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第六章 マリウス・ホフマン

夫妻との別れ

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「明日、午前中に出発だ。便の予約も幸いなことに空いていた。決まったよ、ゾフィ」と、ロントラが言った。パラパラと、毛皮の外套から雪を払う。
 その日は、ゾフィからのユニコーンの話が進展した。
「ユニコーンを見たものが少ないのはね、この世界にいるものの、この次元の生き物ではないからなのよ」と、ゾフィ。
「ゾフィさん、そのような話はとてもためになります。が、そのような話は、いったいどこでお知りになったんですか?」と、クロード。
「私の家系は魔法使いはいないんだけど、私は幼少期に祖母から聞いて育ったわ。私の家に代々伝わるユニコーン伝説、みたいなものかしら。リラの家庭にはわりと多いのよ。リラは、ユニコーンやドラゴンなど、神秘の魔法生物が多いと言われる国ですから」と、ゾフィがちょっと誇らしげに言う。
「なるほど」
「ええ、そうなのよ。続けるとね、ユニコーンは、額の真ん中かららせん状の角が一本生えている白馬なんだけど……」と、ゾフィのお茶話は続く。全員、ロントラ以外が席に着き、ハーブティーをのんでいるところであった。
「魂の導き手でもあってね。願い事がある人間の前に現れてくれるらしいのよ。私の祖先も、一度会ったことがあるらしいわよ。たとえば、眠りの中……夢の中に現れる、という学者もいるわ」
 それについては、シュザンヌにも思うところがあった。あの不思議な夢……「さよならへのプレリュード」という言葉……。
 あの夢は、いつも見るほかの夢とは、どこか違っていた。もしかして、ゾフィさんの言う、ユニコーンと、何か関係があるのだろうか……?
「さて、お茶話はこれぐらいにしましょうか」
「私は、もっと聞きたいです」と、思わずシュザンヌが口にした。
「そう?」と、ゾフィが嬉しそうに微笑む。
 その日は、外は吹雪でごうごうと、窓を叩く雪の音がしながら、暖炉のある室内で、ゾフィたちとの談話を楽しんだ。
 その日一日ベッドで休んだノエリアも、夕食のころにはすっかり体調も回復したようで、あとは次の日の、馬そりの出発を待つのみとなった。
「クロード君」と、ロントラが言った。
「君たちの旅の成功を祈っているよ……ドラゴンにも、きっと君たちなら、会えるさ」と、ロントラがウィンクする。
「ありがとうございます」
 やがて、夜も明け、次の日の朝となった。シュザンヌが目を覚ますと、いつものように、従兄が早起きして、何やら書物を読んでいるのが見えた。
「よっ」と、床に寝ころがっているクロードが、本をたたんで、目を覚ましたシュザンヌに言った。
「シュザンヌ、君の体調は大丈夫かな。ノエリアだけでなく、君にまで倒れられたら、困るから」と、クロードが苦笑いする。
「俺のせいだな。もっと休憩を多くとってればよかった。そうすれば、ノエリアに無理をさせることもなかったんだ。たまたま、近くに民家……ロントラさんたちが協力してくださって、助かったが」
「本当にね。クロードのせいとは思わないけど……ゾフィさんたちには、感謝しなきゃ」
「ああ、旅が終わったら、何かお礼でもしたいところだが、いつかリラの国に立ち寄ることになったら、お礼しに来ようかな」と、クロードがやや寂しそうに言った。
「そういえば、クロード、本当は春から、魔法ギルドに入る予定だったんでしょ?確か、帝国屈指の魔法ギルド、イルミナティに入る予定だった、って手紙に書いてたわよね」
「ああ、そうだな……」と、クロードが遠い目をする。
「延期にはなったが、いずれはそこに入って、一介の魔法使いとして、働くつもりさ」
「一介の魔法使いどころか、帝国護衛係卒のエリート魔法使い、でしょ」と、シュザンヌが微笑む。従兄が誇らしいのだ。
「ありがとな、シュザンヌ。まあ、俺も少しのんびり頑張るとするよ……宮廷勤めで、多少疲れてな」と、クロードが苦笑いする。
「クロード、手紙ではあんまり宮廷勤めの様子、教えてくれなかったけど、いつか私にも詳しく教えてね」
 まさか、宮廷勤めの護衛係に進んで入ったのは、諸国をめぐり、シュザンヌのトリステスを直す手段を探り出すため……とは言えなかったクロードは、苦笑して「おう、いつか詳しく聞かせるから」と微笑む。
 クロードが先に、ゾフィたちのいる居間に出て行った。シュザンヌとノエリアはドレスを着替え、同じく居間に出て行った。
「お世話になりました、ロントラさん、ゾフィさん」
 と、ロントラ&ゾフィ夫妻のいる家から出立するとき、クロードたち一行はそう言って頭を下げた。
「いつか、お礼に伺います。何年後になるか分かりませんが、近いうちに」と、クロード。
「そういえば、君、この旅が終わったら魔法ギルドで働くって言ってたもんね。近くに来たら、いつでも寄ってくれ」と、ロントラが微笑む。住所を紙片に書いて、クロードと、シュザンヌとノエリアに手渡す。
「リラの国、フィシ村のロントラ・アヴジュシナ、と書いて送れば、届くから、いつか手紙でも書いてくれ」と、ロントラが言う。
「はい、お手紙、必ず書きます!」と、シュザンヌ。
「お世話になりました、ゾフィさん。おかげで、元気になりました」と、ノエリア。
「これからは、休憩も取りつつ、無理せず、旅、頑張ってね、3人とも!応援してるわ」と、ゾフィがにっこり微笑む。
 ゾフィとロントラと、固く手袋越しに握手して、クロード一行は家を後にした。吹雪はやみ、今は空模様も穏やかだ。曇ってはいるが、しばらくは吹雪はなさそうなように思えた。
 昨日、ロントラから馬そりの場所やシステムについて教えてもらったクロードは、二人に「マーヴェラス・キャンドル」の加護と、コートの呪文をかけ、徒歩で近くの村・ポワールの村へと向かった。
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