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第二章:田沢京子
幕間:夢その弐
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どろどろと音が響く。
足元が揺れる。
バランスを崩して倒れ込むと、震えるアスファルトが熱くなっているのが判った。
鼓動が速くなり、息が速くなり、体の震えが速くなる。
悲鳴が聞こえる。遠くじゃない。近くだ。
ああ、夢だ。
いつもの酷い夢だ。
いつものあれが始まる。
顔を上げると、見慣れた自分の家がある。
だけど、違和感がある。
『今』のあたしの家のじゃない。
ざっとうなじに何かが吹きつけた。
半身になって後ろを見ると、住宅街の向こうから真っ黒い、まるで墨みたいな雲が湧き上がるのが見えた。と、きらきらと光が瞬いて、あたしの手の下でアスファルトがずるずると動き出す。
そこで気がつく。
あたしの手がやけに小さい。
あたしは声を出そうとした。けども口から漏れるのは、細く長い鳥みたいな鳴き声。父さんにも母さんにも、それから――にも聞こえない囁きみたいなものしか出てこない。
気配を感じて、辺りを見回す。
連中が立っていた。
真っ黒くて、ぼんやりしたそいつらは、体を震わしながら、同じ言葉を何度も何度も喋る。頭の中に直接入ってくるその言葉を締め出したい。指を頭のかなに入れて、繰り返される真っ黒い言葉を掻き出したい。
――あれあれが、あれあれあれあれが、また、さくさくさくさくさく――
眉間に手をやると、酷く熱かった。
ああ、夢が覚める。
悲鳴が聞こえる。とても遠い。どんどん離れていくようだ。
雲がどっと降りてきた。
渦巻くそれに、地面が飴のようにとろとろと柔らかく変形しながら巻き込まれて、巨大な蟻地獄が出来上がっていく。建物が、道が、花壇が、黒い連中が、世界が歪んで、滑り落ちはじめる。
そして、それは真っ黒い穴になり、裂け、開いて――咲いた。
そこに花が咲いた。
真っ黒い、巨大な花だ。
大きなあたしは叫ぶ。
けど、小さなあたしは、いつも通りに口を真一文字にして、アスファルトに転がったままだ。震動に跳ね上げられ、ころころと、花の縁に引き寄せられていく。
ああ、もう終わるんだ。
そんな、安堵が小さいあたしの中に拡がって行き、大きなあたしは恐怖のあまり叫ぶ。
助けて!
誰か、誰か!
力強くて暖かい腕が、あたしの小さな冷え切った腕を掴んだ。
だけど、その腕はみるみる焼けるように熱くなり、小さなあたしは悲鳴を上げる。
その時、あたしの耳に、子供の声が聞こえた。
助けて!
助け――誰か助け――麗香ちゃ――ママ!
きれぎれのそれは、何処かひどく遠い所から聞こえた気がした。
足元が揺れる。
バランスを崩して倒れ込むと、震えるアスファルトが熱くなっているのが判った。
鼓動が速くなり、息が速くなり、体の震えが速くなる。
悲鳴が聞こえる。遠くじゃない。近くだ。
ああ、夢だ。
いつもの酷い夢だ。
いつものあれが始まる。
顔を上げると、見慣れた自分の家がある。
だけど、違和感がある。
『今』のあたしの家のじゃない。
ざっとうなじに何かが吹きつけた。
半身になって後ろを見ると、住宅街の向こうから真っ黒い、まるで墨みたいな雲が湧き上がるのが見えた。と、きらきらと光が瞬いて、あたしの手の下でアスファルトがずるずると動き出す。
そこで気がつく。
あたしの手がやけに小さい。
あたしは声を出そうとした。けども口から漏れるのは、細く長い鳥みたいな鳴き声。父さんにも母さんにも、それから――にも聞こえない囁きみたいなものしか出てこない。
気配を感じて、辺りを見回す。
連中が立っていた。
真っ黒くて、ぼんやりしたそいつらは、体を震わしながら、同じ言葉を何度も何度も喋る。頭の中に直接入ってくるその言葉を締め出したい。指を頭のかなに入れて、繰り返される真っ黒い言葉を掻き出したい。
――あれあれが、あれあれあれあれが、また、さくさくさくさくさく――
眉間に手をやると、酷く熱かった。
ああ、夢が覚める。
悲鳴が聞こえる。とても遠い。どんどん離れていくようだ。
雲がどっと降りてきた。
渦巻くそれに、地面が飴のようにとろとろと柔らかく変形しながら巻き込まれて、巨大な蟻地獄が出来上がっていく。建物が、道が、花壇が、黒い連中が、世界が歪んで、滑り落ちはじめる。
そして、それは真っ黒い穴になり、裂け、開いて――咲いた。
そこに花が咲いた。
真っ黒い、巨大な花だ。
大きなあたしは叫ぶ。
けど、小さなあたしは、いつも通りに口を真一文字にして、アスファルトに転がったままだ。震動に跳ね上げられ、ころころと、花の縁に引き寄せられていく。
ああ、もう終わるんだ。
そんな、安堵が小さいあたしの中に拡がって行き、大きなあたしは恐怖のあまり叫ぶ。
助けて!
誰か、誰か!
力強くて暖かい腕が、あたしの小さな冷え切った腕を掴んだ。
だけど、その腕はみるみる焼けるように熱くなり、小さなあたしは悲鳴を上げる。
その時、あたしの耳に、子供の声が聞こえた。
助けて!
助け――誰か助け――麗香ちゃ――ママ!
きれぎれのそれは、何処かひどく遠い所から聞こえた気がした。
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