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第三章 タイプ20のトリステス

地下水路

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「やはり、あなた方には旅を続ける使命がおありのようだ。こうして出会ったのも何かのご縁でしょう。あの悪魔が悪いのであって、あなた方は悪くない。さあ、早く、この聖堂から脱出しなさい。聖堂からの抜け道は、私が知っています」
 ハンスは、カルロスが書いたメモ紙を読もうとしたのだが、カルロスがわざとハンスに見えないように素早く手渡したため、見ることはできなかった。
 ラナドはメモ紙を魔法で燃やすと、カヤールをその場に残し、カルロスとハンスについてくるように指示した。
「大司教様……どうしてあんな奴らを助けるのですか………」
 泣き崩れる信者たちと一緒にその場に残されたカヤールは、ただそう呟いて、ポカンとしているしかなかった。12人の信者が亡くなったのだ。おまけに、聖堂の内部は少し浸水し、血と肉片でめちゃくちゃ、ときている。みなの信仰の支えであった、女神サラソタの像も粉々だ。
 一方で、そのころ、ラナドとカルロス、そしてハンス達3人は、聖堂の奥の扉を抜け、ラナドの導きのもと、秘密の地下通路へと降りて行っていた。
 カルロスは冷静に、ラナドについて行っているが、ハンスはどことなく目が虚ろで、カルロスに半ばひっぱられるようにして走っている。
「おい、ハンス、ほうけるのもたいがいにしろ。どうした、あの化け物が怖かったのか?それとも、肉片の残酷な光景に、やられたのか?」
「違うさ、ただ、俺のせいで、たくさんの人が死んだって思うと……それに、カヤールも、俺のせいって、言ってた……」
「お前、鍛冶屋の息子に生まれて、剣術の扱いにはたけてるみたいだが、実戦経験はないに等しいな?」
「学校の授業じゃ、あんなふうに人が死ぬなんて、言ってなかった……」
「まあ、普通の剣技ではああはならないな。あれは、悪魔が人を、死生術ではじけさせたから……」
 そこまでカルロスが言ったところで、信者の最期の無残な光景を思い出したのか、ハンスが急に立ち止まり、胃の中のものを戻してしまった。
「ハンス殿!」と、ラナドも立ち止まり、心配する。
「大丈夫か、ハンス……」と、カルロスがハンスの背中をさする。
「くっそ……」
「え?」
「くそっ、って言ったんだよ!俺がもっとうまくやっとけば、信者はあんなに死ぬことはなかったんだ。いや、最悪、俺がこの身を差し出しとけば……誰も死なずに……済んだんだ……」
「ハンス、そんなこと言うんじゃない。よく考えろ……お前が死んだら、シュザンヌはどうするんだ?」
「……カルロス……俺は、いったい、どうすればよかったんだろうか?何が正義で、何が正しいのか、俺にはよくわからない……」
 とはいうものの、立ち止まるわけにもいかず、2人はハンスを支え、なんとか地下通路を進み、ラナドは見事地下通路への侵入する唯一の扉を完全にしめ、鍵をかけた。
「この錠前の鍵は、私しか持っていない。これで、あなた方は安全だ。町の中を変装して逃げたらいい、と言ったが、あれはカヤールを欺くための嘘だった。この町にも、魔法を使える人間は多数いる。そんな変装も、見破られるだろうから、意味がないからな」
「なるほど、だから我々の存在も、変装のかいなく、あなた方に見破られていた、ってわけか」
 カルロスが、あのわいろをやった老婆の笑顔を思い出していた。ラナドが頷く。
「この地方……つまり、あなた方か来たであろう、魔法の本場、メルバーンやマグノリア帝国、エルフの国イブハール、それ以外の地域にも、あなた方の使う魔術とは異質かもしれんが、魔法を使える人間は数多くいる。これから、あなた方は山脈を超えると言ったが、あなた方の知らない魔法を使う人間には、気を付けることだ……この世界には、あまりにも多くの未知の魔法が存在している。それは、一種の神秘だ」
 言いながら、ラナドは光をともす呪文を唱え、壁に立てかけてあったたいまつに火をともし、真っ暗に近い地下通路を、2人を案内した。
「ここからは、走る必要はないだろう。……ハンス君も、そんな状態ではないだろうし」
「……俺は、もう大丈夫です。……ただ、自分のしたことに、自信が持てなくて」ハンスがうつむく。
「若者よ、おぬしには、シュザンヌという、将来を約束した大切な人がいるようだが。察するに、そなたの旅の目的も、その女性によるものでは?」
「おおもとは、そうです。いや、その通りです」と、カルロスが代わりに答える。
「……ふむ。ハンス殿、“恋”とは、いや”愛“とは、難しいものかもしれない。しかし、君は一人の女性を幸せにできる男性だと私は思う。あれほどの強力な悪魔に目を付けられるほど、今回の件は重大ごとということだろう。私にも察せられる。何かの強力な因果が働いているようだ。信者たちには、私から説明しておく。地下通路で、密かに君たち二人を始末したとでも、言っておこう。偽物の死体を作ることなら、エルフのカルロス殿、あなたにならできるはずです」
 ラナドは、通路の脇に流れる地下水路を指さした。そこに、死体を作って沈めろ、とでも言うかのように。
 一瞬の躊躇ののち、カルロスは「はい、できます」と答えた。
「ならよろしい。さて、ハンス殿、自分の運命から逃げぬことだ。それが、死んでいった信者たちへのせめてもの償いにもなるだろう。この先、何が起こるのか、私にもわからんが、それでも、私は君には、進んでもらいたいと思っている」
「……ラナドさん……」ハンスの目に、光が戻ってくるのが、感じられた。
「自分の運命から、逃げない、か……」と、ハンス。
「その通り」と言って、ラナドは複雑そうな顔をした。
〈この若者のせいで、信者たちが多数死んだのは事実。だが、だからと言って、この二人の旅人の背負う重大な旅の任務を、邪魔するわけにはいかんな〉と、ラナドは心中密かに思っていた。
「この地下通路を進み、分岐点を曲がり、40分ほど歩くと、町の外に出て、エンテ山脈の中に通じています。この町の地上を通らずに、山脈へと行けるのです」
「何から何まで、感謝する、ラナド大司教」と、カルロスが礼を言った。
 3人はしばらく無言で歩いていた。
 心の整理がついたのか、ハンスがふとカルロスにこう質問した。
「カルロス、今ここで、聞いてもいいか……さっきの答えを。奴らがシュザンヌを狙う理由と、シュザンヌのトリステスについて……お前、何か、隠してるだろ」
「私が聞いてもいい話なのですか?」と、ラナド。
「いいよな、カルロス」とハンス。
「……」カルロスは、立ち止まり、腕組みをしてしばし考えていたが、少しして目を開けて、ハンスをじっと見た。
「いいだろう。だが、これを聞いて、ハンス、お前は俺をそのあとも信用してくれるかな?俺は俺なりに、この旅を楽しんでいるつもりなのだがな。お前の成長を見たいと思ってるしな」
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