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第四章 砂漠の国ハシント

月文字の本

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暖炉は、このあたりでは、寒い時期に使うものなのだろう。今は薪が用意されてはいるものの、最近使用された形跡もない。彼女は、薪を数本ずつ取り出し、暖炉の外へ置いた。すると、薪で隠れていた暖炉の底に、扉のようなものが見つかった。彼女はその取っ手を握り、思いっきり上に引っ張った。
 ギギギ……と、耳が痛くなる音とともに、さびた扉はゆっくりと上に持ち上がった。そこから見えたのは、地下の部屋へと続く隠し階段だった。
「ノエリア、あなたはクロードのそばにいてあげて。私、ちょっと下を調べてくるから」
「う、うん、分かった!」
 シュザンヌは、アルデバランの炎をそのまま空に掲げ、たいまつ代わりに、そのまま階段を降りて行った。
 階段はそんなに長くなかった。10秒もしないうちに、彼女は隠された地下室の床に降り立っていた。相変わらずの真っ暗闇だが、ともした炎のおかげで、周囲の様子が見える。どうやら、隠された宝物庫のようだが……。床には、半ば無造作に、盗まれたと思われる盗品の数々が積まれていた。銀の食器、金でできた壺、有名そうな絵画。そして、何百冊と積まれた古そうな本。他にも、宝石が埋め込まれた首飾り、ブレスレットなどなど、お金になりそうなものが置いてある。
 若干その光景に戸惑いつつ、自身が捕まった集団が、人さらいの盗賊団だったことを思い出し、彼女は冷静にそれらの品を眺めた。この中に、何か役に立ちそうなものがあるかもしれない……いや、それ以前に、これらは持ち主のもとへ帰されるべきなのだろう……。
 しばらくの間、それらの品を調べていた彼女が、背を向け、階段を上がって上に戻ろうとしたその時……。
「シュ、ザンヌ……」
 階段をコツコツと降りてくる、その足音と共に、懐かしい声がした。かすれてはいるが、まぎれもない、従兄の声である。
 見上げれば、ノエリアに手を貸してもらいながら、クロードが苦笑いを浮かべて階段を降りて来ていた。
「クロード!目が覚めたの?それより、歩ける状態じゃないじゃない……!」
 慌てて、シュザンヌもクロードに手を貸す。
「は、は……。悪いな、こんな姿で。だが、なんとか意識は戻った。それより、地下には、何があった?」
「あの時何があったか、あとで聞くからね、クロード。えーとね、地下はどうやらあいつらの宝物庫だったみたいよ。本やら宝石やら絵画やら、たくさんあったわ」
「そうか、少し興味がある。最初、俺たち……に声をかけた男が言ってたろ。ユニコーンに関する情報を持ってるって。あれは、はったりだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。いずれにしろ、俺は、奴らが何らかの情報筋をもっていたと考えている……」
 苦しそうな従兄を支えつつ、3人はようやく宝物庫の階下へ降り立った。
「クロード、これが、さっき言ってた本なの。もし情報があるとしたら、きっとこの中に……。でも、この本、メルバーンとは違う言語で書かれていて、私にはタイトルすら読めなくて……」
 少し休んでから、従兄の様子は多少は改善したようだった。
「ったく、魔力をほとんど持っていかれちまった結果がこれかよ……。さて、と。じゃあ、本を見てみるかな……」
 そういって、従兄は100冊ほど無造作に積んである本の束を一冊一冊、タイトルを見ていった。
「シュザンヌ、これは俺たち、当たりくじをひいたかもしれないぜ」
 その言葉とともに、クロードは、5冊ほどの本を取り出して見せた。
 5冊のうち4冊は、シュザンヌには読めない言語で書かれているものだった。しかし、1冊だけ、マグノリア帝国の文字で書かれていることだけはわかる本があった。
「これなんだよ、シュザンヌ」と言って、クロードはマグノリア帝国の文字で書かれた1冊の本を引き抜き、残りの4冊を、ありがたそうに自分のバッグの中に入れた。
「この4冊は俺がありがたく受け取るとして……と。シュザンヌとノエリアには読めないだろうけど、っていうか、ここらのアジトの奴らにも、おそらく高価そうという理由だけで、読めもしない本をとっておいたふしがあるがな…。この1冊。ノエリア、おまえにもわかると思う。これは、俺が育った帝国の本だ。重要なのは、この本のタイトルや中身じゃない。ちなみに、この本のタイトルは、『聖遺物辞典』で、マグノリア帝国の宗教に関わるものであって、ユニコーンやドラゴンとは一見なんの関係もない。本の中身も、ユニコーンやドラゴンとは関係ない。ただし、この本の背表紙に、ある人のサインがある」
「サイン!?」と、シュザンヌ。
 頷いて、クロードが、その1冊の本をくるりと裏返して見せた。しかし、そこには何のサインらしきものはない。ただの本の背表紙……黒緑色の背表紙が続いているだけである。
 だが、一瞬ののち、シュザンヌには分かった。
「月文字ね?これ……なんか魔法の気配がすると思ったら!」
「その通り、シュザンヌ」とクロードが、その本もバッグに入れつつ、二人に一緒に上の階に上がるように促した。
 隠し階段を上がりながら、ノエリアがきょとんとした声で聞く。
「月文字って?月でしか読めない本のこと?何の話してるの、シュザンヌ、クロード?」
「あのね、月文字っていうのは、魔法使いが一般の人には見えないようにするいたずらのような、トリックのようなものなんだけどね。しかけは単純、ある技法にのっとって、ある特殊配合したインクで書くと、月明かりですかしてみないと、見えなくなるのよ」
「なるほどね。それなら私にもわかるわ」
「うん、そんな感じなのよ」
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