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第十章 アストランからの旅立ち

アーサー・フォンタニエ

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 ヨハンネスが、ほっとしてジゼルを抱きしめ、そっと後ろを振り返る。あの男は、未だに戦い続けている。
 無双の強さだ。相手にも魔法使いがいたが、今度は炎の龍を繰り出した男に、出す手立てがない。その技の名前を、ヨハンネスは知らなかった。
 その男性の強さに舌を巻きながら、ヨハンネスはジゼルを抱きしめたまま、周囲を警戒していた。もう敵の残党はいないと思うが・・・・・。
「終わったな」と、その男が言って、シャイン・ソードを消した。
「もう危険はない。そこの兄妹、茂みから出てこい」と、男が言った。
 ヨハンネスが、ジゼルに待機するよう言ってから、一人立ち上がり、出ていった。
「俺はヨハンネス=リューベック。さっきは助けてくれてありがとう。素直に助かった、礼を言う」
「うむ。自分はアーサー・フォンタニエ、元貴族の家の出だ。わけあって、諸国を兄妹と旅している」
「・・・そうか。なら、なんでこんなところに?」
「それは・・。まあ、隠すことでもないか。実は、アストラン中部に住む俺たちの叔母さんが、危篤でな。一族代表として会いに行くのと、手紙を届ける任務があるのだ。兄上から頼まれた」
「そうか。なら、妹を助けてくれたお礼として、俺が案内してやってもいいぞ?」
「本当か!?アストランの地理には詳しくない。道案内がいるなら助かる」
「なんて町だ?」
「チェルスキーという町だ」
「なら、ホラントの隣だな。OK、俺が案内してやるよ」
「ありがとう」
 この二人の間には、なにか友情ではないが、それに似たものが芽生えつつあった。
「アーサー、と呼んでもいいか」
「構わん。貴様こそ、ヨハンネス、と呼んでもいいかな?」
「ああ、それは構わない。ちょっと待ってくれ!」と言って、ヨハンネスが後ろのジゼルを呼び寄せた。
「ジゼルたん!!出ておいで!」
「お兄ちゃん!」そう言って、ジゼルがヨハンにしがみつく。
「俺の妹、ジゼル=リューベックだ!よろしく頼む。ジゼルたん、こちら、アーサー・フォンタニエさんだ」
「さっきは、助けていただいて、ありがとうございました」と、ジゼルがぺこりと礼をする。
 アーサーが、珍しく顔を少し赤くした。
「い、いや、構わん・・・。気にするな。それより、君はせき込んでいたようだが、大丈夫か」
「はい、もうおさまりましたから。ありがとうございます」
「なあ、ちょっと提案がある」と、ヨハンネスが思い切って言った。
「別に、対価を求めるわけじゃない!なにがあっても、お礼として、チェルスキーの町まで、案内はさせてもらう!だが、俺に、その精霊魔法ってやつを、教えてくれないか。俺は、アストランのホラントの、戦士ギルドにいたんだが、そこの先輩にも、精霊魔法を授けられる人はいなかったんだ!使い手はいたが。俺も、話しかけづらくてな。俺は、あんたも見てた通り、星々の神からの加護を受けた魔法しか、使えない。あ、ジゼルたん・・・俺の妹は、医療魔術師の卵、ってところなんだが……あんた、アーサーさん、俺に、精霊魔法を教えてくれないか?」
 言い終えて、ヨハンネスはちょっとの間の間にドキドキした。果たして、この男・アーサーは、、承諾してくれるだろうか。
「・・・・別にいいが、精霊と契約するには、それなりの”理由“ってもんが必要でな。ヨハンネス、あんたにはそれがあるか?」
「ああ、俺は、今までの力で、十分ジゼルたんを守れる自負があった!だが、外の世界へ出て、それもうぬぼれと分かった。だから、より力をつけたい!!頼む、俺に教えてくれ!!」
「・・・・分かった。妹さんを守りたいのだな。君のことは気に入った、ヨハンネス・リューベック!これもなにかのえにしかもしれぬ、伝授してやろう」
「!!ありがとう!!」と、ヨハンネスが顔を上気させて言う。
「よかったわね、お兄ちゃん!」と、ジゼル。
「!!ああ、ジゼルたん!!」
 その晩、3人は、とりえあずアレイオスの宿屋に泊まった。馬を借りるためであった。
 すでに、馬で南部から旅をしてきていたアーサーはともかく、ヨハンネスとジゼルは馬を持っていないのだ。
「お兄ちゃん、」と、ヨハンネスの服を引っ張って、ジゼルがそっと言った。
「アーサーさんって、かっこいい方ね」
「!!ジゼルたん!!そ、そうだね・・・・」そう言って、ヨハンネスはアーサーの方を見やった。
 宿屋で代金を払っている。なんと、兄妹二人分のまで、出してくれるそうだ。
「君は・・・・ジゼルちゃん、といったな、何歳だ?」と、二人の元に戻ってきたアーサーが言う。
「12歳です」
「そうか、かわいいな」と言って、アーサーがジゼルの頭をなでる。
「君はいくつだ、ヨハンネス、聞いてなかったが」
「俺!?俺は18です」
「そうか。俺は20歳だ」
「よろしくな、アーサーさん」
「うむ。道中よろしく頼む」と、アーサーが微笑んでヨハンネスと握手する。
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