上 下
4 / 93
第一章 それぞれの旅立ち ~シュザンヌとハンス~

フェリクス先生

しおりを挟む
しかし、どうせ行くなら、クロードからの手紙の結果が届いてからでも遅くない、と思い、ハンスの家に行くのはやめておいた。ハンスは、色々とやることがあると、言っていたし。
 彼女は、自分の家に帰ると、二階の自室で、叔母さんが買ってきてくれた、昔からある木製の籠の中に眠っている自分の相棒を見やった。
 相棒は、すやすやと寝息を立てている。
「ステファン、ロロ……」
 シュザンヌは、そっと手を伸ばし、眠っている二匹のカーバンクルの背中をなでた。
 ステファンは眠ったままだが、ロロは目を覚ました。
 たちまち、ロロが「ミャア」となき、シュザンヌの手を伝って、肩に飛び乗った。
「今日の餌、二回目、まだだったわよね。ごめんね、ハンスとノエリアに会ってきたから、遅くなっちゃった。今、あげるからね」
 シュザンヌは、ロロを肩にのせたまま、自室のクローゼットへ向かった。そこに、餌がしまってあるのだ。
 ステファンとロロは、シュザンヌの両親がもともと飼っていたカーバンクルから、生まれた双子の子供だった。普通、カーバンクルの額には赤い宝石がついているのだが、この双子には、青い宝石がついていた。毛並みの色の違いで、シュザンヌには二人の区別がついた。
「ステファン、ロロ……あなたたちの、力を借りるときが、来たかもしれないわね」
 と、彼女は二匹に語りかけた。ステファンが、片目を開けて目を覚ましたようだった。
 次の日。シュザンヌは目覚まし時計のベルで目が覚めた。朝日がベッドに差し込む。
 そう、今日は彼女の魔法の師匠からの、最後の授業の日だった。彼女は、両親が生前に指定していた、フェリクス先生のもとに5歳の時から通い、個人授業を受け、さらに7歳から15歳までは、並行して、普通の、魔法とは関係のない学校に通っていた。ノエリアと同じ学校だ。ノエリアは、魔法を受け継いでいなかったので、学校卒業後は、高等学校へと進学した。シュザンヌは、学校卒業後、フェリクス先生からの魔法指導を、量を増やして教えてもらっていた。
 彼女ももう17歳であり、旅に出ることも、フェリクス先生には告げていた。
 彼は、ハンスとは違い、5歳の時から知っている愛弟子の実力を認めていたため、あっさりと旅に出ることに対し「OK」を出したのだった。ただし、「本当に危険だと感じたら、すぐに引き返すこと」というのが、条件ではあったが。
 個人塾で魔法を主に学んだシュザンヌと違い、いとこのクロードは、メルバーンからマグノリア帝国に6歳のころ引っ越したのち、7歳から、帝国の魔法学院に入り、以降14~15歳まで、学院で研鑽を積んだと聞いている。そもそも魔法使いの人口が多い帝国には、メルバーンにはほとんどない“魔法学院”が、各地域にたくさんあった。
 クロードが入学したのは、住んでいた地域が首都だったのもあり、かなり有名な魔法学院で、その中でも、彼はトップクラスの成績を持っていたらしい。だからこそ、15の卒業後、王宮の護衛任務のチームに抜擢されたのだ。クロードは、魔法学院に入る前は、シュザンヌと同じ、フェリクス先生のもとで彼女と同じように魔法を学んでいた。
 彼女は朝ごはんを食べ、約束の9時には、家から20分ほどの、フェリクス先生の営む個人魔法塾に到着していた。
 シュザンヌの他にも、生徒が数名おり、指導する先生も、2~3人はいた。
「シュザンヌ!フェリクス先生が中でお待ちだよ」
 と、今日の、学校が冬休み中の小学生を指導する、若い講師であるマルセル先生が爽やかに言った。
「おはようございます、マルセル先生。はい、会いに行きますね」とシュザンヌは言って、下級生たちを眺めつつ、教室の奥の部屋へと入っていった。
 シュザンヌが奥の教室――第二教室へと入ると、その安楽椅子に、フェリクスが座っていた。先生は40~50代で、シュザンヌを見てとると、椅子から立ち上がり、笑顔で彼女を迎え入れた。
「やあやあ、シュザンヌ、来たね」
「おはようございます、先生」
「おはよう。昨年、君がハンス君との結婚を決めて、婚約してからというもの、今年でレッスンは終了する予定のカリキュラムで組んできたが、それも今度の旅に役立ちそうで嬉しいよ。君は、占い魔法だけでなく、一般の魔法にも浅く広く触れさせてきたつもりだから、その知識もきっと役立つだろう」
「先生、その”旅“のことなんですが。ハンスに話したら、クロードを連れて行くならいい、と彼が言ったんです」
「クロード……そうか。彼を。懐かしいね。今も、王宮で警護の任務にしっかりと就いていると聞いているが」
「はい。彼にも、昨日速達で手紙を出しました。早ければ、明日か明後日にでも、返事をくれるでしょう」
「そうか。彼がついてきてくれるなら、旅の成功度を格段に高めることができるだろう。ハンス君も、いい判断をしたね」
「はい。でも先生、なんでもハンスまで旅に出ると言うんです。それも、シー・サーペイントのうろこを取りに、死霊の国に行くなんて言うんです!」
 その言葉に、フェリクスは一瞬凍り付いたように立ち尽くした。
「死霊の国、か……。その公募なら、私も見たよ。なんでも、シュザンヌ、君の病気を完全に治せるらしいな。しかし、そのクエストにハンス君が……。彼は確か、魔法が使えないと聞いているが」
「そうです。魔法使いの家系でもないはずです」と、シュザンヌは半ば懇願するように先生を見た。
「このままじゃ、ハンス、死霊の国で確実に死んでしまいます……彼は、何か”秘策がある“とか言ってましたけど。先生、どうにかならないでしょうか?」
「うーん、確かに、魔法が使えない者が、死霊の国で、闇の魔法使いや、死霊、亡霊たちとやりあうのはつらいところがある。いくら剣の腕がたつと言ってもな」
「そうですよね?」
「そうだな。しかし、ハンス君がそういうのなら、何か本当に“策”があるのかもしれん。それは、彼のみぞ知る、だが。彼に、その秘策について、聞いてみることはできないのかね、シュザンヌ?」
「はい、私聞いてみたかったんですが、“旅立ちの日になったら教える”とか言ってました……でも、今日にでももう一度、聞いてみてもいいかもしれません。今日が無理なら、明日にでも」
「そうだな」
 二人はそのあと少し会話をしたのち、いつもの魔法のレッスンに入った。
「今日が最後だ、シュザンヌ。旅は一週間後と聞いているしな」と、フェリクス先生が言った。
「はい」
「今日最後に教えるのは……。死霊の国に使えるものにしよう、と思う。私はかつて若い頃、一度だけ死霊の国に行ったことがある。その時は、私の師匠と一緒に行ったのだが。いいか、死霊の国では、光をともすことだけは忘れるな。死霊の国は、亡霊がうずまいており、いつでも濃い霧が発生していて、すぐに道を失ってしまう。だが、灯りをともしていれば、悪い生き物は恐れをなして、あまり近寄ってこなくなるし、灯りを頼りにしていれば、方角がおのずとわかる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能少女の逆襲 〜属性吸収で世界を救う〜

 (笑)
恋愛
異世界に召喚されたエリスは、王国から「無能」と蔑まれ、追放されてしまう。しかし、彼女に秘められた力「属性吸収」は、実はあらゆる属性を自在に操ることができる最強のスキルだった。過酷な旅の中で力を開花させたエリスは、かつて自分を見下した者たちに立ち向かい、世界を救うために立ち上がる。彼女の逆襲劇が今、幕を開ける――。

こもれ日の森

木葉風子
児童書・童話
広い広い地球の中にある 森の一角 そこに存在する森 ーこもれ日の森ー 多くの木々の間から溢れる 暖かい太陽の光 その森の中にいる たくさんの命 それを育む緑の木々たち このお話しは そんな森の中で 生き抜く動物たちの 神秘の物語です

自由を求めた第二王子の勝手気ままな辺境ライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
旧題:追放王子の辺境開拓記~これからは自由に好き勝手に生きます~ ある日、主人公であるクレス-シュバルツは国王である父から辺境へ追放される。 しかし、それは彼の狙い通りだった。 自由を手に入れた彼は従者である黒狼族のクオンを連れ、辺境でのんびりに過ごそうとするが……そうはいかないのがスローライフを目指す者の宿命である。 彼は無自覚に人々を幸せにしたり、自分が好き勝手にやったことが評価されたりしながら、周りの評価を覆していく。

短歌まとめ

もりのはし
現代文学
朝ドラの影響で短歌を始めました。 全ページに画像がついています。 *他サイトにも掲載しています。

死んだはずの悪役令嬢の肖像画、お届けします。

凪鈴蘭
恋愛
ある日皇太子に恋焦がれる、スフィアという一人の少女がいた。だが彼女は子爵令嬢。皇太子とは到底釣り合いの取れない身分である。だがスフィアは優しく美しく、誰からも愛される。 だからそんな彼女の恋を応援しているがため、皇太子の婚約者で ある公爵令嬢、エスカドールを邪魔に思う貴族会の人間は少数だが存在した。 そしてある日、エスカドールは幼なじみである男二人に殺害されてしまう。彼らもまた、誰からも好かれるスフィアの虜だった。 皇太子の婚約者である公爵令嬢が殺害された故、世間は大きくざわついた。彼女は、本当に殺害されたはずだ。はずだった。 だが彼女の死後、出回るはずもない、死んだはずのエスカドールの肖像画がオークションに出品された。だがそれは一度とならず、二度も三度も出品され続ける。 本作品、「死んだはずの悪役令嬢の肖像画、お届けします。」は 恋愛小説大賞にエントリーしております。書き始めたばかりではありますが、この小説が良いな、と思った方は投票、ご愛読のほどよろしくお願い致します。

追い込まれた探偵助手は逆襲の夢を見る

崎田毅駿
ファンタジー
名探偵の寵愛ほしさのあまり、ワトソン達の足の引っ張り合いの結果、殺人の濡れ衣を着せられた僕は、縁明師なる者の特殊な力を借りて、果たしてざまぁできるのでしょうか?

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

幸せを知らない令嬢は、やたらと甘い神様に溺愛される

ちゃっぷ
恋愛
家族から産まれたことも生きていることも全否定され、少しは役に立てと言われて政略結婚する予定だった婚約者すらも妹に奪われた男爵令嬢/アルサイーダ・ムシバ。 さらにお前は産まれてこなかったことにすると、家を追い出される。 行き場を失ってたまに訪れていた教会に来た令嬢は、そこで「産まれてきてごめんなさい」と懺悔する。 すると光り輝く美しい神/イラホンが現れて「何も謝ることはない。俺が君を幸せにするから、俺の妻になってくれ」と言われる。 さらに神は令嬢を強く抱きしめ、病めるときも健やかなるときも永遠に愛することを誓うと、おでこにキス。 突然のことに赤面する令嬢をよそに、やたらと甘い神様の溺愛が始まる――。

処理中です...