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第二章 私と618

3:進撃:六月十九日 午前十時半から 六月二十二日 午前一時二十五分まで 1

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 私はそのまま出社すると、当社はしばらくの間休業であると社員一同に伝達した。勿論、休業の間の給料は保証する。であるから――『軽率な行為』は極力控えてくれ。

 実は、十八日深夜から、東京方面に家族がおり、連絡が取れていない人間が続々と県外へ出る計画を立てている、もしくは、もう出発した、という情報がSNS経由で私に知らされていたのだ。
 殆どが国道で警察等に止められトンボ帰りする事になったのだが、今や貴重になりつつある燃料等を消費してしまう上に、ゾンビを増やす行為は、どう考えてもいただけないのだ。(余談だが、こんな状況でも宝くじが発売されたのには驚いた)

 以降、電話とメールを延々と繰り返す日々が始まる。
 都内の情報が段々と流れてくるようになったが、テレビの中継は相変わらずマンション一室からの実況が殆どであったのだが――


 六月二十日、正午過ぎ、伝説の放送が始まった。


 その時私は、昼食にそばを食べながら、地元の新聞を読んでいた。(関係者と話す機会があったのだが――大手新聞社は、ウェブ版は更新していたが、紙の方の発行は六月十九日から止まっていた。新聞を印刷する巻取りがある各工場は、国道等の寸断により孤立してしまい、十八日付けの新聞は印刷はされたものの、都内でトラックが襲撃されるなどの悲劇に見舞われ、それでもめげずに、所謂ブンヤ魂を発揮して、ゾンビを蹴散らす人達もいたらしいのだが、結局大多数は工場内に放置されることになった。よって、十九日からは印刷を止めたのだそうだ。――酒の席でのことなので、少々大袈裟になっている可能性あり)

 そんな折、Xから電話が来て、早く〇チャンネルをかけろとせっついてきた。私は妻と息子と共に、テレビの前に座る。

 なんと、カメラが屋外をうろついている。

 事態が始まってから二日。後に断水をしている地域は無かったことが判ったが、備蓄の無い独居の人間は食料等が尽きる頃合いである。また、ストレスによる体調の悪化も、ボチボチ始まっていたと聞く。
 某局テレビスタッフが滞在していたのは、一人暮らしの大学生宅であった。彼らは食料を持ち込んでいたが、総勢で八名、長期間もたせられるとはとても思えない。
 だから、食料等が尽きて動けなくなる前に行動に移ったらしい、と後に関係者から聞いた。

 彼らは中央線に面したマンションから、近くのスーパーまでの決死行を試みた。

 衣服は長そで長ズボン。首には季節外れのマフラーを巻き、部屋にあった段ボールを、腕や腿にテープで張り付けていた。 
 財布やスマホは持たず、武器としてバット、包丁、ドライバーに途中で拾った植木鉢数個、そしてガムテープと濡れタオルを携帯した。
 カメラは頭にセットするタイプのみで、物陰に隠れながら、無言で進むのみである。つまり、テレビ的にはダメな中継であろう。
 だが、この映像は大変貴重なものになった。彼らが後に、色々な賞を授与されたのは、当然と言えるだろう。

 まず彼らは、視聴者に対して、警告を行った。

 ――これは大変危険な行為である。しかし、事態が事態であるから、視聴者には参考として見てもらいたい。
 我々は外の連中に傷をつけられたら、帰宅する事を諦める。
 また、代金に関しては、この事態が収束した後、支払いをする。
 ルート、持ち帰る食料、非常時の行動に関しては事前に打ち合わせをした――

 概要をまとめると、こんな感じだ。 

 次に、彼らはマンションから出る際にエレベーターを使わなかった。音を恐れていたし、突然の停電で閉じ込められるのを警戒したのだ。(ここら辺が、事前に綿密に打ち合わせを行った成果だ)
 更に、実際外に出たのはスタッフ三人に、土地勘のある部屋主の大学生だけだったのも称賛されるべきだ。何しろ、道路には、まばらにゾンビ達が歩いており、移動には建物の透間や、壁の上を通るしかなかったからだ。

 彼らは一度も迷うことなく、スーパーに近づいていく。途中、家に立てこもっている老婆が、彼らを見て、すかさずメモ帳に何かを書き、まるめて投げてよこした。開けてみると、食料を分けてくれないか、とのこと。ディレクターは老婆にOKサインをだし、一同はそのまま進む。

 目的地のスーパーは、四階建てのビルの一階だった。二階は牛丼屋、三階はデザイン事務所。四階は法律事務所だった。
 彼らは大きく迂回して、裏側からスーパーの塀を乗り越え、ガムテープを従業員用トイレの窓に張り付け、濡れタオルを当てると、バットを打ち付けた。スタッフの一人が、以前、空き巣を特集した番組で、再現Vを作る際に、研究した知識を生かしたのである。
 彼らが侵入したバックヤードは、明かりが灯っていた。カートに乗った商品の間を縫って、スィングドアに近づくと、店内を伺う。
 店内も照明が点いていた。少しドアを開けると、冷蔵庫の音が聞こえてくる。
 彼らは一度バックヤードに引換し、事務所を探すと、中に踏み込んだ。

 ゾンビが一体いた。

 チェックの半そでシャツに、ジーンズの若い男のゾンビだった。首と頬の左側に、齧り取られたような傷があった。流れ出た血は、既に渇き黒くなっている。
 ゾンビは、最初壁の方を向いて立っていたが、ゆっくりと、体ごと振り返った。蒼白く強張った表情をしているのに、口だけは、だらりと開いていて、黒い舌が見えていた。
 四人の誰かが、ひっと小さく悲鳴を上げる。
 ゾンビはゆっくりと一歩踏み出した。ついで、脱力したような両の手を四人に向け、唸り声を上げた。カメラががくがくと揺れ出す。震えているのだな、とテレビのこちら側の私は、息を止めて見続ける。
 ゾンビはまた一歩踏み出した。と、画面の左端から、オレンジのバンダナを巻いた青年(これが部屋の主の大学生だそうだ)がバットで殴りかかった。
 ゾンビは首を捻るわけではなく、体ごとそちらに向き直った。直後、バットが左側頭部に当たり、真っ黒な物が壁に飛び散った。
 バンダナの彼は、一歩後ろに下がった。

 側頭部を凹ませ、鼻から真っ黒いタールのような血の塊を垂らしながら、ゾンビはまだ立っていた。眼球が両目とも右斜め上の方に寄っていて、殆ど白目のようになっている。なのに、正面にいる四人の方に、ゾンビは確かに、一歩踏み出した。

 だが、そのまま、膝から崩れ落ちた。
 四人は荒い呼吸をしていたが、ゾンビが床でゆっくりと手足を動かして這いまわり始めると、ショックから復帰したらしく、持っていた武器で、音をたてないように攻撃を始めた。
 一分もたたないうちに、バットとドライバーで、ゾンビは完全に動きを止めた。
 彼らは店内の監視カメラを、チェックした。
 他のゾンビはいないようだった。

 彼らは(自動ドアが勝手に開かないように)ブレーカーを一旦切ると、店内に侵入した。
 通りに面した一面は全て窓になっており、下半分がすりガラスになっている。
 彼らは姿勢を低くすると、『事前に計画していた物品+老婆への食料品』のみをバッグに詰め、ブレーカーを再び入れて、全く同じルートで退散した。(途中で老婆に食料をちゃんと渡した)

 異常な緊張感が漂う、三時間近い生放送だった。

 彼らは帰宅すると、腰が抜けたように動けなくなってしまった。それでも、カメラに向かって、視聴者に対する警告を再度行い、水で乾杯をした。
 アルコールや、煙草等の嗜好品を一切無視したのも好感が持てた。
 この中継は、ただちに他チャンネルでも放送され、ネット上にすぐにアップされた。今でも海外の類似動画と共に、再生され続けている。(後に彼らと老婆が一緒に会談する動画がアップされたが、こちらも再生回数が大変な事になっている)
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