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そして話は未来へ

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「私はイスミルというエルフです。マグノリア帝国から、わざわざお越しいただき、ありがとうございました。きっとお疲れでしょうから、今夜はゆっくりなさってください。それより、貴方は、広場での催し物には、参加されないのですか?みんな、お酒も入って、夜の、浮かれ騒ぎをしていますよ。ご婦人方も、楽しそうだ」
「あいにく、俺はそういった類のものに、今日は参加する気分ではなかったんです。どうも、疲れがたまっていまして」と、クロードは素直に胸中を語った。確かに、彼の顔には、疲労の影が見えた。
「そうですか、それではなおさら、今夜はゆっくりなさった方がいい」
「まぁ、11時から3時までは、私の担当でして、護衛の任務に就かねばならないのですが」と、クロードは苦笑まじりに言った。
「それはどうも、お疲れ様です、としかいいようがない。それより、貴方のお名前は」
「俺は、クロード・グラニエと言います。帝国で学び、試験を受けて国のお抱え魔法使いになった19歳です」
「そうですか、クロードというのですね、どうぞよろしく」
「イスミル……さんとおっしゃいましたね。俺は、一つ、エルフに会ったら、質問したい事があったんです」
「ほう、なんでしょう。お答えできることなら、答えましょう。代わりに、私にも、人間の暮らしや諸外国の地理・風土について、もう少し詳しく教えて下さるならね」と、イスミルが微笑む。
「イスミルさんの知りたがっていることなら、俺になら提供できると思いますが。俺が知りたいのは、トリステスのことについてなんです。実は、知人に、トリステスを持つ者がいまして、俺は、その子のトリステスを治療するすべを探しているんです。そのために、国家試験を受けて、外国に行くチャンスをつかめるこの職を選びました。しかし、いろんな国に行きましたが、なかなか、トリステスの情報を思った様に得られなかった……」
 イスミルの優しい微笑み顔が、急にこわばったような気がした。
「そうですか、トリステス……。それは確かに、人間には治せないものですね」と言って、イスミルの目が鋭くなり、その青い目が、クロードの目を覗き込んだ。
「人間には?ってことは、やっぱり、エルフなら治せるってことなんですか?」
 イスミルは、やや考え込むようにして、言った。
「そもそも、トリステスというのは、罰であるということを、あなたはご存じないようだ。トリステスは、人間であれ、エルフであれ、闇の禁術を使ったものに発症するものなのですよ。だから、誰も話にも出さないし、ふれようともしない。それは、タブーに近いものだからなのです。エルフの間でも、一時期、トリステスが数多く発症する時期がありましたが、その時代のトリステスといっても、だいぶ昔のことです。それらも、もちろん治療する医者が出てきて、エルフのトリステス発症者は、ほとんどが治癒しました。しかし、人間となると、エルフの間でも、『禁忌をおかした人間魔術師のことなど、放っておけ』という意見のものが多く、治療法をわざわざ探してあげる者すら少ない始末です。かといって、人間に治せるものではなく、治せるのは、やはりエルフだけでしょう。皮肉なものですけどね」
 イスミルのそのセリフに、クロードは落胆の表情を隠せなかった。やっとつかんだ手がかりだった。エルフの国に仕事で来ることができ、そこで出会った一人のエルフから話聞けたと思ったら、トリステスを治す手段を持つエルフですら、人間のトリステスまでは治す気はない、といってきたのだから。
「先程おっしゃっていた、トリステスを持つ知人さんというのは、あなたにとって近しい者なのですか?」
「実は、あなたを信用して打ち明けますが、その者は私の従妹なのです。そして、俺自身は、その従妹の母親から、死に際に、魔力をもらいました。悪魔の力を使って」
 途端に、イスミルの表情が変わった気がした。
「それはよくありませんね。何があったとしても、悪魔の力を借りるのはリスクを伴いますよ。その悪魔の力を使って、母君からあなたに魔力を移したのは、どなたなのですか?」
 よく考えてみれば、クロードは、まだ幼かったため、トリステスの魔力を移した魔法使い・・・確か、伯母さんや伯父さんの知り合いだと言っていたが・・・については、よく知らないことに気がついた。
「従妹の両親が信頼する、知り合いの魔法使いだとだけ、聞いています」
「でしたら、その知り合いの魔法使いさんとやらは、かなりの代償を負ってますね・・・それも、おそらく、自身の命や、それに値するぐらいのものを代償として、悪魔と契約したはずです。トリステスは、もともと禁術を作ろうとした魔法使いに発症するもの、といいましたが、禁術のほとんどが、他人の魔力を奪い取ったり、他人の生命力を奪おうとしたりするものでしてね。そのせいか、そこから生まれたトリステスは、悪魔の力を使ってのみ、例外的に、自身の魔力を、他人に移すことができる。そして、その力によって、魔力を移されたのが、貴方というわけですね。いやはや」
クロードは、少しむっとして言った。
「俺は、この、伯母さんから頂いた魔力を、正しい道に使おうと決めています。そして、当分の間、俺にとって、それは、従妹の命を助ける方向に向けるつもりです」
「そうですか。では、最後にご忠告を二点だけ。まず、トリステスの持つ闇の力を狙う者が、死霊の国にいると聞きます。なので、従妹さんを守られたいのなら、そこにはご注意を。あと、もうすでに悪魔から力を受け取られている貴方に言っても無駄かもしれませんが、悪魔とだけは、関わらないことをおすすめしますよ。ろくなことになりません。間違っても、貴方が、その従妹さんのトリステスを使って、魔力を別の方に移そうなどとは、お考えにならないことを祈るばかりです」
 クロードは、そのご忠告、心に刻んでおきます、と言って、立ち上がり、その場を離れようとした。
「ちょっとお待ちになってください、クロードさん。まだ、貴方は、私との約束、果たしてませんよ。諸外国の地理について、教えてくださるのでは・・・?」
「そうでしたね・・・」
 クロードは、ため息をついて、再びイスミルのとなりに腰を下ろした。
 イスミルは、トリステスのことを、悪者の発症する者のように言った。それは真実かもしれないが、まるで「シュザンヌまでが悪者である」かのように言われるのは、彼にとって嬉しくなかったし、嫌悪感を覚えた。だから、もう話を聞くのはやめよう、と思ったのだったが。
 しかし、イスミルには悪気はないようであった。
 彼とイスミルは、その後15分ほど話し合った。イスミルは悪い人には見えなかった。
 やがて、イスミルは、ご婦人方と話してこようかな、と言ってその場を去った。クロードはその場に残ることにした。
 その後、クロードの脳裏に浮かんだのは、イスミルが発した忠告だった。トリステスの持つ力を狙うものの存在、そして悪魔とだけは関わるな、という二点の忠告。
「悪魔か、」とクロードは呟いた。
 後に、自分が、悪魔を呼び出して、シュザンヌの魔力の一部を、ハンスに与えることになるとは、この頃は、クロードはまだ知らない。
 しかし、このイスミルとの出会いにより、悪魔とトリステスとの関係性について、彼が独自に調べるようになったのは、事実であった。
 悪魔を呼び出し、使うことによる「重い代償」。それについても、彼は知っていたはずである。しかし、クロードは、シュザンヌの魔力をハンスに与えた。
 それは、かつて彼の伯父や伯母が、自身の魔力を移すときに、知人が果たした役割を、彼自身がつとめたということに他ならない。
 しかし、彼は、ただ悪魔に利用されるだけでなく、悪魔を利用して、シュザンヌを、さらには彼女の婚約者であるハンスの命を救うための、手だてを考えていたのであった。

                                                《完》




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