる場所が最後に壊れて、で、青年が女王を助けるってのは? これならいいでしょ!」
メリエスは唸った。
「それはいいぞ……舞台が壊れる特撮を考えよう。ところで、どうだね、映画館に寄って行かんか? 今は私の映画だと、クレオパトラの限定上映をやってるぞ」
マヤは手を上げた。
「はい! 実は今から行こうと思ってたところです!」
「ほう! よし、ついて来たまえ! 今なら貴賓席に空きがある!」
ジャンが訝しげな顔をした。
「ムッシュの映画館の貴賓席に空きが? そりゃ、またどうして……」
「簡単だ。金持ちの更に金持ち連中は新造されたオペラハウスに行ってるのさ。残酷大公も観劇予定だ。あのかたはリア王に目がないからね」
メリエスはにやりと笑った。
「何を隠そう、私も向かう途中だったんだよ」
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